【始まりのフロンティア編】第2話 「お金の稼ぎ方」
プロローグは1人称でしたが、ここからは基本的に3人称視点で描かせていただきます。
「――たすけてっ……!!」
唐突にリュウの目の前に現れた五人の子供たちは、助けを求めてきた。
リュウはそのことに驚きを隠せず、何も言えずにただ彼らの姿形を見た。
人には似つかわしくない角に、かなり痩せている身体。そしてつい先ほど発した声音は酷く震えていて、食事をまともに摂れていないように声に力はなかった。
ただ、助けを求めるその声にはとてつもない剣幕があり、本気であるということだけは伝わる。
子ども達は顔を上げずにただリュウの足に絡み付く。
――その頭に手が伸びそうになるが、その手は寸でのところで止まる。反射的に手を引っ込めてしまった。
「……急になんだ?」
子ども達にどう声をかけたら良いか分からず、当たり障りのない声を掛けると、そこでようやく子供たちは顔を上げ――
「――ひっ」
薄紫色の髪の少女が、リュウの顔を見るなり小さく悲鳴を上げた。
それと同時に、最初にリュウに声を掛けた、ほんのり橙色がかった髪色の少女の顔色が酷く青ざめる。
まるで会ってはいけない存在に出会ってしまったかのような反応で、次の瞬間……少女は他の子ども達の手を取ってリュウが歩いてきた逆方向へと走り出す。
「み、みんな、逃げるよ……っ!! 早くっ!!!」
「な、なんでこんなところに、人間がいるんだっ!!」
二人が特に小さい二人の子供の手を取って走り出す……しかし一人、青く長い髪をツインテールで纏めた少女がジッとリュウの顔を見つめていた。
「……どうした?」
「……………………」
その無表情な少女は、少しの間リュウの顔を見つめた後、何かを呟いた。
謎めいた少女にリュウは返答ことが出来ない。
「――アイス、何してるの!? 早く逃げるよ!!」
橙色の髪の少女がアイスと呼ばれた少女の腕を掴み、走っていく。
走り去っていく子供たちを、リュウはじっと見つめて……ただ心の中に何かが引っかかった。
「……なんだ、あの失礼なガキどもは」
唐突に色々な情報が飛び込んできて、リュウは頭の整理がついていない。
ただ鮮明に思い出せるのは、アイスと呼ばれた少女の目と、リュウの姿を見た瞬間の他の子ども達の異常な恐れ方。
リュウは不意に伸ばしてしまった手を見つめた。
どうしてこの手を引いてしまったのか――どうしてそもそも手を伸ばそうとしたのか。
「……なに手を伸ばしてんだ」
酷く自分を嫌うように、リュウはそう毒を吐く。
……ただ、子供たちが走り去って行った方向から目を離せず、少しの間、その場から動くことが出来なかった。
◎・・・◎
それからリュウはしばらくの間、呆けた後に、子供たちとは逆方向へと向かって足を進めた。
視線の先で薄ら見えていたのは町だった。ただしリュウの知る町の面影はなく、木々や藁で出来た家がいくつか立ち並び、少しばかりの商店が営業する程度の小さな町だった。
文明レベルはそれだけで相当低いものであることが、容易に想像できる。
この世界を知らないリュウからしても、明らかに廃れている。まともなのは商店だけで、それ以外の建物は老朽化が進んでいた。
……何一つこの世界のことを知らないリュウにとって、生きて行くために大事なものはお金よりも大事なものがある。
それはこのイルソーレという世界のことを知ること。
……リュウは先ほどの子供たちとの一件を思い出した。
「……なんでこんなとこに人間がいる、か」
その言葉を素直に受け取るのならば、この世界における人間とは何らかの理由で恐れられているということになる。
ならば突然その人間が町に現れたらどうなるか、リュウもすぐに想像が出来た。
そこでリュウは顔を隠す何かを探した。
布を頭から被れば、と思い探してみると、すぐにそこにくたびれた布を見つけ、それを頭から被る。
そうして入口から町に入っていき、話を聞けそうな人を探した。
露店のような形で野菜や果物を売る商店や、雑貨屋のようにナイフや剣などを売る商人など、何人か人――人のような存在はいた。
ただそこにはリュウの知る人の面影はない。
「――俺の知ってる世界とは、何もかもが違うってわけだ」
――角や牙を生やした、人と獣を足したような容姿。ほぼ獣の姿で人の言葉を話すその姿を見て、リュウはそう思った。
……リュウからしたら彼らの方が畏怖すべき存在である。人とは違う生物なのだ。にも関わらず、子供たちは人間であるリュウを恐れた。
変装をして正解だったと内心で思っているときだった。
「――何かお探しかな? そこの旅のお方」
リュウの肩に何者かが手を置いて、そう話しかけた。
その瞬間、リュウは反射的にその手を振り払い、警戒するようにいつでも蹴り飛ばせる準備をする――長年裏の世界で闘争ばかりしていたためか、殺気や背後の人影の存在に敏感なのだ。
