第八十八話・譲れないもの
「包帯捕獲 !」
ライナーは自らの体に巻かれた包帯を触手のように伸縮自在に伸ばし、マルクを縛り上げようとした。
だがマルクは鋭い両腕のヒレを生かし、襲い掛かる包帯を切り刻む。
「くそぉ 中々拘束できない! !」
「俺は半魚人最強の男だぜ !」
マルクは口角をつり上げると加速し、ライナーとの距離を詰めた。
「ひっ !」
ライナーは口元が包帯で隠れていたが、怯えた表情をしているのがわかった。
俺は拳を握るとライナーの顔面に勢い良くパンチを喰らわせた。
「へごおっ !?」
ライナーの頬はめり込み、勢いでそのまま地面に叩きつけられた。
ライナーは目を回しながら気を失っていた。
「あっけなかったな……」
一撃でのびてるライナーを見つめながら、俺はあまりにもあっさり決着が着いてしまい、困惑していた。
「よくもライナーを !後で仇を取ってあげますわ !」
レヴィは唇を噛み締めると、何も無い空間から紫色の刺々しい鞭を召喚した。
棘鞭である。
「生意気な子にはお仕置きですわ」
レヴィの鞭が蛇のようにしなり、グレンを襲う。
おいおい、鞭責めは子供には早いんじゃ……。
「くっ !」
グレンは片手に握った剣を構え、盾にした。
レヴィの棘鞭がグレンの肢体を狙い、攻撃する。
肌に触れれば棘で傷付き、傷口から毒が回る。幼いグレンの体なら耐えられないだろう。
何とかグレンは鞭の軌道を読み、片手剣でいなす。
「子供のくせにやりますわね !」
レヴィはスピードを上げ、鞭の攻撃をさらに激しくした。
「くそっ !反撃する暇がねえ…… !どうすれば…… !」
一歩、また一歩と少しずつ後退するグレン。
何も出来ない無力な自分に苛立ち、悔しさから歯軋りをした。
「肩に力が入りすぎだぜ」
ふと、グレンの頭の中でマルクの言葉が過った。
グレンは敵の鞭を警戒するあまり、肩に力を入れすぎて動きが固くなっていたのだ。
グレンは深呼吸をし、息を整えると近くにあった石ころを蹴りあげた。
「飛び道具なんて効きませんわよ !」
レヴィは涼しい顔で蹴り飛ばされた小石を鞭で弾いた。
小石は木っ端微塵に砕けた。
だがレヴィは小石に気をとられ、一瞬の隙が生まれた。
「なっ、あのお子ちゃま居なくなりましたわ !?」
目の前の子供を見失い、辺りをキョロキョロ見回すレヴィ。
「隙ありぃ !」
グレンは背後に回り込み、レヴィの首にチョップを入れた。
「あがっ !?」
不意を打たれたレヴィは崩れ落ち、気を失った。
グレンの勝利だ。
「俺はオーガ族の戦士見習いだ、お前なんかに負けてられねえんだよ !」
グレンは空に向けてガッツポーズを決めた。
「二人ともやられちゃったゾ……」
レヴィ、ライナーの敗北を確認するとサイゴは焦り、狼狽え始めた。
「後はお前だけだぜ、デカブツ」
俺はゆっくりと首を回しながら近づいた。
「こいつら……何者だゾ ?オラ達だって、下っぱとは言え、魔王軍だゾ ?」
サイゴの腕は震えており、滝のように汗を流していた。
「でも、残ったのはオラだけ……オラが頑張るしか無いゾ !うおおおおおおお !!!」
サイゴは大きく棍棒を振り上げ、俺に向かって叩きつけた。
「闇霧 !」
俺は霧に変身し、サイゴの棍棒をかわした。棍棒は地面に叩きつけられ、ヒビが入った。
「うおらっ !」
俺はサイゴの死角を狙い、実体化して蹴りを入れようとした。
「ぬん !」
サイゴはすかさず棍棒で防ぎ、俺の奇襲に対処した。
「何 !?」
「ぬぅん !」
サイゴは棍棒で俺をなぎ払おうとした。
俺は再び闇霧で攻撃を避けた。
こいつ、何故死角からの攻撃に咄嗟に反応できたんだ…… ?まさか……。
「オラは単眼族だゾ、目が一個しかない分大きくて周りの景色が人一倍見渡せるんだだゾ」
サイゴは胸を張り、ドヤ顔で語った。
