【農業国家アドモン編】第6話「パパとママは」
「立派なもんだ」
翌日、リュウは思ったよりも早く起きてしまった。
昨晩はゆっくり休む……と思っていたのだが、実に一悶着あった。
いや、一悶着ならぬ三悶着である。
寝る前にリュウはメリノとアイスに情報共有しようとするものの、末っ子の二人がリュウと一緒に寝ると聞かず、寝かし付けるのに相当厄介であったのだ。
……そう、はしゃぐ子供は眠らないのである。
子供を寝かし付けるなどという高等テクニックはリュウには出来るはずもない。
そうしているとあまりにもリュウが部屋に来るのが遅いとのことで、アイスとメリノがリュウの部屋に訪れ、その光景を見たアイスがサヴォークに場所を譲るよう命令。
そう、これが二悶着目である。
更に一人ぼっちで眠るチャオビットが姉と妹と弟を探しに、ビビりながらリュウの部屋を訪れた。
その際、リュウの顔がランプの光を首下から照らされた結果、それはもう恐ろしい形相であったため、チャオビットは絶叫。
白目を向いて気絶するという大惨事となった。
騒ぎを聞いてやってきたリオが見た光景は、果てしないほど困り顔のメリノ、何故か場所を取り合うアイスとサヴォーク、白目を向いて倒れるチャオビットに、マイペースにくっつくシャロリーである。
……リオは呆れて自身の部屋に戻ったのだった。
「目が妙に覚めて仕方がない」
なお子供達は騒ぎ疲れてリュウの部屋で眠っている(一名は気絶し続けている)。
それを起こさないように部屋を脱出し、今ようやく一息ついたというわけだ。
そして今、村の中心にある巨大な大木を前に、感嘆の声を漏らしていた。
……木や枝には幾多もの果実がみのっており、恐らくこれがリオの言っていた希少な果実というものであろう。
「……休ませてはくれねぇってか」
そうして澄んだ空気を吸っていると、リュウの鼻腔に何やら血生臭いツンとする香りが過ぎ去った。
――ガブルルルルルッ。そのような獣の唸り声が木陰からいくつも聴こえて、そしてリュウの前に姿を現した。
魔獣種、ブルガルル。先日、山でリュウたちを襲った魔獣であった。
ここの果実を狙って来たか、それとも仲間の命を散らしたリュウに報復に来たか。そのどちらかは分からないものの、リュウは首の骨をコキッと鳴らす。
「リオの奴、普通に来てるじゃねぇか。まぁいい――かかってこい」
リュウはブルガルルを見下しながらそう言うと、奴らは一斉にリュウに襲いかかる、
ブルガルルは知能が高く、言葉を理解することのできる数少ない生物だ。
……この集団は先日リュウたちを襲った集団ではない。何故ならあの集団であれば、何があっても報復などという無謀なことはしないためだ。
――ただ動きが人より早いだけの魔獣など、朝の準備体操にすらならなかった。
飛びかかったところを頭蓋を割るように蹴る。同時に襲いかかってくれば奴らよりも早く動いて翻弄する。
あとは確実に頭を潰せる距離まで近づき、蹴る。蹴り、蹴り飛ばし、蹴り潰し、蹴り蹴り蹴り続ける。
その繰り返しで、ブルガルルは次から次へと死体の山を作っていった。
そして数分経った頃にようやく気がつく――これは敵にしてはいけない敵であると。
「……敵わないならさっさと消えろ。追いやしねぇよ」
リュウはジリリと距離をとって警戒するブルガルルにそう言い放つと、ブルガルルは四方八方に逃げていく。
……そうして残るのは、返り血を浴びたリュウと、十数匹かのブルガルルの死体である。
「……困ったな」
今は朝早くだから、周りには誰もいない。だが村の中心に血濡れの転移種が、魔獣の死体の山を作り上げているなど、普通な光景ではなかった。
というよりこの場面、見られれば確実に悲鳴があがる。
――そんな時であった。リュウの耳に微かに鼻歌を口ずさむ声が聞こえた。
「ふふふーん、朝は散歩に限るんだぞー。だけど昨日いつ寝たんだろ?」
チャオビットである。
