第七話・白髪の吸血鬼
白髪の男は赤い瞳を光らせながら、私をまじまじと見つめていた。首もとにかかっていた銀色の十字架のネックレスがキラリと輝いていた。私はイケメンにじっと見つめられ、たじたじだった。
「あのー……リリィさん、このお方は…… ?」
私は思わずリリィに尋ねた。
「あ、紹介しますね !この方は洋館のご主人様、ヴェルザード様です」
リリィは白髪の男について紹介した。名前も厨二ぽくてカッコいい。
「へ、へぇ~……私は安住若葉と言います……えーこの度は助けて頂いて有り難う御座いました !」
目の前のイケメンに対して私は緊張してしどろもどろになりながらもお礼を言った。
握手会とかで男性アイドルと話すときのファンの気持ちがよく解った。
「フン、本来なら人間が居ていい場所じゃねぇからな、怪我が治ったらとっとと出てけ」
ヴェルザードはぶっきらぼうに冷たく吐き捨てるとすぐに部屋を出ていってしまった。クールだけど無愛想で感じが悪かった。私も暫くポカーンとしてた。
「あ、ご、ご免なさい……ご主人様は人見知りというか……人との会話に慣れてないんです……」
「いえ……気にしてませんから……」
本当は割りと堪えてた。ゴミを見る目で見下されてるように見えたから。
「それに、あんなこと言ってますけど本当は心配してたんですよ ?ご主人様は素直じゃありませんから」
まあ怪我が治るまでここに居ていいわけだから、そういう意味ではまだ良心的だとは思うけど……。
「主……主……」
「な、何ですかリト」
突然リトが念話で語りかけてきた。
「あの男、並々ならぬ魔力を秘めています。ただ者ではありません。気を付けてください」
確かにヴェルザードと呼ばれる男はただならぬ雰囲気を醸し出していた。
「あ、そういえばお腹空きませんか ?」
リリィは部屋に飾ってあった時計を見て、私に聞いてきた。
グゥ~
思い出したら急にお腹が鳴ってしまった。そうだった、こっちの世界に来てから、何も口にしてなかった。
「じ……実はとても腹ペコで死にそうなんです……」
私はお腹を押さえながら弱々しく言った。
「任せて下さい !もうすぐ夕食の時間ですのでこのリリィが腕によりをかけて作りますね !」
リリィは自信ありげに腕をまくった。
「お、お願いします……」
異世界の食べ物なんて何が出るか分からなかったが、それでも何か食べなければ死んでしまうので深くは考えなかった。背に腹は変えられない。
「それじゃあ暫く部屋で待ってて下さいね、料理が出来たら呼びますから」
リリィはそう言うと鼻歌を歌いながら部屋を出た。
暫くしてリリィは戻ってきた。
「お待たせしました~夕食ですよ~」
私はリリィに案内され、食堂へと向かった。食堂は駄々っ広く、趣味の悪い絵が飾ってあったり、縦に長いダイニングテーブルと複数のダイニングチェアーが置かれていて、まさに洋館という感じがした。
ヴェルザードが先に座って待っていた。ふてぶてしく、偉そうな態度をしていた。
「まさかこの俺が人間と一緒に食事することになるとはな……」
空気がピリピリしていて居心地が悪かった。私のことをあまり歓迎していないのが伝わってくる。出来ることなら私も早くここから出たいけどリリィが居るからなぁ…
「何ですかあの男は……主に向かって無礼な……燃やしたいですねぇ……」
ランプの中でリトもイライラしていた。
「お……落ち着いてくださいね……」
私は取り敢えずヴェルザードの向かい側の席に座ることにした。
「お待たせしました~今日はトマトのスパゲッティでございま~す」
丁度良いタイミングでリリィが料理を運んできた。よくレストランでも見かける私の良く知る料理だった。見た目も美味しそう。とは言えここは異世界。現実のものと全く同じとは限らない。油断は出来ないぞ…。
「ささ、召し上がって下さい」
「い……いただきます」「いただきます」
私は手を合わせ、恐る恐るスパゲッティを口に運んだ。
「ん !美味しい !」
私はつい叫んでしまった。空腹だったから余計かも知れないが、とても美味しかった。それを聞いてリリィは目を輝かせた。
「でしょでしょ !さあさあ、おかわりもありますから、遠慮なくどんどん食べて下さいね !」
「はい !」
異世界の食べ物が自分の舌に合って良かった。私はガツガツスパゲッティを食べ続けた。
ふとヴェルザードの方をチラッと見ると黙々と食べていた。こんな美味しいものを毎日食べられるなんて羨ましい。
「リリィ、トマトソースが足りないな」
ヴェルザードは急に不満そうに口を開いた。ソースが足りない?私と同じくらいの量だと思うけど…。
「は、はい !申し訳ございません !」
リリィはすぐにトマトソースを用意した。
するとヴェルザードはソースをスパゲッティに大量にかけた。私は唖然とした。もう麺がソースまみれになってもはや原型がない。
そしてヴェルザードは大量のソースがかかったスパゲッティを頬張った。
「うん……やはりこれだな」
味覚が狂ってる…… !まさかあんなクールな顔をして重度のケチャラーだったとは……
「相変わらずご主人様はトマトがお好きなんですね」
いやだからってかけすぎだよ !スパゲッティの意味ないじゃない !
