第六十五話・意味深な夢
ヒュウ曰く、近いうちに竜族は里を降り、見せしめにこの町を攻め落とすらしい。
町の人々は竜族に怯え、外出を控え、家に閉じ籠った。
ただならぬ事態にピリピリとした空気が町全体に張り巡らされていた。
傭兵達は竜族の襲来に備え、警備を厳重にした。
いざという時はこの町に在住している騎士団達も竜族と戦うことになる。
勿論私達もだ……。
私は来るべき竜族との戦いに向け、訓練所でエルサと修行をしていた。
エルサと一対一での模擬戦だ。
ヴェルザード、マルク、リリィが観戦していた。
「はぁっ !」
「はっ !」
エルサと私は互いに木刀を手に持ち、打ち合った。
木と木のぶつかる音が響く。
「ほう、以前より腕を上げたな、ワカバ」
エルサは汗を流しながら嬉しそうに笑っていた。
「だが、まだまだだ !」
ガキンッ
エルサは力を込めるとあっさり私の木刀を弾いた。
はたき落とされた木刀はコロコロと地面を転がった。
「はぁ……はぁ……やっぱりエルサさんは強いです……」
私は息を切らしながらへたりこんだ。
「そんなことはない、君も見違えるほど強くなったぞ」
エルサは私に向かって手を差し出した。
私はニコッと笑うとエルサの手を取り、立ち上がった。
「主お疲れ様です、私も感激ですよ !」
ランプの中でリトは感極まって泣いていた。
「大袈裟ですよリト」
私は苦笑をした。
「でも、まだまだ足りないです……もっと強くなって……皆を守らないと……」
私はこのメンバーの中で一番弱い。
まだまだ半人前だ。
「あんまり思い詰めるのも良くないぜ、周りが見えなくなっちまう、以前の俺みたいにな」
見物していたマルクが声をかけた。
「マルク……」
「張り切るのはわかるけどな、肩の力を抜くことも大事だぜ」
マルクはニカッと笑った。
「マルクさん、ありがとうございます」
「たまには良いこと言うじゃねえか」
「たまにはって何だよ」
マルクとヴェルザードは互いに睨み合っている、いつものことだ。
「それにしても、竜族との全面戦争か……」
「怖いですよね……」
リリィの顔は曇っていた。
「ギルドではなく、種族単位だからな……まるで太古の大戦の再来のようだ」
エルサは腕を組んだ。
「皆さん安心してください、この魔人がいる限り、我々に敗北などあり得ませんよ」
ランプの中でリトは自信満々に答えた。
確かにリトは特別だ。数千年前からいるだけあってこのメンバーの中では間違いなく最強、更に実体化する度に無限に強くなるもんだからまさに反則級だ。
「でもお前最近苦戦多くないか ?」
「確かに、ロウやヒュウ戦も無双出来てないっつーか……」
ヴェルザードとマルクは冷ややかな目をした。
「う……ま、まあ今の私は半精神体ですし活動時間も限られてますからね……」
リトは図星を突かれ、苦しい言い訳をした。
「まあ何でも良い、兎に角皆 !今日は解散だ !沢山食べて、沢山寝て、次の戦いに備えるぞ !」
エルサの一声で、私達は家に帰った。
いつものように、リリィが作った晩御飯を皆で食べた。
何気ないこの日常……絶対に失いたくない……。私はそう心に決めた。
ここは…… ?
気がつくと私は炎が燃え盛る謎の荒野に立っていた。
薄暗く靄がかかり、鼻が折れ曲がる程の悪臭が漂っていて、息苦しかった。
「皆ー !ヴェルー !エルサさーん !マルクー !リリィちゃーん !ミライちゃーん !コロナちゃーん !クロスー !リトー !」
私はひたすら皆の名前を叫んだ。しかし、返事は返ってこない……。
グギャアアアアア
「何 !?」
突然目の前に巨大な怪物が姿を現した。
50メートルを越え、竜にも似たその姿は禍々しくこの世のものとは思えなかった。
怪物は雄叫びを轟かせ、大気をうねらせた。
「リト…… !助けて……っ !」
私はランプを取り出そうとしたがどれだけ懐をまさぐってもランプは見当たらなかった。
「そんな…… !」
怪物は遠くを見つめながらゆっくり前進した。大きく振り上げられた足に私は踏み潰されそうになった。私は怖くてその場から動けなかった。
「きゃああああ !!」
私は思わずしゃがみ、頭を被った。
ドンッ !
突然謎の光線が怪物の胸を貫いた。
怪物は涎を滴ながら白目を向いて崩れ落ちた。衝撃で地面が揺れた。
「あ……あれ…… ?」
私は恐る恐る目を開けた。
すると、人差し指を突き出した若い青年の姿が遠くに見えた。
「り……リト…… ?」
うっすらだがリトに見えた。ターバンを被り、マフラーをし、アラジンパンツを履いている。
「良かった……リトー !」
私は心から安堵し、リトの元に駆け寄ろうとした。
その時、
「え ?」
リトはニヤリと笑うと私に向かって手をかざし、炎を放った。
「きゃあああああああ !」
私は炎に飲まれながら絶叫した。
薄れ行く意識の中、僅かにリトの姿がボンヤリ見えた。
その姿はまるで黒く……闇に染め上げられていた……。
朝になり、鶏の鳴き声が響き渡った。
私はその声を聞き、飛び起きた。
動悸がバクバクし、呼吸が荒かった。
「あれ……夢……」
私は恐る恐る自分の頬を引っ張った。
「いてて……やっぱりあれは夢だったのかな……」
私はホッと胸を撫で下ろした。
それにしても、あの男は誰だったんだろう……リトによく似ていたような……でもリトはあんなに黒くないし……。
何より私に向かって炎を放つなんて……。
「主、おはようございます」
近くに置いてあったランプからリトの声が聞こえた。
「リト……おはようございます」
良かった……いつものリトだ……私はホッとした。
「どうしたんですか ?主、顔色が良くありませんよ」
リトは私の変化に気付いたようだ。
「別に大したことじゃないですよ……ちょっと嫌な夢を見ただけですから……」
私はランプに向かって微笑んだ……。
「そうですか……しかし主、決して無理はなさらないでくださいよ」
「分かってますよ」
私は起き上がり、着替えようとタンスから服を取り出した。
「……所でリト……」
「何ですか ?主」
私はリトに問いかけてみた。
「いきなりなんですけど……数千年前の記憶って……覚えてますか…… ?」
「数千年前……」
リトは暫く考え込んだ……。
「あ、無理に思い出さなくても良いですから」
私は気まずくなり、話を終わらせようとした。
「最近……朧気ながら自分の過去を思い出すんです……確か巨大な怪物を一撃で倒して……怪物の近くにいた女を……燃やしました…… 」
それって ……私が今朝見た夢と同じ…… ?
「ま、ただの夢かも知れませんけどね、ハッハッハ」
リトは誤魔化すように高笑いをした。
リトにはまだまだ私の知らない秘密が隠されている。
数千年前から生きてるんだもの。そりゃ深い歴史が刻まれてるはずだ。
でも私は少し怖くなった。普段は明るくて優しいリトにも、夢に出てきたような一面が隠されてるのかも知れないと……。
「ワカバー !朝飯の時間だぞー !」
エルサの声がした。
「あ、今行きます !リト、行きましょう」
「はい、主」
考えてても仕方がない。例えリトにどんな過去があったとしてもリトはリト。
何も変わりはしない。
私はランプを片手に急いでリビングに向かった。
To Be Continued




