第六話
『麗司君、麗司君てかっこいい名前だね。』
そうかな?
『麗司君急がないとまた遅刻するよ?』
それは君もだろう。
『麗司君、その手どうしたの?』
手?手がどうかしたって?
!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
あああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!
麗司は再び目覚めた。
鈍痛が頭に響いている。
左手はピリピリと痺れている。
恐る恐る、
麗司は自分の左手を見下ろした。
そこにはあの絡みついた女の手は無かった。
無くなってる?そうか、あれは夢だったのか!!
なんだ、、、夢か、、、
よかった、、、、
麗司の瞳からはホロリと涙がこぼれ落ちた。
よかった、よかった・・・
麗司は自分の両手を頭上に掲げ、
夢から覚めた眼でその手の平を見上げた。
しかし、
安堵の表情を浮かべた麗司の表情は一瞬にして凍りついた。
なんだこれは、こんなことがあっていいものか。
その時麗司が見たものは、
二つの右手だった。
片方は本来の麗司の右手、
もう片方は麗司の左手だったはずのもの。
麗司の左手は、
外側に向いているはずの親指が内側から生えていた。
そしてそれは、先ほどまで麗司を恍惚とした快楽へ誘っていたあの女の右手だった。
麗司は急激な目眩と吐き気に襲われた。
部屋を出て洗面所へ駆け込むと、
胃の中の内容物を吐き出した。
おええ、おえええええええええええええええ
おえええええええええええええええええええええええ
ぼえええええええええええええええええええ
げろげろ
ハアハア
ハアハア
洗面所に散らばった吐瀉物から漂う酸っぱい臭いだけが、
今麗司が頭の中で考えられる全てだった。
排水口の中の闇をしばらくぼーと見つめて、
顔を上げて麗司は鏡を覗いた。
麗司は鏡に写った自分の顔を見つめると、
またもや戦慄した。
麗司の顔面にはびっしりと毛が生えていたのだ。
それは鼻の脇から、
上瞼と下瞼の隙間から、
そして額、顔中の全てから毛は伸びて麗司の顔を侵食していた。
おっ、おっおお
なんだよこれ!!なんなんだよこれ!!
麗司はその場にへたり込んだ。
俺が何したっていうんだよ。
俺が、、、何を。
あああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!
麗司は自らの頭を掻きむしった。
それは怒りからか、それともあまりにも不可解で理不尽な状況に自暴自棄に陥ったからかはわからない。
しかし、自分の頭を掻き毟る中で麗司は後頭部にまたもやある違和感を感じた。
今度は、ゆっくりと後頭部に手を回し、自分の「手」でそっと撫でてみた。
その時の感触から麗司は、あることを察した。
ボンヤリとした意識の中、
麗司は自分の部屋に戻り、部屋用の手鏡を持って再び洗面所へ向かった。
再び鏡の正面に立つと、麗司は振り返り、
自分の目の前に手鏡を当てた。
そこから、
ゆっくりと自分の背面が映る洗面所の鏡へと焦点を合わせた。
麗司の口から心臓が飛び出そうになるほどに心拍数は上昇していく。
麗司は必死でその恐怖に耐えながら、手鏡の中を覗いた。
麗司の後頭部は人の顔を形成していた。
それは、麗司に見覚えのある今朝のあの女の顔だった。
その瞼は閉じられたままだった。
麗司の体は凍りついたように動かなかった。
その中で麗司の意識だけが鮮明に女の顔を捉えていた。
女の顔はまだ形成過程にあるようだった。
麗司は動けないまま、
女の鼻や口、そして目が徐々に形を成していく様を見守るしかなかった。
その女の顔がほぼ仕上がりそうな時、
女の瞼がピクリと動いた。
麗司はその目を見てはいけないと思った。
しかし、
麗司は瞼を閉じることもできずにその女の閉じた瞼に釘付けになった。
ゆっくりと、
ゆっくりと、
眠りから覚めるようにその目が開いていく。
ダメだ!!
ダメだ!!
見ちゃダメだ!!!
ピンポーン
その時、チャイムが一つ鳴った。