第四話・古代魔獣
「遂に見つけましたよ、お嬢さん」
最悪だ……散々魔物から逃げ回って一歩も動けないって時に、よりによって魔法のランプを狙う悪魔の男に見つかるなんて…… !
男の笑みからは狂気が滲み出ていた。
「おやぁ ?だいぶお疲れのようですねぇ。ま、ただの人間がこの魔物の巣食うこの林で五体満足で居られてることだけは褒めましょう。悪運だけは大したものです」
悪運があるなら貴方と再会しません。
「それにしてもいかがでしたか ?私の故郷であるこの世界、貴方の所で言う異世界は、とても大変だったでしょう ?」
はい、魔物に襲われて死ぬかと思いました。
「貴方は生ぬるい平和な世界で暮らしてきた無力で弱小な人間です。魔族や竜族達等がひしめき合うこの世界に適応出来るはずがない。そしてその魔人の封印されしランプも、貴方の手に負えません。早々に手放すことをオススメしますよ」
この悪魔もしつこい。そこまでランプが欲しいのか。こうなったら意地でも渡してなるものか。
「こ……このランプは、元々私の家から見つかったものです…何で部外者の貴方に渡す必要があるんですか……!」
「貴方が知る必要はありません、渡さないと言うのなら、死んでもらいますよ」
ジリジリと迫る悪魔。逃げようにも、足が動かない。どうにも出来ないまま、悪魔は目の前まで迫り、顔を近づける。
「こ……こっちに来ないでください……」
私は嫌悪感を露にした。
「人間ごときが生意気なんですよ !」
人間に嫌悪され癪に障ったのか、悪魔は私の首を掴み、持ち上げ、ギュッと絞め上げた。
「うっ……」
私は首を絞められ、苦しみ喘いだ。手加減してるのは分かるが、それでもかなりの力だ。もし本気で絞められたら、私は一瞬で絶命するだろう。
「苦しいですかぁ ?貴方がさっさとランプを渡さないからこういう目に遭うんですよ ?」
流石悪魔。締め付ける力はじわじわと強くなる。息が出来ない……苦しい……。顔は真っ赤に染まり、目は血走り、口からはみっともなく涎が垂れ、全身から力が抜けた。
「カハッ……!」
「ふむ……こうも抵抗がないと流石につまらないですねぇ……」
動かなくなった私を見て慢心した悪魔は、少しずつ力を抜き始めた。チャンスだ。一か八か、悪魔の気が緩んだ一瞬の隙を狙い、私の首を絞め続けるその手に噛み付いた。
「ギャアアアア痛いィィィィ !」
悪魔は手を放し、私を放り投げた。勢い良く地面に叩きつけられた私は咳き込みながらも、すぐにこの場から去ろうとした。悪魔は痛みに耐えながら噛まれた手にフーフー息を吹きかけていた。
「おのれえぇぇぇ !調子に乗りやがってぇぇぇぇぇ !」
魔物に追い掛けられ、悪魔に首を絞められ、体力の限界を越えながらも、フラフラになりながら私は走った。
「この私の手に噛み付くとは、絶対に逃がしませんよ !影鞭 !」
悪魔は手から黒いロープ状の影を出した。その影は何処までも伸びていき、逃げる私の足に絡み付いた。
「うわっ !」
足に絡み付いた影に引っ張られ、私は勢い良く滑り、転んだ。その際、私はランプを手放してしまった。
「あ……!ランプが……!」
「二度も逃がすと思いますか ?舐めた真似をしやがって、よほどなぶり殺されたいらしいですねぇ !」
悪魔は近付き、うつ伏せに倒れてる私の頭を思い切り踏みつけた。
「うっ……!」
「ハッハッハッハ !無様ですねぇ !実に無様 !これこそが上位種であるこの私に歯向かった者の末路ですよぉ !」
悪魔は高笑いしながら私の頭をグリグリ踏み続けた。私は諦めずに目の前の転がったランプに向かって手を伸ばした。
「諦めが悪すぎますよぉ !」
悪魔はそれを見逃さず、伸ばした私の腕を力強く踏んだ。
「うわぁぁぁぁぁ !」
私は痛みのあまり、悲鳴を上げた。
「女性の悲鳴と言うのは実に興奮させてくれますねぇ、まさに心地の良いメロディです」
この男、最低最悪の性格だ。体は痛いし、とても悔しい。でももう体力は限界だ。
私は意識が朦朧としてきた。視界もボヤけ、もはやこれまでか。今度こそ私は死ぬんだ……遂に心が折れたその時……。
「主、どんな状況にあっても、ポジティブですよ !」
ふとリトの言葉を思い出した。
突然異世界に連れてこられて、不安だった私をリトは力強く励ましてくれた……。
そうだ……こんな酷い時こそ、前を向かなきゃ、この先異世界で生きていけない !私は覚悟を決めた。
「く……うおおおおお !」
私は絞り出すように雄叫びを上げながら、ほふく前進をし、転がってったランプの方を目指した。
