【農業国家アドモン編】第3話「アドモン突入!」
「おい、メリノ」
「は、はい!」
馬車は盛大に激しい揺れに襲われていた。
運転席にいるリュウとチャオビットだ。メリノは運転席に顔を出している。
それぞれ馬車から振り落とされないように、掴めるところにしがみつきながら、なんとか会話をしていた。
「魔獣ってやつは、どいつもこいつも血気盛んなのか?」
「は、はい、その通りです!!」
「ふ、二人ともおバカかぁ! こんな揺れの中で話してたら舌噛む……ぞッ!!?」
ちょうどチャオビットが話していると、一際激しい馬車が揺れ、見事にチャオビットは舌を噛んだのだった。
――現在の状況は、簡単に危機的なものである。
朝に山を降り、極力安全進行で進むはずだったのだが……本来は夜行性である魔獣の尻尾をパワードホースが踏んでしまったのだ。
その結果、魔獣の怒りを買ってしまって現在、群れで追われているというわけだ。
「ま、魔獣ブルルガルは、群れで山をたむろにする魔獣ですっ! しかも四足歩行型で動きも早くて、嗅覚も鋭いとされてます!」
「……つまりワン公ってか」
「わんこう? は意味が分からないけど、そんな悠長に話してる場合じゃないぞっ!? どうするんだ、これ!」
パワードホースの手綱を引きながら、チャオビットはリュウとメリノにそう叫ぶ。
無論、このまま行けば最速でアドモンに到着することは間違いない。
しかし、とメリノは思った。
「このまま私達が下山すれば、間違いなく被害がアドモンの小人族に広がりますっ。今後のことを考えたら、なるべくそれは避けないといけません!」
「――なるほど、それなら解決方法は簡単」
メリノの真横からアイスの顔がぬるりと出てくる。アイスは何妙案を思いついたように、とても自信ありげな顔をしていた。
「あいつら、全部駆逐」
「――同意見だ、アイス」
「は、発想が野蛮だぞ!? 脳筋か、脳筋なのか!?」
しかし、実際にそれ以外に方法はないのも事実だ。
既にアイスは服の袖を捲り、小さな力こぶを作って戦う意思を見せている。
リュウもワイシャツの袖を折って捲り、臨戦態勢だ。
「……いち、にのさんで、一緒に馬車、降りる」
「ああ」
「あ、あの……無事に帰ってきてね」
メリノもアイスとリュウの力は知っているためか、彼らに任せることに決めた。
「……いち、にのさんっ」
「お前たちは離れたところから警戒して、危険だったら山を降りろ」
アイスの掛け声とともに、二人は馬車から飛び降りて地面で綺麗に着地する。
馬車から何やらチャオビットの声が聞こえない気もしないが、無事に二人から遠ざかっていく。
そしてギリギリ見える距離まで離れるのを確認して、アイスとリュウは周りを見渡した。
「……囲まれてる」
「みたいだな。……アイス、お前も危険になれば」
「ならないから、逃げないよ?」
アイスは特に表情を変えることなく、平然と首を傾げてそう言った。
肝が座っているというよりかは、微塵も自分たちが負けるはずがないと確信しているようだ。
……リュウもアイスのこの胆力は気に入っている。口数が少なく、どちらかといえばリュウと同じく仕事人タイプなのだ。
リュウは無闇に言葉を重なることをやめて、周りにいる魔獣ブルルガルを見た。
――黒い体毛、光彩もない真珠のような目、グルルと野獣の唸り声、正面から見ても分かるほどの鋭く大きな二本の牙。
リュウの知るドーベルマンという犬に近くも感じるが、それよりかは体格は小さい。
「首だ。首を叩き折れば、それで終わる」
「うん」
リュウは即座にブルルガルに有効な攻撃箇所を見抜き、アイスに伝える。
それと同時に、ブルルガルは二人に遅いかかった。
唾液を撒き散らしながら走ってくるところを見ると、ブルルガルも腹を空かしているのだろう。
だが……それはつまり、体力自体はあまりないことをアイスは見抜いた。
「すぅ……」
アイスは一度完全に冷静になるために呼吸を整える。
アイスの異彩――名前はまだ名付けてはいない。その力は彼女は身体強化と考えている。
他の姉弟にはない身体能力を発揮できて、更にその力は言葉として重なることでドンドンその力を上げていく。
「強く、強く……アイスは、強い」
アイスの静かながら、鈴のように響く綺麗な声音がリュウの耳にも入る。
異彩は扱うためには、人それぞれ触媒が必要だ。
魔力、精神力、体力……どれか一つか、いずれか二つ、または全て扱うかの合計三パターンあり、触媒が増えれば増えるほど、異彩は強力なものとされる。
アイスの異彩の触媒は……魔力と、精神力だ。
「――っっっ!」
木屑を踏み分けて走ってくる何頭かのブルルガルに、アイスは拳を握って、その頭蓋に向けて拳を振るった。
ブルルガルが飛び掛かる勢いと、アイスの拳の勢いが相まって――なんと、ブルルガルの首は折れるのではなく、首が木の幹に勢いよく飛んで行ったのだ。
