第五十七話・怪しい勧誘
「久し振りだなぁ、ヴェルザード」
俺とリリィの後ろを謎の男がつけていた。
男はねっとりと俺の名を呼んだ。
「誰だてめえは……」
俺は警戒し、リリィを後ろに下がらせた。
「おいおい、そんな恐い顔するなよ、別に取って食おうってわけじゃねえんだぜ ?」
男は黒い衣装に身を包み怪しい雰囲気を醸し出していた。
「ご主人様、あの人はお知り合いですか ?」
「知り合いなわけねえだろ、こんな怪しいやつとは会ったことがねえ」
男は少し落胆した様子だった。
「そっか……覚えてねえか……まあ子供の頃だしな、忘れてても無理ないか」
子供の頃に会ってる ?いや、記憶にねえな……。
「それでお前は誰だ、俺達に何の用だ」
俺は男に問いかけた。
「俺の名はヒュウ、今は人間共の住む町でスパイをやっているのさ」
スパイ ?やはり悪いやつか ?
「単刀直入に言う。俺と一緒にこの町を出ろ」
「はぁ ?」
この男は何を言ってるんだ ?
「何故だ」
「お前達は最近勢力を増していた闇ギルド・憎悪の角を壊滅させたらしいな」
「何故その事を 」
ヒュウは夕日を眺めながら話を続けた。
「目障りだった闇ギルドが消え去ったのを好機と捉え、人間界に侵攻を開始しようと決めたんだ……それが俺達竜族さ」
竜族…… ?
「聞いたことがあります、かつて古の大戦で大暴れし、多くの魔族や人族を殺し尽くした凶暴な戦闘種族です。
戦いが終わり、生き残った竜族は辺境の地・竜の里でひっそりと暮らしていると聞きましたが……」
「ほう、よく勉強してるじゃねえか、お嬢さん」
リリィはヒュウに目をつけられ、さっと影に隠れた。
「そう、今やこの世界の大半は人間が支配している。やつらは力は無いが知恵と繁殖力が段違いだ。
だから竜族はいつか人間共を支配してやろうと長い年月をかけて力を蓄えてきた。俺はスパイとして子供の頃からずっと人間界を観察していたんだぜ」
「それで、何が言いたい」
ヒュウは俺の目を見つめた。
「手始めに竜族達はお前らの住む町を侵略するだろう。もうじきこの辺も火の海に包まれる。もう誰にも止められない」
「そんな話、信じられるかよ !」
俺はヒュウに向かって叫んだ。
「信じる信じないかは自由だがそれで取り返しのつかない事態になって後悔しても遅いんだぜ」
ヒュウは俺に近付いた。
「ここに居ればお前達も竜族によって蹂躙されちまう……いくら吸血鬼のお前でも凶悪な竜族達相手には何も出来ねえ。だがお前は俺の友達だ。俺が村長に取り入って竜族の仲間にいれてもらう。そうすればお前らだけでも助かる」
俺が竜族の仲間に…… ?
「そんな !急にそんなこと言われても納得出来ませんよ !ご主人様だってやっとこの町に馴染んできたのに !」
リリィは猛反発した。
「それはどうかな ?俺には見えるぜ。心のどこかで人間共を憎んでるのが」
「何……」
俺はドキッとした。
「お前の仲間は人間とそこまで壁があるわけじゃない、だがお前は違う。子供の頃のトラウマから人間に対して憎悪を抱いているはずだ」
図星だった。俺は人間に対して良い感情を持っていないのは確かだ。勿論ワカバや野菜売りの店主など例外はあるが……。
「お前は人間達と共存することなんて出来やしない。一度生まれた憎しみや恐怖は簡単に消せるものじゃないからな」
ヒュウは後ろに振り返った。
「3日間猶予を与える。それまでにしっかり考えておくんだな。このまま竜族に蹂躙されるか、仲間を見捨て俺達につくか……良い答えを期待してるぜ」
そういうとヒュウは僅かに微笑み、立ち去っていった。
俺とリリィは呆然と去っていくヒュウの背中を見つめた。
「ご主人様……どうしましょう……」
「わからん……暫く考えさせてくれ」
俺達の前に謎の男が現れ、竜族が町を襲うからその前に仲間になれと言ってきた……。
頭が混乱しそうだ……。
「と、とにかく帰りましょう !皆がお腹を空かせて待ってますよ !」
「あ、ああ……」
俺とリリィは取り敢えず帰宅した。
リリィが夕食を作った。今日はハンバーグだ。
「美味しいですよリリィさん」
「ああ、いつもありがとう」
「皆さん、喜んで頂いて何よりです」
皆リリィの作ったご飯を旨そうに食べている。
何てことはない、いつもの日常だ。
だがこの時の俺は上の空だった。
「ごちそうさま」
俺は、半分以上残し、食器を片付けようとした。
「おいおい、全然食ってねえじゃねえか」
マルクが呼び止めた。
「食欲無くてな……」
「たく、トマトなんか買い食いするからだぜハッハッハ」
マルクは呑気そうに高笑いした。
「コロナは好き嫌いせず、きちんと残さず食べるんだぞ、そうでなければ大きくなれないからな」
「うん」
コロナは俺の方をチラチラ気にしながらにんじんを頬張っていた。
俺は台所に向かった。
やがて夜がきて、皆は就寝した。
だが俺は眠れずにいた。
「あーくそ、全然眠れねぇ……」
俺は夜風に当たろうと屋根の上に登った。
もしバレたらリリィやエルサに怒られるだろうな。
「ふぅ、気持ち良いぜ」
俺は屋根の上に立ち、深呼吸した。
夜風が涼しい。
「ん ?」
俺は屋根の上に誰かが居ることに気付いた。
「誰だ」
「ひっ !」
何者かはビクッと怯えたが俺に気付くとホッとした。
「コロナ ?」
「えっと……ヴェルザード……さん……」
To Be Continued




