第三話・魔物巣食う林
私の名前はミーデ、魔族の中でも上位種である悪魔です。私はあるお方の命を受け、各地に散らばった神器を回収していました。あのお方から渡された空間転移水晶で神器を求め、私の居る世界とは違う次元に旅立ちました。
その世界は、私の世界とは大分異なるものでした。高度に発達した文明は遥かに私の世界を凌駕していました。空を飛ぶ機械の鳥、頑丈に建造された鋼鉄の建物、馬よりも速く人間を運ぶ箱のような物等々……。しかし不思議なことに戦闘能力の高い種族は皆無、それどころか他の種族が一切居ませんでした。何千何億人もの無力な″人間″がその世界を支配していたのです。何とも不思議な感覚でした。私はそんな世界に惹かれ、任務を遂行しつつ、正体を隠しながらこの世界を満喫していました。
この世界に存在する神器は粗方回収し、後はとある女から魔法のランプを奪えば任務完了でした。それが終わったらもう暫くここに留まりこの世界を楽しむ予定でした。
しかし、想定外の事態が起こってしまいました…。あの魔法のランプから魔人が復活してしまったのです…… !まさかあの女が封印を解くトリガーだったとは……。下手をすれば私の命が危なかったですからねぇ、隙を見て空間転移水晶を使い、予定より早いですが私の世界へ帰還しました。折角あの方から渡された貴重な水晶を……
全くもって許せません !今度あの女を見つけたら、ぶっ殺しますよ !
水晶を使い、元の世界に戻ってきた私ですが、ブラックホールの規模が大きかった為、あの女を見失ってしまいました。まあすぐに見つかるでしょう。
どうせランプを渡す気も無さそうですし、見つけ次第すぐにでも殺しましょう。もし再び魔人イフリートを召喚されたらたまったものではありませんからねぇ。
え ?上位種のくせに情けなくないのかって ?相手は伝説の魔人ですよ ?いくら弱体化してるとは言え、たった一撃で死にかけたんです !まともにやりあうなんて自殺行為ですよ !
……私は合理主義ですからね、無益な事はしないんですよ。それに、元の世界に戻ってしまえばこっちのもの、水を得た魚です。それに、あれを使えば弱体化魔人相手にも対抗出来るはずです……奴等の悶え苦しむ姿が目に浮かびますねぇ……。
町を目指すことにした私達は、暫く草原を歩いていると、林への入り口を見つけた。不穏な予感がする……。
「あの……地図とか無いんですが、無事に町に辿り着けるんですか…… ?」
そもそも本当に町はあるのか。ランプの中にいるリトが答えた。
「大丈夫です、あの林の中を抜ければ、きっと町に辿り着けるはずです」
「……根拠はあるんですか…… ?」
「数千年ぶりではありますが、この道に見覚えがあります !」
リトは自身満々に答えた。中でドヤ顔を決めているのが目に浮かぶ。どうにも頼りないアンサーだった。
私はため息をつきながらも先に進むことを決めた。まあ歩くのは良い運動になるだろうし……。
「しかし主、この先には気を付けてください。林の中には数多くの魔物が潜んでいます。邪悪な気配を感じるんです」
邪悪って貴方が言うんですか…
この世界には魔物というのが存在するらしい……。ますます異世界らしくなってきた。
「でもそういう時ってリトが守ってくれるんじゃ……」
「いえ、私はまだ魔力が足りてません、もう暫く溜めさせて下さい」
実体化は相当消耗が激しいらしい。三分しか持たないから仕方がないか……。
「もし魔物に見つかったら…… ?」
「全力で逃げてください」
私は唾をごくっと飲み込んだ。頼りになるのは、己の足腰のみ。まあ運動オンチだけど……。
「じゃあ……行きますよ……」
私達は、林の中へと足を踏み入れた。
薄暗い林の中は広く蒸し暑く、ジメジメしていた。いかにも何か出そうな雰囲気だ。居心地は最悪で、1秒でも早く抜け出したかった。
「はぁ……こんな所、生まれて初めて歩いたよぉ……」
自然に慣れてない典型的な現代っ子。早くも女子高生らしく愚痴を溢した。
「もう暫くの辛抱です。主」
これでもリトが話し相手になってくれるだけまだマシだった。一人だとどうなっていたか。
愚痴ばかり溢しても気分が沈むので何か話題を振った。
「それにしても魔物って、どんなのがいるんですか?」
「そうですねぇ……私が自由だった頃は50メートル程の魔獣がゴロゴロ居ましたねぇ」
恐竜時代じゃないですか…
「久しぶりにこちらの世界に戻ってこれたので、生態系も変化してるでしょう。後メジャーな魔物と言えば……ゴブリンとかスライムとかドラゴンとか多種多様ですね。」
よくアニメや漫画に出てくる架空の種族達だ。イフリートとかいるし今更だけども。
薄々勘づいていたが異世界というのはRPGのような世界観のようだ。
「でもそんな恐ろしいのに出くわしたら……」
「人間などあっという間に食われてしまいますね……」
「…………」
私は言葉も出なくなってきた。
窮屈ではあるが現代社会がいかに安全安心かを今頃思い知った。
「はぁ……早く心の底から安心したいです……」
「主、静かに !」
リトは何か異常を察した。
一気に緊張が走る。私は息を殺した。
「主……背後にお気をつけください……」
ゴソゴソと足音が聞こえる。何が近づいてくる音だ。背筋が凍った。まさか……。
「魔物です……どうやら後を付けていたようです」
リトは私に警告した。気を紛らわすためお喋りに夢中になってたのが仇になった。
私は恐る恐る後ろを振り向いた。
ゴギャグゴゴゴゴゴゴ !!
