2(安全だよ)
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「……で、これがそれなのさ」
一美から乳半色のプラスチックの塊を渡され、「はー」と、さっちんは興味無さげに、「パズルの欠けらみたい」手の中でくるくる廻し、「あっ」取り落とした。
考えるより早く腕を伸ばし、「えいっ」落ちる前に掴まえた。
「すごいねー」さっちんは笑う。
「モノは大切にってのがウチの家訓なんだ」
するとさっちんは。机に手を突き、「その通りだよ!」がばっと身を乗り出した。「カズミ、ごめん! ごめんね! 大切にするから!」
「お、おう」勢いに飲まれ、あげるつもりではなかったが。「いいよ」一美は笑う。
「ところで、これ、何?」
「I've no idea.(存じません)」
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見た目はイカだった。よくよく見ればタコも混じってた。イカタコ人だ。
かれらは地上で暮らし、文明を築き、服を着て、ナイフとフォークで食事をし(主食はイワシ)、日が暮れると起き出し、身支度をして仕事に出る。でもイカタコ。夜明け前にはダンスホールですごい踊りを見せつけ、バーでお酒をひっかけ(バーテンダーは一度に何人分ものオーダーを捌く)、帰宅し、夜明けと共に眠りにつく。でもイカタコ。
ぐねぐねした手足で(縫製大変そう)、表情はどうにもならなかった。その目が、どうしたって対話できそうに思えなかったのである。
このイカタコ人はヒトによく似た背丈四〇センチくらいの生き物をペットにしており、服を着せ、彼らなりの愛情を注いでいるように見えた。
一美は、なんだか気分が悪かったので(完全な云い掛かりです)、生き物愛護団体的なところに保護される体で乗り込み、看板を利用して開放を(力で)訴えた。団体はトウェンティ・エイプスと云った。賛同がちょうど二〇を数えたのだ。程なくして活動は過激になり、世間には倦厭感が広がり、ヒトっぽい何かはペットの枠から自由になった。
ヒトっぽい何かは集団で移動した。生き物愛護団体的なところが協力した。長い旅の果てにヒトっぽい何かは定住の地を見つけ、開墾し、自立するようになった。共同体を築き、独自の文化を持つに至った。トゥエンティ・エイプスはとうの昔に解散していた。
ある時、一美は遠い星で起きたことを教えられた。なんでも支配階級の中で、とりわけ理想を掲げた自由主義の革新派が、公平な世の中を目指し、低層に合わせるよう働きかけたそうな(そりゃ結構)。ところが上流と下流を混ぜたところ、社会は下流中心となり、やがてさらに下へと落ち込み、ついには目も当てられない惨状になったと云う。均衡が崩れ、文明が崩壊し、もはや文化とは程遠い何かが跋扈する社会になってしまったと。
以来、一美は、余所の庭に首を突っ込むことを控えた。どうあれ世界は理由があってそうなっている。水が高いところから低いところへと流れるのは世の常である。
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異界人から譲り受けたそれは、見たことのない何かの結晶だとか、虹色に輝くだとか──或いは宙に浮く、発光する、形を変える、などと云った仕掛けも何もないものであった。
プラスチックの塊のようで、プラスチックみたいな触り心地で、プラスチックにしか見えないのなら、それはたぶんプラスチックなのだ。一美は地球産でないかと疑っている。
「これは何?」一美の疑問に、それは答えた。「Universal masterpiece」
何故英語。しかもめちゃくちゃ発音いい。
それは続けた。自分にはもう必要ないから、あげる。
それなりに価値のあるものだと理解した一方で、ぽいっと赤の他人、しかも異界人に譲り渡す理由は分からなかった。
危険な物だったりするのではなかろうか。
それはないよ。安全だよ。
一美の思いを先廻りして教えてくれた。
安心よ。
どうしてだろう、擁護されるほどに不安になるのは。
大丈夫よ。
繰り返し云われて(何をもって大丈夫なのさ?)、一美は自身を納得させた。
これが何であれ、自分に何ができると云うのか。相応の物ならば、相応の者の手に渡るのが道理なのだ。故に、女子高生の手に渡った時点で、それは女子高生相当なモノでしかない。まぁ、ぶっちゃけ、お土産だよな、と一美は思った。ご当地なんとか的な実に微妙でチープな感じで。
一美はこの「ゆにばーさる・ますたーなんちゃら」とやらの頭文字をとって(何故英語)、UMa、すなわち、ウマと呼ぶことにした。
ウマの存在のヒントは、受け取った時に教えてもらった「不要」にあるのでないか。つまり、何処かで誰かが「必要」としている。そして、遠からずまた「不要」になる。