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天使は悪魔と未来を語る  作者: 織春あき
第1章 出発
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4 王都

 



 まずいことになった。


 どうまずいとは、それはもう命に関わるレベルでまずいのだ。


 悪魔の寿命は人族や竜族、獣人族から奪った闇の量に等しい。闇を抱えた者を自らの手で殺せば殺すほど寿命が延びていくのだ。とは言っても、闇など皆が心に潜ませているもので、放っておいても常に誰かしらから放出されている闇が勝手に体内に入り込む。


 つまり、魔物は別として悪魔は余程寿命が危うくならない限り無闇に他種族に襲いかかりなどしない。


 悪魔として生まれて早40年。悪魔にしてはまだまだ若造であるユランは、もちろん自分の死について意識したことなどなかった。



「私、は……」



 カヒュッと喉が鳴る。うまく息が吸えない。


 ユランは、中級悪魔だ。名前のないはずの中級悪魔。


 しかし名前がないはずである中級悪魔は、ユランと名を名乗った。


 どこにも逃げ場はない。もちろん、天使であるベルジェールに偽りを伝えることなどユランには到底できなかった。



「そうか、中級悪魔か」



 どうすれば……どうすればこの危機を超えられる?

 天使には嘘はつけない。だが、この名について話すにはだいぶ己の勇気が足りない。

 無意識に手は震え、美しいブロンドの髪が視界の端にちらつくことさえも恐怖に変わる。


 せっかく悪魔が天使召喚をするという最初の局面を乗り越えたにも関わらず、私はここで命を落とすのか?

 せめて、願いは聞き届けて欲しかった……

 ユランは自身の最期を悟り目を閉じる。



「何、別に追求したりはせんよ。ただでさえここまで予想外のことが多いのだ、今更驚くこともあるまい」


「……っ!」



 唖然とする。


 働かない頭で必死に考えるに、どうやら心配は杞憂に終わったようだった。それでも激しい鼓動を落ち着けることはできないが……助かった、のか?


 おかしいとは思っていた。悪魔に感謝しているなどと言ったベル様を疑うわけではなかったが、あまりにも想像していた天使とはかけ離れている。

 どうしてだ?天使とはみんなこんな感じなのだろうか?それとも、目の前の天使が特別なのか?


 もちろん光に透ける長い髪や、深緑の瞳を縁取る豊富なまつげはユランが抱く天使像そのものだ。洞窟を出てからは見えなくなったが、純白の翼も見惚れるほどの美しさだった。今はしまっているが、私の持つ翼とは比べるのもおこがましいほどの縮まることのない差がある。



「それよりいつまでもここにいるのは好かんなぁ。ユランも見たところ手荷物は少ないようだし、そろそろ日も沈むであろう」



 名を呼ばれたことに再び鼓動が高鳴る。先ほどまでとは違う、中級悪魔と知ってもなお名を呼び続けてくれた。しかしその余韻に浸る間もなくユランは新たな問題に直面した。

 このまま死ぬだろうと思っていたこともあるが、願いを叶えてもらったとしてもそれは一瞬だろうと考え、ユランは身一つでここに来ていたのだ。

 


「その、ベル様。お話ししておきたいことがありまして……」



 私は今、最も人族が多く集まる王都に住んでいる。

 理由はいずれ必ず話す。だから今は何も聞かないでほしい。

 そしてその王都に帰ることはもうできない。


 そう矢継ぎ早に話す。


 あまりにも一方的に話しすぎて、今度こそ怒らせてしまったかもしれないと身構えた。

 何も聞かないで欲しいなど、あまりにも自分勝手すぎる。



「なるほど。今のお主は追われる身ということだな。ふむ、それは困ったなぁ」



 あまり困っているようには聞こえない口調でそう言うと、ベルジェールはユランを舐めるように見回した。

 ……気にしていないのか?やはりまだこの天使のことがよくわからない。



「困った困った……そうだなぁ、ユランよ。お主、おなごになれ」


「…………はい?」


「そうだな、それが良い。我ながら素晴らしいことを思いついたものだ」



 顎に手を当てうんうんと頷くベルジェールは、口角を大きく上げてにたっと笑った。


 真っ白な膝丈のガウンが小さな風にふわりとはためく。腰のあたりで金の刺繍が入った一本の白い紐を締めていなかったら、色々と危なかった。


 自らに新たな危機が迫る状況で、つい現実から目をそらしてそんなことを考えてしまう。これは、怒っているのか?いや、そうは見えない。あの笑顔はどちらかというと、楽しんでいる時の顔のように思える。先ほどの娯楽発言に、ついそんな考えが浮かぶ。


 そうしているうちにもベルジェールはグイグイとユランににじり寄り、ついにユランは両手を後ろに着き尻餅をついた形になる。



「あの、ベル様?私はきっと王都だけでなく人族が生息する全地域で王都への反逆罪等、捜索をされているでしょう……お分りいただけたと思っていたのですが、それがどうして私が女になることに繋がるのか……というか女になるとは一体……」



 そこでふと、一つの可能性に思い当たった。否、思い当たってしまった。

 思い付きたくなどなかったが、それしか考えられなかったのだ。


 ベル様は天使様だ。神様ほどではないが、ここリアテスカでベル様に手出しできるものはいないだろう。


 それはつまり、ベル様の手にかかればここでは何もかも可能になるということではないか?


