第七十八話・暴走する闇
上空から地面へ叩き落とされ、ラゴンは動けなくなっていた。
リトは這いつくばっているラゴンの翼を掴んだ。
「ま……待て……やめろ……やめてくれぇ !」
悪い予感がしたのか、ラゴンは怯えた表情で必死にリトに懇願した。
だがリトは容赦なく翼を引っ張り、怪力でバリバリと引きちぎった。
「ぎゃあああああ !!!」
ラゴンは目を見開き、壮絶な痛みから絶叫した。ラゴンの背中は血で染まった。
翼をもがれ、誇り高き竜は地を這うだけのトカゲと成り果てた。
「何てことを……」
エルサ達はリトの残虐な戦い方を目の当たりにし、呆然としていた。
クロスは翼でコロナの顔を覆った。
今のリトはリトじゃない……闇に支配され、獣のように本能のままに暴れ狂う、ただの魔人……。
「あ……あ……」
呻き声を上げるラゴン。
リトは馬乗りになると無抵抗のラゴンの背中を拳で殴り続けた。
殴られる度に血飛沫が舞い、返り血を浴びたリトの体は真っ赤に染まっていった。
このままではラゴンは死んでしまう……。
いくら敵とは言え、可哀想だ。
「リト……リト !もう良い !そいつはもう動けない !お前の勝ちだ !」
見ていられなくなったエルサはリトに向かって叫んだ。
最早ラゴンは虫の息だ。
「…………」
リトはゆっくりと顔を上げるとエルサ達を睨み付けた。
ゾクッと鳥肌が立ち、警戒したエルサは皆を庇うように前に出て剣を構えた。
リトは地響きを鳴らしながらこちらに近づいてきた。
「おいおい……俺達のことも分からなくなっちまったのか…… ?」
エルサは剣を強く握った。
彼女の手は震えていた。
目の前にいるリトは何をしでかすか分からない。
でもこの中で体力が残っているのはエルサだけだった。
「エルサ殿 !我々も加勢します !」
今まで見守っていた兵士達が立ち上がり、剣を構え、リトを取り囲んだ。
リトは辺りを見回した。
空気がピリピリし、全員に緊張が走る……。
「待って……下さい……」
私は手負いの状態で立ち上がり、皆に呼び掛けた。
「ワカバちゃん……」
「馬鹿野郎……何してんだ……」
「リトは……いたずらに人を傷つけるような人じゃありません……お願いです……攻撃しないで下さい……」
私は痛みを堪えながらリトにゆっくりと近づいた。
リトは凶悪な目付きで目に写るもの全てを睨み付けているが、私には何処か悲しそうにも感じた。
「リト……疲れましたよね……今日はゆっくり休みましょう……」
私は優しく微笑むと両手を大きく広げた。
「…………」
リトは私を見つめたまま、じっとしていた。
エルサはいつ襲ってきてもいいよう警戒心を強めていた。
「ぐおおおおおおお !!!」
リトは獣のようなうなり声を上げると大きく腕を振り上げた。
私は瞬き一つせずに決して怯むことなくリトの顔を見つめた。
「ワカバ !」
リトは腕を振り下ろし、私に直撃しようとした瞬間、ふわっと煙になって消えてしまった。
「……制限時間か……」
奇跡的に私を殴る直前に時間切れになったようだ。
リトが消えた後、私は緊張が解けたのか、ガクッと膝をつき、倒れそうになった。
エルサがすぐに駆けつけ、私を抱き抱えた。
「ワカバ…… !しっかりしろ…… !ワカバ !」
「はぁ……はぁ……」
私は呼吸が荒くなり、まともに声が出なかった。
私の体はもう限界だった。
エルサは強く私の手を握った。
「そんな体で……どうしてあんな無茶を……」
私は息を切らしながら、ただ微笑むことしか出来なかった。
こうして竜族との戦いは終わった……。
残された兵士達はラゴン、メリッサ、ザルド、ララを始め、倒れている竜族達を捕らえ、連行した。
幸い、この戦いで犠牲者は出なかった。
重傷を負った堅固な山猫の皆さん、マルク、ヴェルザード、クロス、そして私も命に別状はなかった。
数日後、竜の里の村長ラゴラスがラゴンが捕まっている牢獄に面会にやって来た。
「この度は……うちのバカ息子がご迷惑をお掛けして、申し訳ございませんでした……」
ラゴラスは衛兵達に向かって深く頭を下げた。
この戦争は、ラゴンを筆頭に過激派の竜族達が独断で起こしたものだった。
「我々は謝っても許されない罪を犯しました……この老い先短い命に変えて償うつもりです……しかしその前に、息子に会わせてください……一発拳骨を喰らわせます」
ラゴラスは咳き込みながら頼んだ。
衛兵達はラゴラスの真摯な態度を見て、ラゴンに面会させることにした。
「ラゴン……」
「……親父……」
全身に包帯を巻かれたラゴンは檻の中であぐらをかいていた。
ラゴラスはラゴンの前でしゃがんだ。
「体弱いのに……わざわざ来てくれたんだな……」
ラゴンはそっぽを向いて答えた。
「息子に何かあったらどんな時でも飛んで来る……親として当たり前だろう……」
ラゴラスは僅かに微笑んだ。
ラゴンは父の優しさから口を緩ませた。
「……親父……ゴメンな……俺……あれだけ大口叩いておいて……無様に負けちまった……勝てば英雄になれたのに……負けたから犯罪者扱いよ……笑っちまうぜ」
ラゴンは自嘲した。
「ラゴン……」
ラゴンは涙を流し始めた……。
「俺はただ……親父が生きてるうちに……竜族の輝きを……取り戻したかっただけなんだ……俺達竜族はずっと辺境の地で屈辱に耐えながら暮らしてきた……歴史の敗者として嘲笑われ……それがどれほど悔しかったか……」
ラゴンは悔しがり、くしゃっと髪をおさえた。
「お前の気持ちも……焦りも……解っているつもりだ……だがな……お前は大事なことを忘れているぞ……」
「え…… ?」
ラゴラスの目に涙がたまっていた。
「俺は……お前が元気に生きてさえいればそれで満足だったんだ……強くなくてもいい……偉くなくてもいい……それでも健康で、幸せで……俺より長く生きてくれればそれで良かったんだ……」
ラゴラスは震える手で鉄格子を掴んだ。
「お前は罪を犯した……それは決して許されることではない……だからこそ償え !自分のしたことに責任を持て !一度犯した罪は絶対に消えないが、生きてさえいれば、罪を背負い、償い続けることは出来る……何年、何十年経ってもいい……もう一度胸を張れるようになるまで、這いつくばってでも生き抜いて見せろ !」
ラゴラスは熱く息子を激励した。
厳しくも温かい言葉……。
それがラゴラスの言う拳骨だった。
「っ…… !親父…… !」
ラゴンは鉄格子を強く握り、唇を噛み締め、夜が明けるまで泣き続けた。
そして、ラゴラスは里へ帰っていった。
暫くして、ラゴン達の処分が決まった。
戦争を仕掛け、怪我人を出したものの、犠牲者は一人も居なかったことから処刑にはならなかった。
ラゴン達に課せられた罰……それは、竜族達でギルドを結成し、人間の住む町を守るのに貢献することだった。
当然反対意見も少なくなかったが、竜族達が深く反省していることからか、何とか納得してくれたようだ。
事実上、竜族達は人間の傘下につくこととなった。
この日、ラゴンをリーダーとした、「爬虫の騎士団」が誕生した。
To Be Continued