他の姉妹とは違い、早々に気絶をしてぐっすりと眠れたためか非常に調子が良さそうである。
……声はどんどんとリュウに近づいて来ていた。
「アドモンの空気は綺麗、景色は――ギャアアアアアアアア!!!!!」
――村に、チャオビットの絶叫が轟いた。
腰を抜かして、程なくして再び気絶をする。
気絶から目を覚ましたチャオビットがルンルン気分で朝の村を散歩していた。
スキップ気分で散歩を楽しむ彼女に待っていたのは、件の凄惨な光景なのだった。
……ただ一つだけ言わせて欲しいのは、リュウは決して悪いことはしていないということである。
――この絶叫を聞きつけた村人がこぞって大木に集まってきて、全てを説明するのにリオが奮闘したことは言うまでもない。
◎・・・◎
朝の騒動からしばらくして、リュウたちは元々の予定通り村の案内を受けていた。
「リオ、すまない」
「ほ、ほほほ、良いのじゃよ。それにお主を村人に説明する手間は省けた」
リュウはリオに迷惑をかけたことを素直に謝っていた。
無論、昨日今日と凄まじく騒がしいこともあり、リオも引き攣った笑いは隠すことが出来なかった。
――だが不幸中の幸いというべきか、ブルガルルの魔の手から村を救ったことは事実である。そのためかリュウ達は村人に拍子抜けなほどに受け入れられた。
リュウはもはや隠す必要がないため、マントもフード代わりの布も取っ払っており、仔羊たちは万が一小人族以外に存在を知られないよう、リオの家にあった農業用の帽子を被っていた。
「しかし本当に身体能力だけであれだけのブルガルルを始末するとはの。お主、本当に人か? 人の川を被った魔物じゃないだろうな」
「い、一応人間です……たぶん」
リオの疑問にメリノは断言することは出来なかった。
――だがしかし、村からすれば財源が潤った。ブルガルルの肉は食用可能で、更に宝石のように輝く目は加工してアクセサリーに利用されているのだ。
リュウは死体の全てを村に寄付したため、リオ以外の村人からの好感度は爆上がりである。
「リュウくんや、村の用心棒をしないかね? 衣食住は保障するよ」
「いや、冒険者としてうちの村に永住しよう! 今夜お近づきの印に飲もうじゃないか!」
「断る」
なお全ての好意はその場で断っているのが、実にリュウらしい。
「こらこらお主ら、客人に失礼じゃろ。今は村の案内をしてるのじゃ、散った散った」
「村長、絶対後で交流の場を設けてくれよ~」
村長であるリオが手をひらひらと払うと、村人たちは渋々といったように蜘蛛の子を撒き散らすように去って行った。
「客人が珍しいものでな、気を悪くせんでくれ」
「大丈夫、気にしてない」
「そうかそうか、それは何より――これが我が村の最大の名産物、メラスじゃ」
リオは村の中心に大木に実る手の平ほどの大きさの果実を手に取って紹介する。
メラスは赤色と橙色のグラデションが綺麗な果物で、その見た目はどこかリュウの知るりんごに似ていた。
「……おいしそー」
メラスを見て、シャロリーはつい涎が垂れた。人差し指を咥えて、リオを上目遣いで見つめる。。
「こ、こらシャロリー! メラスって凄くたかーいフルーツよ! 欲しがって目しちゃダメ!」
「でもぉ……」
メリノは長女らしく末っ子を叱る――しかし彼女も女の子だ。甘いモノは大好きであり、叱りながらも目はメラスを捉えていた。
「ほれ、食べてみるかい? メラスは皮から種まで美味しく食べれるんじゃよ」
「え、でも……」
「お金なんていらんよ。それにあそこの男が提供したブルガルルでお釣りが来る」
リオはわざとらしくリュウに振る。リュウはまるで照れ隠しのように顔を背けた。
「えっと、それじゃあ……」
「やったー、おじいちゃんありがと!!」
シャロリーは嬉しさのあまりリオに抱き着くと、リオはとてつもなく癒されるような笑みを浮かべていた。
ペコラ五姉弟末っ子のシャロリーは、姉弟一の天然人たらしである。
「シャロは可愛い、分かる」
「間違いないぞ」
