【農業国家アドモン編】第1話「それでアドモンってなんなんだ」
ガタン、と大きく馬車は揺れる。
半人国といわれるフロンティアはおおよそ全体的に整備されてはいない、無法地帯のような国だ。故に道路整備などももちろんされておらず、馬車を走らせれば激しい揺れは免れない。
特に今のような――アドモンとの国境にある大きな山を越えるには、激しい揺れが伴った。
山越えをするにはそれなりの準備が必要だ。しかしリュウたちにそんな時間は当然なく、問題が起きたらその都度で対処する以外に方法はない。
極めて困難が予想される山越え。そんな山越えの真っ最中である馬車の中は……
「いまシャロリーたちがいくのはね、アドモン!!」
「シャロリー、リュウさんにアドモンって言っても分からないよ! ちゃんと説明を……あ、でも僕もあんまりしらない……」
「…………サヴォも、お勉強」
――思いのほかに平和であった。
「……メリノ、頼む」
「は、はい……もう、みんなちゃんとしなさ~い!」
あまりにも話が進まないことに痺れを切らしたリュウが、メリノに目を配らせる。するとメリノは苦笑いをしながら、妹たちを叱るのだった。
――フロンティアでの異人種との戦いから既に数日ほどの時間が経過した。
異人種レイアの戦うの末に行動を共にすることになった転移種のリュウと、天羊族の子供たちは人間の使ってした馬車を入手し、そして今はその馬車を使ってフロンティアの隣の国、アドモンに向かっていた。
馬車の中には人間たちの蓄えや、リュウが子供たちに渡したお金や食料があったため、食に困ることはほとんどなかった。
しかしフロンティアが発展していない国だからか、そもそも前回の町のような場所もほとんどない。そのため物資の調達は主に狩りでしかすることが出来なかった。
……そしてリュウと子供たちの関係性なのだが――これも案外、悪くはない。
「……アイス、何をしてる」
「……ん、お気になさらず」
リュウの背中に張り付いているアイス。彼女はそもそも最初の出会いの時から、その雰囲気が気になっていたこと、そして何よりも危機を救ってくれたこともあってかなり懐いていた。
あまり言葉数が多いわけでもなく、また狩りをするときには共に戦うこともあってか、リュウも彼女の好意を無暗に無下にすることはしない。
「あー、アイスおねぇちゃんズルい~!」
「…………」
アイスの行動にいち早く反応したのは、末っ子のシャロリーだ。彼女も当初からリュウに恐怖心は抱いておらず、またフロンティアの森で多少なりとも関わったこともあり、リュウに懐いている。
そしてリュウもシャロリーにはどこか甘く、彼女の我儘や要望を聞いてしまっていた。
「シャロリーも、アイスお姉ちゃんも! リュウさんがこまってるよ!」
「……お前は偉いな、サヴォーク」
「え、そうかな……えへへ」
どうすることもできないリュウに、何とか助け船を出そうとするのはサヴォークだ。彼もシャロリーと同様に彼への恩義を感じており、何よりも同性だからか、リュウとの距離感も近い。
リュウに褒められて照れてしまうほどには懐いている様子だ。
「サヴォークまで……もう、話が進まないよ」
「……悪い」
「い、いえ、リュウさんが悪いわけじゃないの……うちの妹たちがごめんなさい」
リュウの謝罪にバツの悪そうな顔をしているのは長女のメリノだ。
彼女はリュウとの約束を果たそうと彼女の知りゆることを教えようとするのだが、甘えた盛りの妹たちに阻まれている。
……そして彼女は他の三人と違い、まだ完全にリュウのことを信用しているわけではない。悪人ではないことは理解しているが、慎重になっているが故に、彼との距離感を掴めずにいた。
「……そろそろ馬車の運転、変わってくる」
リュウは引っ付くアイスとシャロリーを引きはがして、立ち上がって運転席へと向かう。
そしてそこにいる最後の一人に話しかけた。
「……チャオビット、交代だ」
「ッ。お、おう、お任せするぞっ」
