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【農業国家アドモン編】第12話「チャオビットの想い」

 ――フォルスとの一戦から既に4日経過した。

 しかしあの戦いは結果的に前哨戦という形に収まり、10日後に再戦すると一方的に決められた。


 完膚なきまでに敗北を喫したリュウはといえば……それまでの無理がたたり、あの後で倒れてしまったのだ。


 レイアとの一戦の際にも同じように倒れたことはあったが、しかし今回事情が違った。


 ――これまでリュウはアドモンに来てから、まともな睡眠をとっていなかった。


 夜は魔獣退治。昼間も身体の怪我の痛みからあまり眠れない状態で、また夜になると魔獣退治……この負のループといえる生活を続けていたのだ。


 その上でのフォルスとの決闘――倒れても眠り続けても不思議ではない。


「リュウおにぃちゃん、おきないよぉ〜っ」

「……シャロ。大丈夫、眠ってるだけ」


 ――そして4日目となっても、未だリュウは起きなかった。


「リオさんから傷のお薬は貰ってるから、大丈夫だよ。だからシャロリー、泣かないの」

「でも、でも〜!」


 起きないリュウに、シャロリーは不安から泣き出してしまう。


 メリノの言う通り、傷は順調に回復していた。リオが言うには、今のリュウは失った体力を取り戻すため、眠っているのだと言う。


 ……リュウの部屋にいるのは、メリノ、アイス、シャロリーだけだ。

 サヴォークとチャオビットは、今は村の仕事の手伝いをしており、リュウの看病は交代制でしていた。


「……シャロリー、リュウさんのためにお水を汲んできてもらってもいいかな?」

「うぅ……ぐすっ――うん……っ、おにぃちゃんに元気になってもらうんだもん! シャロリーがんばる!」


 シャロリーは涙を拭い、腕まくりをしてそう強く意気込んだ。

 そしてリュウの部屋から小走りで出ていくと、メリノはアイスに話しかける。


「アイス、魔獣はあれから、村には出てないの?」

「うん。あいつが本当に魔獣に睨みを効かしてるから、村に魔獣は現れてないよ」

「そっか。……でもあと6日で、またフォルスはリュウさんと戦うんだよね」


 メリノはリュウの頭に置いている濡れたタオルを変える。

 ……メリノたちもリュウの戦いを最初から最後まで見ていたわけではない。


 見たのは最後――巨大な竜巻を受け止め、血を吐きながら耐えている姿だった。


 そして次の瞬間には、リュウは彼女たちの元まで吹き飛んだ。


「私は、もうリュウを一人では戦わせたくない」

「それは私もそうだよ――あんなの、普通じゃない。異彩でもない力で、異彩使いを倒したリュウさんをこんなにするなんて……」

「……もしもリュウが起きなかったら、私が」

「――もう、誰にも戦って欲しくない……ッ!」


 メリノは俯いてそう言った。

 ――誰にも戦って欲しくない。言い換えれば、誰にも傷ついて欲しくないと言っているものだ。


 そんな姉を見て、アイスは彼女の手を握る。


「……ならリュウが起きたら、そう相談しよう」

「……うん――それと、チャオビットは大丈夫かな」


 するとメリノは話題をリュウからチャオビットに変えた。

 もちろん怪我で寝込むリュウが最も大変ではあるが、チャオビットもまた普通の状態ではなかった。


「……ずっと、畑の手伝い」

「そう……すっごく思いつめた顔をしてるから、心配なの――もうチャオビットに冷たくしてないよね?」

「……してない。あんなチャオに、そんなことできない」


 メリノはジト目で見つめると、アイスは首を横に振った。

 ――チャオビットはまるで自分を責めるように、毎日誰よりも村の手伝いをしていた。


 その上でリュウの看病にも参加して、目に見えて無理をしているのだ。


 そんな姿を見て、冷戦中のアイスといえど、妹の心配は隠せない。