成る程、だからやつには死角が無いのか……。
「二人とも、仇はオラが取るゾ !」
3メートルを誇るサイゴの巨体が俺を見下ろした。
だがその程度の威圧感に怯んでいるようじゃ、吸血鬼の名が泣く。
それに俺は数々の強敵と戦ってきた。
ここで立ち止まってるわけにはいかない。
「はぁぁぁぁぁ !」
俺は唸り声を上げ、片腕に力を込めた。
腕が毛に覆われ、狼の腕に変わった。
獣型だ。
「行くぜ !サイクロプス !」
「うおおおおおおおお !」
ガキンガキキィンガッキン
俺の狼の腕から繰り出される無数の打撃と振り下ろされるサイゴの棍棒がぶつかり合い、拮抗する。
だが手数は俺が勝っていた。
徐々に追い詰められ、後退するサイゴ。
「俺の動きについてこれるとはやるなぁ !」
「視力だけはだれにも負けないゾ !」
宝石のように光り輝く大きな瞳を持つサイゴ。
とても悪役とは思えない。
仲間思いだし案外悪いやつではないのかもな。
「だがオーガの里を滅ぼそうとしてるのには変わりない、これで倒させてもらう !」
俺は片腕に力を込め、大きく振り上げた。
「人狼地獄爪 !」
ザバンッ
一点に力を集中させ、狼のように鋭い爪でサイゴの体を切り裂いた。
サイゴは血を流し、仰向けに倒れ込んだ。
勝者は俺のようだ。
今までの戦いを経て俺達が強くなったのか……それとも相手が弱かったのか……。
今回の戦いはあっさり終わった。
「うう……こんな結果になるなんて……思いませんでしたわ……」
レヴィ、ライナー、サイゴの三人は纏めて縄で縛り、動けなくした。
「さて、尋問の時間だ、何故オーガの里を襲った ?」
俺とマルクは指をポキポキ鳴らしながら威圧した。
「ひ、ひぇ~」
三人は震え上がっていた。
「正直に言わねえと、どうなるか分かるよな ?」
俺は極悪人のような形相を浮かべた。
「わ、分かりましたわ……私達は魔王軍ですわ……今回オーガの里を狙ったのには理由がありましてよ……」
レヴィは洗いざらい吐いた。
どうやらあのジジイが暴れてる隙を見てこの里に隠された神器とやらを奪う算段だったらしい。
グレンと出会った時点で詰んでいたがな……。
「たく、魔王軍の割りに、やってることは火事場泥棒と変わりねえじゃねえか」
マルクは呆れていた。
「誰がこそ泥ですか !オーガ族と戦闘なんて、命がいくつあっても足りませんよ !」
ライナーが叫んだ。
「でも俺が子供だからって襲ってきた……それがとても悔しかった……」
グレンは拳を握り、震わせていた。
「んなことねえよ、グレン、三人相手に臆することなく立ち向かったお前は立派な戦士だったぜ」
マルクはポンとグレンの頭を撫でた。
「マルク……」
「お前はきっとオーガの戦士になれる、自信を持てよ」
「うん…… !」
グレンは満面の笑みを浮かべた。
マルクのやつ、いつの間にたらしこんだな ?
「良いんですの ?悠長に雑談なんかしてて……」
「あん ?」
レヴィは不敵な笑みを浮かべていた。
「今頃デビッド様が神器を手に入れ、里を焼き払ってるかもしれませんわよ ?」
「何だと…… ?」
魔導師デビッド……。
魔獣を複数召喚出来る底の知れない老人だ。
クロスが後を追いかけているが……不安だ……。
「マルク、お前はこの三人を見張ってろ、俺が奴を追いかける」
「おいヴェル !」
俺は蝙蝠の翼を生やすと空を飛ぼうとした。
「待ってくれ !」
グレンが俺を呼び止めた。
「俺も連れてってくれ、里に伝わるオーガの神器……絶対に奪われるわけには行かないんだ !」
グレンの目は本気だった。
「しゃあねえな……よし、俺の背中に乗れ」
俺はグレンを背負うと翼を広げ、空へ飛び去った。
その様子をマルクはいつまでも見送っていた。
To Be Continued