胴体だけになったブルルガルは、地面に身体を打ち付けられ、程なくして動かなくなる。
……首を殴り飛ばす。そんな荒技を目の前で見ていたリュウは、何故か感心していた。
「良い殴打だ。あの早い動きを見抜いて、牙を恐れずに拳を振り抜く……強いな、アイス」
「……ふふ」
アイスはリュウに褒められ、珍しくも頬が少し上がる。
「気分がいい。ワン公、おいで」
……しかし、ブルルガルはアイスを警戒して全く動こうとしない。
グルル、唸り声だけをあげて、獰猛な目で二人を睨みつけているだけだ。
――知性なき獣でも、仲間が首を刎ねられたら恐れも抱くものだ。殴打で首を飛ばす光景など、中々見れるものではない。
……すると、リュウの付近にいたブルルガルが、彼を噛み殺そうと動く。
瞬間速度を上げて、獲物を狩る。いつもの動きのように地面を蹴って飛んだのだが……距離が近づいた一瞬で、リュウの足がブルルガルの脳天を捉える。
そしてそのまま大木の幹にブルルガルの頭部ごと蹴りつけると、バキッ! っという音がした。
……リュウが反射的に蹴り潰したブルルガルは、身体をプランとさせて動かなくなる。
――絶命していた。
立て続けに仲間が瞬殺されて、ブルルガルは二人が見ても分かるほどに恐れていた。
既に後退りは完了しており、次の瞬間に逃げる準備は出来ているようだ。
……リュウはその恐ろしいまでに鋭い目で、ブルルガルを見る。
「戦意がなくなったなら、去れ」
リュウは無闇にブルルガルを狩る気はない。そもそも二十に近い魔獣を相手にする方が腰が折れる。
――リュウは知らないだろうが、ブルルガルは人の言葉が理解できるほどに頭が良い。
そしてその利口な頭脳が、この男には勝てないということを理解していた。
……程なく、一際大きなブルルガルのリーダーが二人から逃走すると、仲間も同じように山に散開して消える。
その様を見て、二人は死体となったブルルガルを見た。
「……こいつらは、食えるのか?」
「……毒抜きは必要だけど、多分。でも、この子たちの目、宝石みたいで綺麗」
「……なら一応持っていくか」
リュウとアイスはそれぞれ一匹ずつブルルガルの死体を引き摺りながら馬車に戻っていく。
――ブルルガルの無残な死体を見て、チャオビットが気絶したのは秘密だ。
●○●○
「い、命知らずにも程があるぞ!?」
運転席からも聞こえるほど大きな声が、荷台から聞こえる。
先程気絶していたチァオビットが起きたのであろう。荷台が急に騒がしくなるのをリュウは感じた。
……それはさておき、今はリュウが馬車を運転している。先程までとは違い、ブルルガルからの気配もなくなったため、今は安全運転を心掛けていた。
山道を進んでいてもブルルガル以外で馬車を襲う存在はいない。
「……てめぇらは、意外と強い種族なのか?」
ヒヒヒヒーン、とパワードホースから誇り高いと言わんばかりに鳴いた。
リュウの想像は正しく、パワードホースは原獣種の中でもかなりの上位に君臨する力を持っている。
しかし基本は温厚で頭も良いため、半人種や獣人種、時には異人種から使役されることもある。
野生の獣が強者には無闇に近づかないというのは、リュウの知る地球もイルソーレも同じということだ。
「わぁ、お馬さん、かっこいいね! リュウおにいちゃんもそう思う!?」
ちなみに今、リュウの隣には末っ子のシャロリーが座っていた。
無邪気、天真爛漫という言葉が最も似合う少女であると、リュウは認識している。
シャロリーは姉妹の中でも彼に対して懐いており、なおかつ甘えん坊だ。
リュウも彼女には少々だが甘い傾向にあった。
「……きのみ、食うか?」
「たべるー!」
リュウは小袋から保存食のきのみ……赤色と紫色のグラデーションのかかったアロザクの実をシャロリーに差し出すと、彼女は満面の笑みを浮かべて一粒口に入れた。
果実は小粒で、ビー玉ほどの大きさだ。甘味と酸味が程良い味わいであり、リラックス効果のあるものだ。
最もこの情報はメリノからの受け売りなのだが……シャロリーは不意に、アロザクの実を一粒取り出して、リュウに身を乗り出すように近づいた。
「リュウおにいちゃん、あーん」
「……いや」
「おいしいよ? はい、あーん!」
……末っ子は強かで、リュウは口元に近づけられた果実を素直に食べた。
「ね、おいしいでしょ?」
「ああ、そうだな……馬公にもやったらどうだ?」
「あ、そーだね、リュウおにいちゃんやさしい!」
リュウはシャロリーの言葉にどこかむず痒さを感じてしまう。
長らく優しいなんて敬称をされたことがないものだからか、妙な居心地の悪さまで感じたのだ。
そもそもお兄ちゃんという呼び方自体がむず痒い。
優しいなどはリュウにとっては無縁の言葉であり、彼の自己評価では真逆だ。
