第五十九話・蛇頭竜尾
「ヴェルザード、お前の答えを聞かせてくれよ」
ヒュウは俺に問いかける。
「ヒュウ、俺の答えは……」
俺は静かに息を吸うと爪で自らの腕に傷をつけ、傷口から滴る血液を短い剣に変えた。
「これが俺の答えだ」
俺はヒュウに赤剣を向けた。
「……成る程……残念だ」
ヒュウは瞬時に俺の真意を理解し、ため息をついた。
「お前の気持ちは解った。だがそんなのは関係ねぇ、お前を力ずくでも連れて帰る」
「面白い、やってみろよ」
交渉は決裂。俺とヒュウは戦うことになった。
「はぁぁぁぁ !」「うぉぉぉぉ !」
リリィが見守る中、二人の一騎討ちが始まった。
拳と拳がぶつかり合う。
俺は片手の血の短剣を振り回し、ヒュウの腕を切りつける。
一進一退の攻防戦、互いの地力は互角。二人の力は拮抗していた。
「やるじゃねえか、昔は虫も殺せない程臆病者だったのが……変わったな」
「鍛えてるからな !それに俺は最強の魔族・吸血鬼だ !」
俺はヒュウの顔面目掛けてパンチを繰り出した。
ヒュウは両腕をクロスさせ、ガードした。
「おー、効くねぇ !」
ヒュウはニヤリと笑った。
「流石だな吸血鬼、腕がビリビリ痺れるぜ」
俺はすかさず回し蹴りを喰らわせた。
ヒュウは防ぎきれず、吹っ飛ばされたがダメージを負いながらも咄嗟にバク転をしてバランスを取った。
「力はお前の方が上らしいな……だが」
そう言うとヒュウは右腕を抑え始めた。
右腕が疼き出したのか、ヒュウは苦しそうに唸り声を上げた。
「はぁぁぁぁ……」
ヒュウの右腕に変化が起こった。
右腕は茶色い鱗に覆われ、拳は徐々に蛇の頭へと変貌を遂げた。
「驚いたか ?竜族の中には普段は力を抑えるため、人間と変わらぬ姿に擬態している者達がいる。俺もその一人だ。こいつは俺の本来の力のごく一部を解放したに過ぎねえ」
ヒュウは蛇の頭になった腕を俺に向けてきた。
「さ、第2ラウンドだ」
ヒュウは蛇の頭の腕を触手のように伸ばしてきた。
俺は血の短剣で応戦する。
蛇の牙と短剣がぶつかり合う度に金属音が響き、火花が飛び散った。
「どうした ?さっきまでの勢いは !」
思わぬ変貌に俺は圧倒されていた。
ヒュウの腕が俺の肩に噛みつこうと口を大きく開けた。
「調子に乗るなぁ !」
ザシュッ
俺は短剣で蛇の首を切り落とした。
蛇の頭は地面に落ち、暫く苦しそうに呻いていたがやがて動かなくなった。
「うおおおおおおおおお !!!」
ヒュウは切り落とされた痛みに悶絶しながら腕を抑えた。断面から血が噴水のように吹き出た。
「なんちゃって」
ヒュウは痛がる素振りをやめ、口角を上げた。
すると切られた断面からニョキッと蛇の頭が生えた。
「そんな !?」
「再生した…… !?」
生えたばかりの蛇の頭はドロドロ濡れていた。
「悪いな、竜族の生命力は並みじゃない。心臓でも潰されない限りはいくらでも再生出来るんだぜ」
俺はあまりのおぞましさに後退りした。
「隙だらけだぜ !」
ヒュウは勢いよく腕を伸ばした。
腕は獲物を捕らえるように俺の体を縛り上げ、動きを封じた。
「くそっ…… !」
俺は抜け出そうともがいたがヒュウの腕の力は凄まじく、逃れられなかった。
「安心しな、殺しはしない、麻痺牙」
蛇の頭は口を大きく開けると俺の首筋に噛みついた。二本の牙から毒が流し込まれるのを感じた。
「て、てめぇ……何をしやがった…… !」
「すぐに解るさ」
ヒュウはあっさり拘束を解いた。
自由の身になった俺は好機と捉え、ヒュウに向かって殴りかかろうと走り出した。
だが……
「何だ……目が霞んで……」
視界がボヤけてヒュウの姿が歪んで見えた。
「ご主人様 !?」
リリィの叫び声もよく聞き取れない……
俺は頭を押さえ、フラフラと膝をつき、やがてうつ伏せになって倒れた。
「効き目が早かったようだな。あっという間に全身に毒が回ったな」
「毒ですって !?」
リリィは倒れた俺のそばに駆け寄った。
「心配すんな、麻痺毒だ。後24時間は動けなくなるだけだ。俺の目的は竜の里にお前を連れてくること、これで運びやすくなったぜ」
ヒュウはリリィに近づいた。
「お前はヴェルの保護者みたいなもんだ、特別に同行を許してやる。さ、お前も一緒に来い」
ヒュウはリリィに手を差し出した。
「お断りします !」
「り……リリィ……」
リリィはヒュウの目を睨み付けた。
「私は何があろうとご主人様に従います !ご主人様の選択を、私は尊重します !」
リリィは俺を庇い、ヒュウの前に立ち塞がった。
「馬鹿野郎……リリィ……逃げろ……」
俺は声を振り絞りリリィに言った。
「大丈夫ですよ、私はご主人様の使い魔ですから」
リリィは振り返り、ニコッといつもと変わらない笑顔を見せた。
「リリィ……」
俺はリリィの名前を呟き、とうとう気を失った。
「使い魔風情が、俺に勝てると思うのか」
ヒュウはリリィに蛇の腕を向けた。
「勝てなくても良いです……守れるなら !」
リリィは震えながらも懐からフライパンを取りだし、構えた。
To Be Continued