「私も話しかけてるんだけど、はぐらかされるの――こういう時にチャオビットの能力があればな、なんて思うのは卑怯かな?」

「……そんなことない――チャオはリュウとおんなじ。自分ばっかりで背負っちゃう」


 ――今もそうだ。リュウの看病で他の姉弟が手伝いに参加出来ないから、その分までチャオビットが負担していた。


 そんな姉にサヴォークも付き添っているが、姉たちの言葉も聞きやしなかった。


「……でも、背負わせてるのは私たちだよ。リュウさんにも、チャオビットにも――よしっ、アイスはここでリュウさんの看病しておいて!」

「……お姉は?」

「私はチャオビットの負担を減らしてくる! お姉ちゃんパワーの見せ所だよ!」


 メリノは自信満々に腕に力こぶを作り、ニコリと笑った。

 そんな姉の表情を久々に見たメリノは、クスリと笑う。


「お姉、意外と馬鹿力」

「馬鹿ってなによー、もう。……ふふ、失礼なんだから」


 メリノもまたアイスの微笑みを久々に見て、嬉しそうに笑った。


「――どうにかしよう、姉弟の力で。いままでもそうやって、ここまで来たよ。しかも今はリュウさんだっている!」

「……うん」


 そう言ってメリノは部屋から出た。

 ちょうどそのタイミングでシャロリーが水汲みから帰ってきて、リュウの部屋に入っていく。


 ……メリノはチャオビットとサヴォークがいる畑に向かった。


「あらメリノちゃん、今日もお手伝いかい?」

「はい、チャオビットとサヴォークは先にいますか?」

「うん、頑張ってくれてるよー。ホント助かってるよ、すごく働き者ってみんな大絶賛だよ」


 途中、村人の女性の小人に話しかけられ、メリノは立ち止まって話していた。

 この女性は特にメリノたちがお世話になっている小人で、メリノたちが天羊族と知っていても変わらず接していた。


「……でもチャオビットちゃんは頑張りすぎだね」

「そうですよね。……今もそんな感じですか?」

「うーん、心ここに在らずって感じね。それを体を動かして紛らわしてるわ――この前の純獣種のことかしらね」


 的確な予想である。


「……私たちも、別にメラスを少しくらい純獣種に渡しても良いからね。だから無理しないでって、リュウくんに言っておいてもらえるかしら?」

「……はい」


 メリノは頷くと、すぐに畑の方に向かう。

 畑には農具を手に土を耕すチャオビットと、ベンチで座って休憩しているサヴォークがいた。


 サヴォークは体力を切らして休んでいるようにも見える。


「サヴォーク、おつかれさま」

「あ、メリノおねぇちゃん……」


 メリノは二人に持ってきた水の入った瓶の一つをサヴォークに差し向ける。

 サヴォークは疲れすぎて少し元気がない様子で、力なく瓶を受け取って、水を一気に飲み干した。


「はぁ……生き返ったって、こういう時に使う言葉なんだね」

「どれだけ働いたの!?」

「…………うん、すっごく」


 サヴォークも子供ではあるが、森の出身である。身体能力は高く、体力も小人族の大人よりはある方だ。


 しかし――チャオビットの体力は、無尽蔵であった。


 サヴォークよりも激しく動いているのに、未だ動きは衰えない。


 ……それも彼女の異彩が体力を媒体に使っていることもあるのだが、それにしたって何時間も動き続けるのは末恐ろしいものであった。


「僕も休もうって言ったんだけど、もう少しって言ってて……どうしちゃったんだろ、チャオおねぇちゃん」

「……ちょっと行ってくるね」


 メリノはベンチから立って、畑を猛スピードで耕すチャオビットに近付いた。


「チャオビット」

「お、姉ちゃん! どうしたんだ?」

「私も手伝いに来たの。私が変わるから、休憩したらどうかな?」

「――全然! 全く問題ないんだぞ!」


 ……メリノはチャオビットの作り笑顔を見て、心がキュッと痛む。