チャオビットはリュウの姿を見るなり、怯えたように身体を震えさせ、そして運転席から離れて姉妹達のところに逃げるよう去る。
――姉妹の中で特にリュウに恐怖心を抱いているのは、チャオビットだ。
出会った当初からリュウのことを恐れており、それは助けられた今でも変わらない。
リュウもその事情は知らないが……チャオビットの代わりに馬車の手綱を握る。
「……お前たちは何で俺の言うことを聞く?」
リュウはこの馬車を引く二頭の馬――パワードホースにそう言葉をかけると、二頭とも元気でどこか忠誠心を感じるようなうなり声をあげた。
……最初はチャオビットが馬車の運転をしていたのだが、それでは彼女だけに負担を強いてしまう。そのためにリュウが運転の仕方を教わったのだが――それにはパワードホースの忠誠が必要だ。
原獣種、パワードホースは忠誠心が強い獣だ。その馬力は強く、原獣種の中では上位に組み込むほどの種族といわれている。
チャオビットは、彼女自身の異彩の力によって動植物の声を聴くことが出来て何とか手懐けられたのだが、リュウは最初から慕っていた。
……恐らくは元の主人のレイアを倒したところを見ていたのだろうが、リュウが手綱を引くときの彼らはどこかやる気だ。
チャオビットの時の約二倍の速度を出すものだから、その抑制がより面倒である。
「……あいつらを酔わせたら、飯抜きだ」
『『――ッッッ!!?』』
リュウの脅しに、パワードホースは反応する。それまで速度を飛ばしていたものが、とても丁寧な走行に変化した――パワードホースはとても強く、利口な種族である。
「…………」
……リュウは先ほどまでここにいたチャオビットのことを思い出す――彼らと行動を共にするようになってから、チャオビットだけはまともに会話をしたことがないのだ。
主に彼女が逃げることがほとんどなのだが……しかしきっかけがなければ、言葉下手なリュウが話しかけるのだど到底無理だ。
「――アドモンってなんだ」
不意にすっぽり抜けた会話の主題を思い出して、そう呟くのであった。
◎・・・◎
「……チャオ、ビビり」
「び、ビビってないんだぞ!? べ、別に怖くなんて……ないもん……」
「チャイビット、口癖変わってるから落ち着いて……!」
逃げてきたチャオビットに、開口一番にどうしようもない事実を突きつけた。
そしてシュンと気を落としたチャオビットをメリノが慰める――いつもの姉妹ならではのお決まりの流れなのだが、いつもとは違いチャオビットの元気がなかった。
その変化に姉二人も当然のように気付いている。
「……リュウ、怖い?」
「そ、それは……怖くないって言ったら、嘘になるぞ……」
アイスの簡潔な一言に、チャオビットは素直に頷いた。
少なからずリュウと関りがあるサヴォークとシャロリーやアイスとは違い、チャオビットはそもそも彼と関わった時間が少ない。
彼の人となりを知らず、それでいて容姿は強面で口数が少ないとあれば、彼を信頼することが出来ないのも無理はない。
それに加えて……
「私には、異彩で心の本音が聞こえちゃうから……それを知るのが怖いぞ」
チャオビットの異彩の力は、動植物の心の声を聴くこと。それに加えて持ち前の純朴さや誠実な面で信頼を勝ち取り、力を貸してもらうことが多いのだ。
その力の発動には当然条件があり、それはチャオビットが対象に対して心を開くことだ。
リュウの人となりや心の声を知ることで、彼を信頼できるかもしれない。しかしそれをするためにはまず自分が心を開かなければならない。
そんな八方塞がりのような状況に、チャオビットは立たされていた。
故に心の声を聴くことも、心を開くのも怖い。
「そうだよね……でもね、チャオビット。これから行動を共にするなら、少なからず会話はしないといけないと思うの。特にチャオビットの異彩は彼を信頼するために必須だから――」
「そ、それでも怖いものは怖いのっ! もう疲れたから寝るぞ!」
メリノの説得も空しく、チャオビットは薄い布地で頭ごと隠して聞く耳を持たなかった。