「所で人間、聞きたいことがある」
ヴェルザードは食べながら私に話しかけてきた。口にはトマトソースがべっちゃりついていた。汚い……。
「人間って……私には若葉って名前があるんです」
私はムッとしながら答えた。
「何故人間が誰も近寄らない林にいる。そして何故生きているんだ。魔物が巣食っていたはずだが……」
リリィにも同じような質問をされた。
「えーっと……話せば長くなるんですが……」
「構わん、話せ」
やけに傲慢で偉そうだったのが鼻についたが、私は今までの経緯を詳しく話した。
ヴェルザードは腕を組みながら納得した様子だった。
「フン……悪運の強い女だ。それとも、その得たいの知れないランプのおかげか ?」
ランプ……リトが居なければ、私はとっくに生きていなかった。
「そ、そうですね……私なんてただの人間ですし、こうして生きてるのが不思議なくらいですよ、あはは……」
私は愛想笑いを浮かべた。
「この洋館に人間が来ることは滅多にない。お前が初めてだな」
「そ、そう……ですか……」
「ま、この林を抜ければ町がある。そう遠くないはずだ。精々生き延びろよ」
「は……はぁ……有り難うございます」
リリィの言った通り、無愛想だけど根は悪い人じゃ無さそうだ。まだちょっと怖いけど……。
やがて私達は食事を終えた。
「ご馳走さまでした。有り難うリリィさん、とても美味しかったです」
「いえいえ、久しぶりのお客さんにそんなこと言われて、私も満足ですよ」
リリィはお皿を片付けようとしていた。
「あ、私も皿洗い手伝いますよ」
「いやいや、そんな、お客さんにそんなことさせられませんよ、
それに怪我をなされてるし……」
「私も手当てしてもらって料理を振る舞ってもらってばかりですから。何か手伝わせて下さい」
私も一応家事を手伝ったことはある。それにずっとヴェルザードと二人きりになるのはとてもじゃないが耐えられそうになかった。
「で、では……お言葉に甘えて……」
私とリリィは台所に向かった。
その様子をヴェルザードはじーっと見つめていた。
私とリリィは皿洗いをしながら雑談をしていた。
「ご主人様はああ見えて喜んでるんですよ~。久しぶりに私以外の人と話せて」
「そ、そうなんですか?近寄るなオーラ全開だった気が……」
「ご主人様はシャイと言いますか…人見知りと言いますか、人とどうコミュニケーションを取って良いのか分からないんです。だから高圧的に接してしまうんです」
「…………」
所謂コミュ障というものか。私も友達が多いわけじゃないし人付き合いは苦手な方だから何となく気持ちは解った。あそこまで酷くはないが……
「所で、ヴェルザードさんとリリィさんはずっと二人でこの洋館で暮らしてるんですか ?」
私は気になっていたことを思いきって聞いてみた。
「ええ……元々はご主人様の父上様がこの洋館の所有者だったのですが……ある日幼かった私達を残して行方不明になられて……」
予想以上にヘビーな過去だった。
「ご主人様は一度父上様を探しに林を出て町へと向かったのですが、人間達にその白い髪と鋭い牙、赤い瞳を気味悪がられ、迫害を受けたのです」
「そんな……可哀想……」
「命からがら逃げ出したご主人様は、その時の恐怖から心を閉ざし、以来ずっと洋館から一歩も外に出たがらないのです」
ヴェルザードは人間に虐められたことがトラウマで人間である私に対して冷たかったのだ。そういう悲しい過去があるのなら無理もない。
「でももしかしたら貴方なら、貴方のような優しい人ならば、ご主人様の心を開くことが出来るかもしれません」
「わ、私が……」
思わずお皿を洗ってる手が止まった。
「お願いします…… !あの方は本当は寂しがり屋なんです !誰かとの繋がりを心から求めているんです !」
リリィは目に涙をためていた。ずっとヴェルザードのそばに居続け、その痛みに寄り添ってきたのだ。
私は普通の人間。誰かの心を変えるなんてそんな大層なことが出来るとは思えない。でもリリィやヴェルザードは命の恩人でもある。何が出来るか分からないけれどせめてもの恩返しはしようと思った。
「任せて下さい、リリィさん」
私はリリィの手を強く握った。
「貴方達は命の恩人です、是非協力させてください !」
「ワカバちゃん……」
リリィは涙目になりながらも笑顔を浮かべた。
「流石主……なんという慈悲深さ……うう……」
リトも何故か感動してすすり泣きをしていた。
兎に角、あの無愛想でコミュ障なイケメンともっと親密にならなければ !私は決意を固めた。
To Be Continued