 ——そう、男が女になることも。



「ベ、ベル様!私はこれでも自分に多少の誇りを持っているといいますか、あの、その」



 最悪の可能性がどうか現実にならないように、無駄な抵抗とはわかっていても必死にベル様の元から後ずさる。

 しかし抵抗むなしくガッチリと顎を掴まれてしまった。

 その細腕からは想像もつかない力強さに、その場から動くことができない。



「自分に誇りを持つのは良いことだな。ほれ、動くでない」



 おわった。私はこれからきっと女にされてしまう。


 短い間だったが、世話になったな男の私。

 せめてもの足掻きとして目をきつく閉じる。するりと顔や髪の上を動く指先に全身の意識が集中した。



「うむ、良いではないか」



 どれくらい経っただろうか。

 その言葉を合図に膝に触れていた長髪が離れていった。


 顔より上しか触られた感触はなかったし、何より自身の体が変化しているといった感じはどこにもない。

 意を決して目を開く。



「……これは」



 見下ろす体に特に変化はなかった。ぺたぺたと触ってみてもそれに変わりはない。



「うむ、似合っておるぞ」



 見上げると、笑みを浮かべて立つベル様の姿がはっきりと見えた。

 そう、はっきりと。


 今まで前髪で隠れていた視界がすっかり晴れていたのだ。


 ふわり。


 違和感を頭上から感じて手を伸ばす。

 


「え……?」



 普段の少しざらりとしたものではなく、ふわふわとした新しい感触を手に感じる。



「角にな、髪を巻きつけてみたのだ。ついでに前髪も切らせてもらったぞ」



 思った通り、随分と可愛らしい顔をしている。そう言ったベル様に何も反応できない。



「王都で生活していたということは角を隠すために被り物でもしていたのだろう?前髪もそれだけ長かったら、お主の瞳の色を知る者の方が少ないであろうし……これなら誰もお主がユランだとはわからないだろうよ」


「……よかった。てっきり性別を変えられるのだと」



 女に見えると言われたことには驚いたが、それ以上に最悪の可能性が当たらなかったことに安堵する。

 すると、ハッとした様子でその手があったかと呟いたベル様に慌ててこの格好が気に入ったと縋り付く。

 中級悪魔でよかった、角が短くて本当によかった。角も魔素量に比例するため、上級悪魔であったならそもそも隠すことすら難しい。



「あれ?このリボンって」



 ちらりと視界の隅に何か白いものが見えた。



「あぁ、我の腰紐だ。ちょうどよかったものだから、こうスパッとな」



 手刀を繰り出すような仕草に、もしや前髪もああやったのかと今更ながら身震いがする。

 もう一度ベル様を見ると、確かに腰に巻いていた紐がなくなっていた。



「とにかくその格好なら宿にも泊まれるだろう」


「……ベル様がそうおっしゃるならきっとバレないでしょう。しかし背丈もありますし女性と言うには無理がある気が……そうだ、私はベル様の従者ということにしましょう。お嬢様に付き添って王都にやってきたということで」



 ベルジェールの言う通り、ユランは普段被り物をしていた。それには目元まで隠れるベールも付いていたし、何よりあの前髪だ。ユランの素顔を知っている人はいないだろう。

 ただ、今更ながら女性でもここまで可愛らしい髪型をしている人はあまりいないのではと恥ずかしさがこみ上げてきた。それによく考えると貴族のお嬢様がたった一人の従者だけ連れているというのもおかしな話だ。


 考えれば考えるほどよくわからなくなり、最終的には諦めることにした。きっと自分は今とても疲れているのだ。王都で休んだらベル様は願いを叶えてくれるのだろうか、ぼんやりとそんなことを考えつつ日が完全に沈む前に出発しようと立ち上がる。



「む?ユランよ、我はおなごではないぞ?というより天使に性別は存在しない」



 こてんと小さく首を傾げたベル様の腰紐のなくなったガウンの前がはだけそうになり、慌てて視線を逸らす。

 さて、これからどうしたものか。不思議そうに顔を覗き込もうとしてくるベル様に自身のベルトを渡しながら、ユランは内心頭を抱えた。




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