「この小娘、まだ諦めてなかったのか ……!」
悪魔も流石に驚いたのか、一瞬狼狽えた。しかしすぐに私の動きを封じようと強く踏みつけ、押さえつけた。痛い。それでも私は止まらなかった。激痛に耐えながら進み続けた。プロレスでいうロープブレイクだ。
そして、やっとランプに手が届いた。根性を見せたのだ。
「はぁ……はぁ……や……やった……」
私は仰向けになり、ランプを抱き締めた。
今度こそもう動けない。全てを出し切ったようだ。
「その根性だけは褒めて差し上げましょう。はぁっ !」
悪魔は手に力を込め、黒く邪悪なオーラが手を覆った。
「これで終わりです。さようなら、お嬢さん !」
悪魔の手刀が私に向かって振り下ろされようとした瞬間、ランプから煙が勢い良く噴射された。煙は瞬く間に周囲を覆った。
「な、何ですか !」
「まさか……」
煙が晴れるとリトが現れ、悪魔の腕をギュウッと強く掴んだ。
「……リト……」
「主……申し訳ありません。主が危険な目に遭っていたというのに……私は……」
リトは悲しげな顔をしていた。
「わ…私は大丈夫……ですから……」
私は息も絶え絶えになりながらもリトに微笑みかけた。
「主……暫く休んでいてください…後始末は私がやっておきますから」
「ありがとう……リト……」
私はリトの言葉に甘え、その場で休むことにした。
「ま……また貴方ですかイフリート !」
腕を強く掴まれ、怒りと恐怖に満ちた表情で悪魔は叫んだ。
「貴方……主にこんな酷いことをして、ただですむと思っていますか…… ?」
リトは静かなトーンで怒りを露にした。眉間にシワを寄せ、鋭い目付きで悪魔を睨み付けた。
「く……うわぁぁぁぁぁぁ !」
悪魔はやけになり、リトに殴りかかった。
ピンッ
リトは悪魔の額に軽くデコピンを喰らわせた。悪魔は10メートル程盛大にぶっ飛んだ。相当強烈だったらしい。
「す……凄い……軽いデコピンだけで……」
「あの悪魔と私とでは、実力にかなりの差がありますからね、指一本で充分です」
あの悪魔が弱いわけじゃない。リトが強すぎるのだ。
デコピンで吹っ飛ばされた悪魔は満身創痍になりながらも立ち上がった。余程堪えたのか、頭を押さえている。
「ぐぬぬ……ち、ちきしょう…… !」
「諦めなさい。悪魔と魔人とでは、貴方に勝ち目はありません」
「そ、それはどうでしょうか……私には切り札があるんですよ……」
悪魔は不敵に笑った。何か嫌な予感がする。
悪魔は懐から謎のカードを取り出した。
そのカードには不気味な怪物のような絵が描かれていた。
「出でよ、古より封印されし古代魔獣よ !」
悪魔は叫ぶとカードを地面に突き刺した。すると、カードが刺さった地点を中心に突然地割れが起こった。
「な……何 !?」
「主、危険です !」
異常を察したリトは私を抱き抱え、この場から離れた。
そして、地割れの中から、体長が30メートルくらいはある恐竜のような爬虫類のような怪物が出現した。刺々しく装甲の厚い肌、二足歩行で鋭い爪と鋼鉄をも砕かんとする牙を生やし、涎を垂らしながら目覚めた怪物は周囲を見渡していた。
ゴギャァァァァァァ !
怪物は鼓膜が破れるくらい咆哮をした。
そしてその闘争心に満ちた瞳は私達をロックオンしていた。明らかにさっきの魔物達とは桁が違う !
「あれは……古代の魔獣…… !すでに絶滅したと思っていましたが……まだ生き残りがいたのですね……」
安全な距離まで移動したリトはそこで私を降ろすと身構えた。
「驚きましたか ?私は召喚士でもありまして、この魔力のこもったカードを魔獣の眠る地脈に突き刺すことによって、目覚めさせ、使役することが出来るのです」
悪魔は誇らしげに語った。まさか、小物っぽいくせにそんな隠玉を持っていたなんて……。
「いくら魔人の貴方でも、古代の魔獣相手ではどうなることでしょう、ハッハッハッハ !」
いきなり古代の化け物と戦うなんて無理ゲー過ぎる。私はもう泣きそうになった。するとリトは私の肩をポンと叩いた。
「主、私の残り時間は後1分半程です。それまでにチャチャっと片付けます」
リトは優しく微笑んだ。その顔を見たとき、何故か心の底から安心した。
「わ……分かりました……信じてますよ……リト……」
「勿体なきお言葉です、主」
リトは魔獣に目を向けた。
「少し本気を出させてもらいますよ ?」
ニヤリと笑うと、リトは魔獣に向かって走り出した。
To Be Continued