リオの陥落具合を見て、アイスとチャオビットはうんうんと唸っていると、メリノは恐る恐る受け取ったメラスをジッと見つめている。
高級品であうメラスを実際に食べたことはないのだ。市場には早々出回らないことで有名である。
メリノは瑞々しい果実を一噛み――その瞬間、メリノの顔が綻んだ。
「~~~~~~~~~~ッ」
そのあまりもの美味しさ、上品な甘さを言葉に出来ずに唸ることしか出来なかった。
たった一口の満足感。メリノの頬はほんのり紅潮した。
――リュウが見る、メリノの初めての満面の笑みである。
「私、この世界で一番好きな食べ物、これです」
メリノは真顔でそう断言する。
すると他の妹たちもメリノに近寄り、メラスを貰おうとする。
……リュウはポケットから収納式の小さなナイフを取り出した。
「メリノ、貸してみろ」
リュウはすっとメラスを手に取り、素早い手つきで五等分に切り分けた。
それを子供たちに一つずつ配ると、メリノは恐る恐るといった様子で尋ねた。
「私はもう食べました……」
「――俺は甘いものは食べない」
そう言うと、リュウは無理やりメリノの口にメラスを捻じ込み――メリノはまたもや破顔する。蕩けたその表情を見た他の姉妹はごくりと唾をのみ込んだ。
「そ、そんなに美味しいのか……」
「お姉のあんな顔、初めて見た」
「はやくたべたーい!!」
「うん、それじゃあみんな、いっせいのーでで!」
「「「「~~~~~~~~~~~っ!!!」」」」
――次の瞬間、全員がメリノと同じ表情になるのであった。
◎・・・◎
それから案内は続いた。
商店は野菜や肉類、魚類などが揃っており、穀物さえもあった。中には米に似たものもあり、食の宝庫とはこのことである。
無論全てはアドモンで採れたものばかりだ。
一部では世界の台所、とまで言われるのが、この農業国家アドモンである。
――とはいえ、村の案内はすぐに済んだ。何しろ大抵が畑なのだ。
今は村の外れにある木陰で休んでおり、シャロリーとサヴォークはお昼寝をしていた。
リオも現在は席を外しており、リュウはここでメリノとアイスに魔獣退治についてを共有する。
チャオビットもいるものの、彼女はリュウから離れるために双子の少し離れたところにいた。
「衣食住の対価に、魔獣退治の依頼を受けた」
実にシンプルな発言であるが、しかしもう既に依頼は達成しているようなものである。
ブルガルルはその性質上、群れの危険には絶対に近づくことがない。種族繁栄を第一するのが魔獣だ。
「流石リュウ、一人であの死体の山は恐れいった」
「それ褒めてるのか」
「べた褒め」
微笑むアイスにリュウは顔が引き攣った。
「でもあのメラスを狙う魔獣はブルガルルだけではないと思います。あれは世界の宝です」
「……そうか」
その味に惚れ込んだメリノは強く断言すると、リュウはとりあえず頷いた。
――事実、メリノの意見は正しい。リオの村は周りに山はないため、魔獣種の出現率はあまり高いものではないが、魔獣は無数にいるとされるのだ。
例えば陸地から以外にも空を飛ぶ魔獣も存在している。
「私としてはここで旅に必要な補給を完璧にしたいです。ブルガルルの素材も村で換金してくれましたし、もし魔獣退治で換金できたら資金も潤沢になります」
「……魔獣退治は私もやる。リュウ、良い?」
「――ダメだぞ!!」
その時、それまで少し離れていたチャオビットが大きな声でアイスの提案を否定した。
「……チャオ、どういうこと?」
「だ、だって……魔獣と戦うってことだぞ!? 今までだってずっとアイス姉ちゃんは一人で戦ってきて、怪我だって」
「――じゃあ、リュウ一人で戦えって?」
アイスは冷たい声でそう言った。
どこか怒気を含んだ声音に、チャオビットは言葉を詰まらせる。
「それは……そうじゃない、チャオはアイス姉ちゃんに傷ついて欲しくなくて……ッ」
「……アイスもリュウに怪我してほしくない。チャオ、いい加減にして」