 ――その思いもチャオビットは自身の異彩で感じ取った。


「……心配しなくても、チャオはすごく元気だぞ。だから、そんな風に思わないでいいんだぞ」

「そんなこと、私に出来ると思う?」

「……ううん、思わないんだぞ――でも、今はお願いだから、チャオの好きなようにさせてほしいぞ」


 チャオビットはそう言うと、再び農具を片手に作業をしようとした。


「そっか、わかった――なら私も好きにしていいよね?」


 しかし、メリノは負けなかった。

 それまでサヴォークが使っていた農具を片手に、チャオビットの隣に立って作業をし始めたのだ。


 それを見てチャオビットはポカンとするが……


「チャオビットが終わるまで付き合うから、終わったら私の話を聞いてね?」

「……姉ちゃん、チャオは一人でも」

「――一人でやるより、二人でやった方が早いよ」


 チャオビットの発言の是非を待たずに、メリノはそう断言して畑を耕す。

 リオの村の畑は広い。ちょうど作物の収穫が終わったばかりで、いくらでも仕事があった。


「……姉ちゃん、チャオについて来れるのか?」

「当然、おねぇちゃんだからね!」


 ――こうして姉と妹の我慢比べが始まるのだった。


 農具を地面に突き刺し、土を掘ってほぐす。そこに肥料のようなものを蒔いて……ひたすらそれの繰り返しだ。


 チャオビットは速度を緩めずやっていると、なんとメリノは最初からトップギアだった。


 チャオビットよりも倍ほど早い手際で、次々に畑を耕す。


「ね、姉ちゃん!?」

「ついてこれるなら、ついてきてみなさい!」


 なにやらカッコいいことを言っているが、これはあくまで畑を耕す姉妹の姿である。

 ――チャオビットは負けじとメリノに追随する。


 が、手先が器用なメリノほど効率よく出来ず、しばらくするとチャオビットよりも早く畑一つを終わらせた。


 ……それを繰り返しているうちに、日が沈み始める。


 二人を見守るサヴォークは、もはや二人の戦いに割って入ることは出来ない領域に達していた。


 固唾を飲んで二人の戦いを見守り、ただひたすらこう思っていた。


「なんで戦ってるの、二人とも」


 ごもっともである。

 しかし二人の戦いは、陽が完全に沈むまで終わることはなかったのだった。


「はぁはぁはぁはぁ…………まさか最後に追いつかれるとは思ってなかったよ」

「き、基礎体力は、チャオの方が、上、だぞ…………」


 二人とも、その頃には息も絶え絶えになっていた。

 ベンチで二人して体力切れを起こして、仲良く座っている。


「……姉ちゃんがこんな無茶、初めてみたぞ」

「ふふっ、普段はこんな無茶しないよ」

「体壊すから、やめた方が――」


 チャオビットはそう言おうとして、ハッとする――それを自分が言うのかと、心の中で思った。


 しかしほとんど言葉を発していたためか、それを聞いたメリノはクスリと笑う。


「ふふ、その言葉、そっくりそのままチャオビットに返すね」

「む……一本取られたぞ」


 チャオビットは素直にそう言って、観念したようにメリノの肩に頭を乗せた。


「チャオビットは、どうしてこんな無茶をしてるの? 私たちの分まで畑仕事を手伝って……私たちが心配するなんてこと、わかってたでしょ?」


「……もちろんわかってたぞ――でも、今のチャオに出来ることは、これくらいしか思いつかなかった」


 ――そう言うと、チャオビットはこれまで話していなかったことを話し始めた。


「チャオはアイス姉ちゃんみたいに戦えないし、メリノ姉ちゃんみたいにみんなをまとめられないし――それであの人が倒れて、自分になにが出来るって思ったんだぞ」


「……チャオビットの力で私たちはすごく助けられてるよ。パワードホースだって、チャオビットがいたから……」

「……でも、あの人だって1号と2号を手懐けてるぞ――別にそれで焦っていたわけじゃないぞ。ただ……倒れたあの人のために、なにが出来るかなって、そう思ったんだぞ」