すると話しかけた当人――黒い角と、体表が黒い鱗で包まれたトカゲと人が合わさったような男が、可笑しそうに笑った。
「そう警戒しないでくれよ。見ての通り、僕はただの商人さ」
「……そんな姿で、ただの商人ってか?」
「確かに僕の種族は珍しいからね。ダークリザードと人間の半人種は見たことがないかい?」
「…………半人種?」
聞きなれない言葉に、不意にそう聞き返した。すると目の前の異形は、興味深そうにリュウを見た。
「……ふむ、中々訳アリみたいだね。……よし、今日は店を閉めようか」
するといそいそと自分の店に戻り、商売道具を片付け始める。リュウは異形の方まで近づく。
異形は商品を風呂敷のようなものに包み、手早く片づけを済ませている。
「なんのつもりだ」
「今日は調子が悪いし、店を畳んで君の話でも聞こうかと思ってね」
「……誰も頼んでねぇよ」
「はは、そうつれないこと言うなよ。僕は君に興味が湧いたんだ」
元々モノが少なかったのか、あっという間に荷物をまとめて再び立ち上がる。
その行動の早さにリュウは少しばかり呆れていると、異形は手を差し出した。
「僕の名前はジェネス。さっき説明した通り、ダークリザードと人間の半人種だ」
「…………俺は」
そう言って自己紹介をするジェネスに、リュウは少しばかり考えた。
元の世界では主に苗字で「鬼嶋さん」や「隆一の旦那」などと呼ばれていた。しかしこの世界においてはその名前は少し珍しいものだろう。
そして考えた末、
「――リュウだ」
かつて彼と近しい者だけが使った呼び名。リュウはその呼び名で名乗った。
◎・・・◎
ジェネスはリュウを寂れた小さな酒場に連れてきた。
リュウ達以外には特に客は居合わせておらず、いるのは二人と店員と思わしき一人のみ。
リュウは席に座るやいなや、ジェネスに忠告をする。
「言っておくが、俺に金はねぇぞ」
「知っているさ。手ぶらでなのは見れば分かる……何かの縁だ、ご飯くらいはご馳走しよう」
「……施しは受けねぇ」
「まぁまぁ、君の話が料金で良いよ――だって君は人間だろう? なら面白い話が聞けそうじゃないか」
ジェネスは最初から分かっていたとでも言いたいのか、そう話を切り出した。
「……何故」
「顔を隠しても、僕には分かるよ。何せ鼻が利くからね。……それに僕は行商人だ。観察眼には少しばかり自信があるんだよ」
ジェネスは運ばれてきた木製のジョッキを片手に、中に入っている酒を飲みほした。
「人間で、右も左も分からないように町を彷徨い、お金も知識もない。だけど記憶喪失というわけでもないみたいだし――って考えると、君はこの世界で生まれた人間ではない人間ってことだ」
「……何者だ、てめぇは」
「ははっ、しがない行商人だよ。ただ少し物知りなだけさ」
余りにも敏いジェネスに、リュウは警戒を怠らない。しかしジェネスのもたらす情報はリュウにとっても非常に重要であるため、この場から去るという選択肢はなかった。
しかしジェネスは警戒されることも織り込み済みなようで、すぐに可笑しそうに笑った。
「ネタばらしをしよう! なぜそこまで分かるのか。それは、僕が君のような人間をこれまで何人も見てきただけだよ――君のような他世界から転移して来た人間は、この世界では転移種と呼ばれている」
「……この世界には他にも人間がいるような言い草だな」
「――その通り!」
リュウの指摘にジェネスは楽しそうに声が高くなる。
「この世界には外から来た転移種の他に、元々この世界に居た人間が存在しているよ。彼ら、異人種と呼ばれて恐れられている」
「恐れられている?」
「……彼らはこの世界の支配者なんだよ。その危険性は、この世界の誰もが恐れおののく――故に君が最初、顔を隠していたのは正解だよ。もしも顔を隠さず歩いていたならば、この町の住人は全てを投げ出して逃げていただろうからね」
――リュウはなるほど、と納得していた。
どうしてあの時、子供たちが自分の顔を見た途端に逃げ出したのか。それの合点がいく。
だが、この世界の人間が畏怖の存在であることに納得は出来なかった。
リュウにとっての人間は、多少知能が高いだけで、動物や怪物などといった類には対抗できないほどに貧弱である。
だがこの世界は人間以外の存在――例えば目の前のジェネスもまた、流暢に言葉を話し、意思疎通が出来る。それに加えて知能も高い。
だからこそ人間が頂点になる理由が分からずにいた。
「さて、何も知らないはずの君が、どうして顔を隠すという選択肢を取れたのか。僕としてはその過程が気になるね」
「――深入りすんじゃねぇ」
流れるような動きで、リュウはジェネスの胸倉を掴み、顔を近づけて三白眼で睨みを利かせる。
