1 リアテスカ
現在の各種族の在り方に不安を抱いた。人族や竜族、獣人族は魔族と和解すべきである。
ユランは頼りない口調でそう語った。
「……それで、お主は何者なのだ?」
森の奥深くに位置する洞窟、どうやらそこで召喚の儀は行われたようだった。
差し出した手に目を見開いて恐る恐るといった様子で先導したユランに連れられ、今は洞窟にほど近い木々の開けた場所に腰掛けている。
尻に敷いたユランがローブの内ポケットから取り出したハンカチを指で弄りながら、改めて問う。
「っ……それは」
動揺したのか、フードからはみ出る長い前髪が大きく揺れた。
光を受けて青にも見える黒髪は、その奥の白い肌を際立たせてみせた。
「お主が真実を語っていることはわかる。我は天界から参ったのだ……その意味はお主が最もよくわかっているのであろう?」
ユランが語ったことは嘘ではなかった。天使に偽りは通用しない。それでもこの質問に変わりはない。
ユランは一体何者であるのか、見るからに王族ではないユランがなぜ高貴な存在である天使を呼び出せたのか。
偽りが通じないと言っても、真実を見通せる訳ではないのだ。
「我々を呼び出せるのはおよそ300年に一度のみ。それも人族の王でなければ召喚は行えない……違うか?」
黙り続けるユランにゆっくりと問いかける。
我々としては300年など瞬きに等しいほどの年月だが、その短い間にこの大陸では何か変化があったと言うのだろうか。
一人で考えていても何もわからない。ただユランが話し始めるのを待つことにした。
「……文献により天使様の召喚は300年毎にしか行えないということは存じ上げておりました。王族により天界から天使様をお招きして願いを一つ叶えていただく、わずかに残る文献にはそう記されており……」
ゆっくりと、しかし噛みしめるようにユランが語る。
「……そして、それ以降のことはどこにも記述がありません」
数歩離れた場所に片膝を折って座るユランは、こちらの様子を伺うように視線を行ったり来たりさせている。
ユランが何を考えているかはわからないが、その内容は、ベルジェールにとっては当たり前のことであった。
確かに天使は300年という単位のもと、人族の願いを聞くためにこの世界に降り立つ。
——人族の願いを叶え、自身の目的を達成するために。
300年、これは神の代替わりの節目に等しい。
天界で暮らす者達は、自由であり気ままであり、そして何より気持ちが移ろいやすい。
寿命といった概念は存在しない天界であるが、世界の安寧を保つため、神は代々受け継がれていった。
神の気まぐれで大陸が一つ消えるなどというのはよくある事だ。後処理を懸念した神自身がこの制度を作り、それが今に受け継がれている。
当代の神により選ばれた優れた天使が人族のもとを訪れ願いを聞く、これは新たな神になるための最終試験であった。
300年という長いようで短いこの期間は、天使が様々な試練を行うためのものだ。
そして次代の神候補、それが今回はベルジェールであったというわけだ。
さらに言うと、その300年で人族、竜族、獣人族、魔族がそれぞれの領土に生息するこの大陸”リアテスカ”は『リセット』される。
「私たちはリアテスカの外には出られない。大陸を囲む海の向こうへ船をやろうとしても、何かに押し返されるようにして進むことが出来ない」
大きく吹いた風にユランのフードが外れた。
「この大陸は、300年ごとに歴史を終える……そうではありませんか?天使様」
顎のあたりまで伸びたまばらなユランの髪に、風に煽られた長いベルジェールの髪が軽く触れる。
「……お主、魔族であったのか」
止んだ風に戻されたブロンドの隙間に、天を向いて伸びる二つの角が見えた。