鬼畜、化物、人でなし……これらの方がまだしっくりくる。そんな考えは目の前の少女は知りもしないだろう。
シャロリーにはチャオビットのような異彩があるわけではないはずだが、しかし何故か姉よりもパワードホースに懐かれていた。
パワードホースもシャロリーから直接果実を食べさせてもらい、なぜかやる気を出している。
――これが人徳だ。または人柄の良さとも呼ぶ。
「へ、へっくしゅん!」
「ち、チャオお姉ちゃん、風邪かな……ほら、毛布にくるまって」
「ダイジョーブ、サヴォ。チャオはおバカさん、風邪なんて引かないよ」
「アイス姉ちゃん、最近チャオおねぇちやの扱いが雑じゃない?」
荷台からは面白おかしな会話が聞こえるものの、そんなもので表情が変わるリュウではない。
目の前をしっかり見て、先を急いだ。
――その時、ふと先日考えていたことを思い出した。
「シャロリー、服はほしいか?」
「……うん」
リュウの問いかけに、シャロリーは上目遣いで申し訳なさそうな顔をしながらも、どこか期待しているようやな頷いた。
リュウはシャロリーのほんのり桃色がかった癖強いふわふわの髪をくしゃりとするように手を置いた。
「わかった」
リュウは相変わらずのぶっきらぼうな返事だが、その表情はどこか柔らかいものだった。
……そうして馬車を走らせていると、ついに山の出口に近づく。
国に近づくにつれて整備された山道が現れ、森を抜けると――そこには景色一面、広大な田畑が広がっていた。
「リュウおにいちゃん、みてみて、すっごーくきれい!」
「あ、ああ、そうだな……大したもんだ」
話には効いていたが、都会育ちでこのような景色を見たことのないリュウからすれば、一種の感動的なものまで感じてしまう。
田畑から流れる風はこれまで以上に気持ちよく、これまでこの世界で初めての文明を見たのだ。
荒んだフロンティアの町とは雲泥の差だった。
「……メリノ」
リュウは一度馬車を止めて荷台に行き、メリノを呼ぶ。
「はい、どうしましたか?」
「アドモンに到着したが、まずは何をするべきか相談しようと思ってな」
「なるほど……まずは、やっぱり近くの街に行くべきだと思います」
とはいえ、アドモンはフロンティアに比べて国土が広大だ。
山の上から見ても分かるが、近くにあるのは民家くらいなもので、大きな街に行くには馬車を使っても半日はかかる。
馬車での長旅と先の戦闘で体力を消耗している一向にとって、休息は必須だ。
とはいえ民家に声をかけようとも、彼らは天羊族と人間。天羊族が小人族からどう扱われるかは不明だが、間違いなくリュウは危険人物扱いされるだろう。
ことは慎重に進めなければならない。
その時だった――キュオーン……上空からなにかの鳴き声が聞こえた。
リュウはすぐに馬車から降りて空を見上げると……遠い空に何か大きな生物が飛んでいた。
同じく馬車の外に出てきたメリノは、リュウと同じく空を見上げると……
「す、すごい……あれ、純獣種です。はっきりと断言は出来ませんが、あれだけの巨体とここからでも伝わる魔力だから、たぶんそうです!」
「純獣種?」
ここで聞きなれない種族が出てきて、リュウはメリノに聞き返した。
「……さっきのブルルガルは魔獣種ですが、あの生物はその上位種族です」
「……強いのか」
「はい、それも相当に。魔獣種の中でもとびきり強く、知性ある存在。それが純獣種です。彼らはその絶対数は数えられるほどで、それぞれ異名を持っています」
リュウの視線が再び空に戻る。
遠目から見える限りでは、四足に胴体の二倍程の大きさの巨大な翼、暗い緑色の羽と体毛……これまで見てきた原獣種や魔獣種と比べても、明らかな違いがそこにはあった。
「……見えなくなっちまったな」
凄まじい速度で、純獣種は飛び去ってしまう。
遠目でも分かるほどの威厳ある姿をもう少し見たいと、リュウはつい思ってしまった。
しかしすぐに切り替えてリュウは目先の問題を考える。
「どちらにせよ、街に行くのは最優先だ。この町に宿でもあればいいが……」
見渡す限りの田畑に、少しばかりげんなりしてしまう。
あっても民家ならば、もうそこを頼る他ない。
あまり悠長にしていれば、また異人種たちが追いかけてくる可能性もあるのだ。
「俺が行くよりも、シャロリーとメリノで行くほうがいいか……」
「そうですね、リュウさんが行くよりかはまだ希望が……あ、すみませんっ」
「気にするな。事実だ」
つい失言をしてしまうメリノに、そう問いかけるリュウであった。
――純獣種を見たとき、リュウは拳がチクリと何かが刺さるような痛みを感じた。
それをある種の武者震いと思い、特に気にすることなく前は進むのであった。
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