アイスは立ち上がり、チャオビットに近づいた。チャオビットは一歩後退り、不意にメリノに助け舟を求めるように顔を向ける。
――チャオビットの想いは何も間違っていない。
彼女によって何よりも大切なのは姉弟の安全。リュウのことを気遣うなど、今の彼女の心理状態では不可能だ。
つい先日出会った人間の男と、生まれてこの方ずっと一緒にいる家族。どちらが大切なのかは言うまでもない。
……メリノは何も言わなかった。
「ッ! なんでみんなそいつのこと、そんなに信頼できるんだ!? 助けてくれたのは感謝はしてるけどっ!! でも!!」
チャオビットは考えが上手く言葉に出来ず、俯いてしまう。
――分かっているのだ。アイスの考えは正しく、感情的になっているのは自分自身であるということは。
だが、アイスはどうしようもなく怖いのだ。
「そいつは人間なんだぞ!? 人間はチャオたちをずっと追いかけて、食べようとしてるんだぞ!?」
頭ではリュウがこの世界の異人種とは違うことも分かっている。
彼は転移種で、しかし転移種にあるはずの違法を持たないことも分かっている。
「裏で他の人間と繋がってるかもしれないんだぞ!? こうやって仲間のフリして、チャオたちを弄んでるかもしれないんだぞ!?」
「――チャオ!」
アイスは少し声を荒げて、チャオビットの肩を強くつかんだ。
しかし……感情的になってチャオビットは、止まることが出来なかった。
「皆、心を許し過ぎなんだっ! 魔獣退治だって勝手に約束して、それでアイス姉ちゃんが戦うのは、違う!」
「リュウ一人で戦って、一人で傷ついて、それで最悪死んだら。チャオはそれでも良いの?」
「――アイス姉ちゃんが傷つくなら、それが!!」
パァン。
……頬を叩く音が、響いた。
「……いい加減にしなさい、チャオビット」
チャオビットは、叩かれた頬を呆然とした表情で触れる。
白い肌な分、頬はすぐに赤く染まり、頬を叩かれたことが徐々に理解できた。
……組み合いになっていたアイスではなく、メリノがチャオビットの頬を叩いたのだ。
「どうしてそんな寂しいことを言うの。そんなの、私は望んでない」
「なん、で……ち、チャオはただ、姉ちゃんたちが……」
「そんなの、聞いてない。自分たちが安全なら、他の誰かが傷ついて良いなんて――私たちはそんなこと、お父さんにもお母さんにも教えられてない!! 二人はそんな悲しいこと、絶対に私たちには教えなかった!!」
――その時、リュウは初めてメリノの口から父と母という言葉を聞いた。
これまで決して彼女が口に出さなかった両親について。リュウも無暗に聞こうとはしなかった。
父と母のことを言った瞬間、メリノは瞳に涙を溜めた。
……リュウにはその涙の意味は分からない。彼女が胸の内に何を秘めているか、そんなことは分からなかった。
――チャオビットは、次第に理解した。姉の言葉を、姉の表情を。そうさせているのが自分であることもすぐに理解した。
「――……と……を」
メリノの冷静な心は、この姉弟の支えだ。彼女が冷静でいることで、彼女たちはいつ何時も壊れることなくここまで生きてこれた。
長女としての支え。彼女の異彩による支え。
それがあったからこそ、生きるための最善を選び続けてこれた。
メリノが心を乱さない限り大丈夫――ならば、心を乱してしまったらどうなるか。
「その、優しいパパと、ママは……最後、どうなったか、忘れたの?」
「……チャオ、ビット?」
答えは一つ――保っていられた平常心が、壊れる。
チャオビットは顔をバッと上げて、悲しみと怒りが混ざった顔で、涙を流した。
その顔はリュウの方を向いており、そして……
「――パパとママは、身勝手な人間に殺されたんだ!!! それなのに、人間なんて信じられるわけない!!!」
――その真実を、リュウに叩きつけるように言った。
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