 ……するとチャオビットは、近くにあった鞄から、何かを取り出した――それは、メラスであった。


「チャオたちが体調崩した時、いつもママは森の果物を切って食べさせてくれたぞ。だから、あの人にもこれ食べて欲しくて――これ食べたら、絶対に元気になれるんだぞ!」


「……もしかして、これを手に入れるために畑仕事を誰よりも頑張って?」


「……リオさんにお願いして、畑手伝って少しだけお金もらったんだ。リオさん以外にも、村の人たちにお願いして、手伝わせてもらって――それで今日、二つ買えたんだぞ」


 チャオビットは「にしし」と笑うと、メリノはたまらずチャオビットを抱き寄せる。


「――ごめん、チャオビット……っ。私、チャオが責任を感じて、無理してるとばっかり……っ」


「……知ってたぞ。だから言ったんだぞ、無茶なんかしてないって――チャオはまだあの人に謝れてないから」


 チャオビットはメリノからそっと離れて、メラスを鞄にしまった。

 そしてメリノの顔をじっと見つめ、


「メリノ姉ちゃん、ひとつだけ、お願いがあるんだぞ」

「お願い?」

「うん――今夜、チャオにあの人の看病をさせて欲しいんだぞ」


 勇気を振り絞って、そうお願いした。



 ◎・・・◎



 その日の夜更け、チャオビットはリュウの部屋にいた。

 本来は夜中はアイスが付きっきりな役目だったのだが、そこをチャオビットは頼み込んだ。


 アイスもその真摯な態度に特にごねることはなく、一言だけ「変なことしたら、ダメ」と謎の忠告だけをして譲った。


 ……そして今、彼のベッドの近くに椅子だけを置き、その寝顔をじっと見ていた。


「…………寝顔は全然怖くないんだぞ」


 そんな軽口を挟みながら、チャオビットは購入した二つのメラスをベッドの脇の机に置いた。


「……純獣種相手に生身で戦うとか、脳筋が過ぎるんだぞ」


チャオビットは苦笑いをしながら、ぬるくなった濡れた布を新しいものに取り替え、再び額に置いた。


「みんな、心配してるぞ。シャロとサヴォなんか、お前が倒れてからずっとずっと心配してるんだぞ」


チャオビットはリュウを見つめながら、そんな軽口を叩いた。

その顔を見ていると、彼女は唇をギュッと噛んだ。

肩が少し震え、そして……


「――早く起きてくれないと、困るぞ…………っ」


 ――ポタポタと、チャオビットの瞳から一雫の涙がこぼれ落ちた。涙はベッドのシーツに染みを作り、その染みはみるみる大きくなる。


「チャオは、まだ謝ってないんだぞ……ッ。ごめんなさいくらい、言わないと、気が済まないんだぞ……ッ!」


 ……俯いた顔を上げ、リュウの手を恐れることなく掴んだ。


「もう、あんなこと、言わないぞ……、一人で戦えなんて、酷いこと思ってないから――だから、お願いだから、起きて、ほしいぞ…………っ」


 チャオビットはリュウの手を強く握って、願うように言った。


 ――その時、掴んだ手がピクリと微かに動いた。


「……なん、だ。泣いてん、のか?」

「あ――」


 リュウは、たしかに薄く目を開けていた。

 そしてぐしゃぐしゃに泣いているチャオビットの涙を、指で拭う。


「ほんと、お前は仕方ねぇ妹だ……」

「えっ、ちょ、何を……っ」


 その声はどうしようもなく優しい声だ――まるで本当の妹に向けたもののように。

 リュウはベッドに眠りながら、チャオビットの自分の胸の方に寄せた。


「泣くなよ、兄ちゃんが、ずっと傍に、居てやるからな――美虎(みこ)

ここまでお読みいただきありがとうございます!


気が向いたらブックマーク、感想いただけたら飛んで喜びます!


また次回もよろしくお願いします!

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