第二話
未だに状況を理解できていない麗司は、
目の前に現れた右腕の前にしゃがみ込んだ。
人が電車に飛び込むという状況の中、
その時の麗司の心に恐怖や驚きという感情はなかった。
目の前に落ちた女の前腕には傷一つなかった。
白い肌、すらりと伸びた細い指。
麗司の心臓は高鳴っていた。
それは、好きな異性と偶然に目が合った時の感覚に似ていた。
バクバクと鼓動が脈を打ち、その肌に今すぐ触れたいという衝動を抱かせた。
その時、麗司の中には周囲の音も時間の感覚もなくなっていた。
あるのは、目の前の腕とそれに触れたいという欲望だけ。
麗司はゆっくりとその腕に自分の腕を伸ばした。
その時、
「君」
麗司は背中を叩かれた。
ばくっ
麗司の心臓はその一瞬止まったかのように脈打った。
振り返ると、麗司の後ろにリーマン風の男が立っていた。
「大丈夫かい?
君は見ない方がいい、離れていなさい」
と男は麗司に言った。
「はっ、はい。
ありがとうございます。」
麗司は駅のホームから立ち去り、駅から出た。
駅から出ると、麗司は駅から逃げるようにその場を離れた。
駅から少し離れた場所に市民公園がある。
麗司はそこの公衆トイレに駆け込み、
すぐさま個室に入り鍵をかけた。
「ハアハア」
麗司は自分のブレザーの内側に突っ込んでいた自分の右腕をそっと出した。
麗司の右腕には、さきほど目の前に転がってきた女の前腕が握られていた。
麗司は自分がやってしまった事の重大さに恐怖した。
しかし、それ以上に握られたその腕の美しさに圧倒された。
その、腕は麗司の眼球から侵入してきて、
脳を包み込むように麗司の心を侵食した。
麗司を現実に戻したのは、
麗司の携帯への一つの着信音だった。