馬車の隅で小さく固まって眠る妹を、メリノとアイスは困った顔で見つめる。
「……アイス、どうしたらいいと思う?」
「……どうもしない」
アイスはメリノの質問に、あまり考える間もなく答えた。その返答が意外だったのか、メリノは続けて質問する。
「どうして? アイスとしてもあの人の信頼は大切でしょう?」
「……あの人じゃない、リュウ」
――真っすぐと目を見据えて、アイスはそう訂正した。
それを言われた瞬間、メリノは言葉に詰まり、固唾を飲む。
「……お姉も、まだリュウのこと、信じてない」
「そ、それは……」
「……分かってる。お姉にも考えがあると思う――きっと、チャオも分かってる。このままじゃ、ダメだって。それにリュウも」
アイスは馬車から夜空を眺めて、どこか自信がありげにそう呟いた。
暗にこう伝えたいのだろう――放っておいても、ちゃんと考えてる二人は分かり合える。だから口を挟まなくても良いと。
「……お姉、サヴォとシャロはアイスが見る。お姉はリュウに教えてあげて」
「――うん。ありがとう、アイス」
メリノはアイスの言いたいことを理解して、多くは語らずに素直にお礼を言った。
そして彼女の申し出のまま運転席に顔を出す。
「リュウさん」
「……どうした、メリノ」
リュウは声をかけられたことに対して驚かず、視線も向けない。
「――隣、座っても良いですか?」
「……ああ」
リュウの許可をもらい、メリノは多少の食料と水を持ってリュウの隣に座った。
「……あの、その」
ここでメリノは言葉を詰まらせる。
他に姉妹がいるならばまだ自然体で居れるが、二人きりで対面するとなると、未だに緊張は隠せない。
そうして言葉を詰まらせていると……
「……俺は、気にしない」
不意に、リュウがそう話した。
「気にしないって……何が、ですか?」
「……怖いんだろ、俺が」
――荷台での会話を聞かれたのか、態度で察されたのか、リュウはメリノ視線を向けずに淡々と言う。
「それは……」
「隠さなくても良い。……むしろ、怖いのは当たり前だ。双子とアイスが、心を開きすぎている」
「でも、助けてもらったのに、好意を邪険にするのは……申し訳ないです」
「……まじめだな」
リュウは少し柔らかな声音で、メリノをそう称した。そう言い表されたことに、メリノは少しばかり驚く。
「……初めてです。真面目って言われたの――当たり前のことをしてるだけ、ですよ。そうじゃなきゃ生きられないので」
「当たり前、か。――立派だな、お前は」
「――」
――本当に些細な言葉だった。きっと彼も意識をしてそれを言ってはいない。ふと思ったことをそのまま口にしただけだろう。
ただ偶然にも、その言葉はメリノが無意識のうちに求めていたもの……なのかもしれない。
小さな身体でここまで誰に救いを求めても相手にされず、多くを背負いこんでいた――その努力が、どこか報われるような一言に聞こえた。
メリノは目頭が温かくなるのに気づき、すぐに服の裾で目元を擦る。
「……? どうした」
「い、いえ、なんでもないですっ――よし」
メリノは少し深呼吸をして、心を落ち着かせる。この旅で得た心を落ち着かせる方法は、この場合でも健在だ。
「アドモンの説明、しても良いですか?」
「……ああ、よろしく頼む」
リュウはメリノの心の動揺に気付くこともなく、短くうなずく。
――メリノは五姉弟の一番上だ。彼らの心の支えであり、そして誰よりも物事を冷静に見れる心を持っている。
だからこそ、彼女は誰よりも慎重にリュウのことを見なければならない。
彼が信頼に足る人物か、本当に自分たちの味方で居続けてくれるか。
――彼女が信じれば、理屈など関係なく姉弟は全員、リュウに絶対の信頼を寄せてしまうから。
だから――一時の激情で心が揺れ動いてしまわないように、心に楔を打って、リュウに心の壁を持ち続けなればいけないのだ。
本音を隠し、不器用に、真面目に。
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