その無駄のない動きと威圧感に、ジェネスは額に一筋の汗を流した。
「……恐ろしいね。どんな修羅場をくぐればそんな目が出来るんだい?」
「……さぁな。地獄の一つや二つ掻い潜ってみるか?」
「遠慮しておくよ――僕も命は惜しいからね」
ジェネスがそう言うと、リュウは彼から手を離した。ジェネスもそれ以上深入りするつもりはないのか、乱れた衣服を整えて、再度リュウに向き合う。
「琴線に触れてしまった謝礼だ。知りたいことを教えるよ」
「そんなもん、いら――いや、そうだな」
リュウはここまで手をつけていなかったジョッキを手に取り、その中身を一気に飲み干した。
それは質の悪い酒であったが、リュウは吐き出すことなく飲み干して勢い良く机の上にジョッキを叩きつけた。
「――金の稼ぎ方を教えろ」
「……随分建設的だねぇ、リュウは」
泣く子も黙って逃げ出すほどの凶悪的な目力で、リュウはジェネスに聞く。
そのごく自然な凶悪さに、ジェネスは苦笑いを浮かべるのであった。
◎・・・◎
「随分簡単なんだな、お前の商売」
「そんなに簡単にこなされるとちょっと自信をなくすよ」
ジェネスからお金の稼ぎ方を学んだリュウは、早速それを実行した。
件のお金の稼ぎ方というのは、非常に原始的なものだ。
「獣を狩れば金になる。分かり易くて良いじゃねぇか」
「それにしても手際が良すぎる。力も使っていないのに、凄まじいね」
――より厳密に言えば、獣を狩ってその血肉、毛皮や牙、骨などを行商人に売るというのが正解だ。
イルソーレはリュウのいた地球のように科学が全く発展していない。故にジェネスのような行商人は非常に重要な立場である。
食材や衣類、時には武器などを仕入れ、売ってお金にする。そのための仕入れこそが簡単にお金を稼げる方法だ。
「でも武器も使わず蹴りだけで狩りをする人なんて初めて見たよ」
「生物ならどいつも変わらず弱点は頭だ」
――極道の世界で鍛え抜かれたリュウの力は桁外れで、人間ほどの大きさの獣を狩ることくらい造作でもない。
リュウの世界で例えると熊のような生物を倒し、そしてそれをそのままジェネスに売り渡す。
「僕も売り手がいない時は良く自分で狩に出るけどね……ハニーズベアの成体を手にするのは本当に久々だ」
「どうでも良い――酒代の金は抜いておけ」
「いや、でも」
「借りはつくらねぇ。黙って受け取れ」
リュウはジェネスの意見は汲み取らず、必要な分だけお金を受け取り、そしてすぐに彼の元から去ろうとした。
そんなリュウに対してジェネスは苦笑いを浮かべる。
「律儀だなぁ……僕はしばらくはこの町に居るから、また狩れたら売りに来なよ。何かの縁だ、サービスするよ」
「…………気が向いたらな」
そうしてジェネスと別れ、彼から教えてもらった安い宿へ向かった。
宿の管理人に一番安い部屋を頼み、リュウは指定された部屋に入った。
内装は実に質素なもので、木製のベッドのようなものしかなかった。
リュウはその固いベッドに倒れ込み、今日得た情報を口に出して整理する。
「この世界の名前はイルソーレ。金の単位はソルで、所持金は二万ソル」
この宿は一泊二十ソルと安く、しかも今日狩ったハニーズベアがかなり高価に売れたため、当面の生活には困らないだろう。
――リュウにとって、お金のことなど取るに足らないことだ。
「人とは違う人外がいて、人間がこの世界の支配者。その上で……善を尽くせってよ、何をすりゃあ良いんだよ」
目を瞑ると、この世界にリュウを送った張本人の台詞ばかり思い出す。
限りない善を尽くしなさい。言葉だけなら簡単だ。だがいざそれをしろと言われても、何をすればいいのか思い付かなかった。
――たすけてっ。
次に思い出すのはその言葉だ。
リュウがこの世界で最初に会った子供たち。年端もいかないボロボロの子供たちが、助けを求めるなどよほどのことがあったに違いない。
……この世界の人間は恐怖の対象である。
結局のところリュウは端的にしかこの世界のことを知らない。しかしどうしてもあのジェネスのことを信頼はしなかった。
「あいつぁ、胡散臭ぇ。……てめぇのケツはてめぇでケツを拭く。それが道理だ」
それが彼の曲げることのない信念だ。
――ただ、子供たちを見た時に彼の脳裏に二つの影が過ったのだ。
「……俺をやったんだ。上手く生きてねぇと承知しねぇぞ」
決して口にはしない。
だがその二つ――二人はリュウにとって大切な存在であったことは間違いなかった。
……それを忘れるようにボロボロのベッドに横たわる。
記憶の中の「あいつら」は、その日、リュウの夢の中に出てきた。
――その笑顔はリュウの記憶の中で、とびきりに良い笑顔を浮かべていた。
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