体長7メートルはありそうな、8つの眼を持った巨大な蜘蛛が爪をこちらに向けながら涎を垂らしていた。その眼は殺意……いや食欲に満ちており、今まさに私を食い殺さんとしていた。
これが魔物……!想像以上にグロテスク……!
私は思わず目を飛び出るくらい丸くした。
「走ってください !」
私は必死に走った。もう後先考えてられないくらい無我夢中で、あの時悪魔に追いかけられた時以上の速さで逃走した。
巨大な蜘蛛は動きこそ鈍いもののじわじわと追い詰めるように執拗に追いかけてきた。これが生存競争……追う者と追われる者……!
林の中を駆け巡り、複雑な経路を逆手に取り、何とか巨大蜘蛛から撒くことに成功した。
「はぁ……はぁ……つ……疲れたぁ……」
「申し訳ありません主、私が実体化さえ出来ていればあのような雑魚などとっくに焼き蜘蛛にして差し上げたのに……」
リトは申し訳なさそうに言った。
「き……気にしないでください……これくらいのことは……覚悟していましたから…」
私は精一杯平気な素振りを見せた。心臓は破裂しそうだけど……。
「しかし流石主です。突然の襲来から無事逃げ切れるその生存本能、私も見習いたいものです」
「……買いかぶりすぎですよ……たまたま運が良かっただけです……」
ことあるごとに私を持ち上げてくるリト。
何だか恥ずかしくなってくる。
取り敢えず危機が去ってホッとした私は切り株に腰を下ろした。
ザシュッ
次の瞬間、目の前に巨大な鎌が降り下ろされ、足下に突き刺さった。後1メートルくらい近かったら貫かれていただろう…
「え……」
思わず低い声が出た。
今度は巨大なカマキリが現れた。しかも先程の蜘蛛よりも一回り大きい。さっきから虫ばかり、女子に対する嫌がらせか。
「主、走ってくださーい !」
リトが叫び、私はスタミナの回復を待たずに走りだした。
「ひぃぃぃ、何なんですかもぉぉぉぉ !」
私は心の底から悲鳴を上げ、全力で腕を振った。
巨大な体が災いして、私の存在を見失ってしまった。
何とかカマキリを撒くことに成功したものの、いよいよ歩く体力すら無くなった。私は木の下に隠れ、暫くしのぐことにした。
「いたたた……」
足がパンパンに膨れ上がっていた。相当無茶をしたので当然である。
グゥ~
女子高生ながら酷い腹の音色を奏でてしまった。そう言えばこの世界に来てから何も食べていなかった。
「大丈夫ですか、主」
リトは心配そうにしてくれた。
「あはは……せめて運動部にでも入っておけばなぁ……」
今更後悔しても後の祭りである。私はとくにやりたいこともなく、ずっと帰宅部だったのだ。
「耐えてください主。この林を抜ければ、この地獄から解放されます」
「だと良いですね……」
私は心が折れそうになりながらも何とかリトの言葉を聞き、笑顔で取り繕った。
どんな状況でも、笑顔だけは絶やすなって、おばあちゃんが言ってたっけなぁ……。
「ようやく見つけましたよ」
作り笑顔はすぐに消え去った。聞き覚えのある声が聞こえたからだ。私はゾッとした。私を異世界へ連れてきた元凶……!まさかこんな時に出くわすなんて……
男はいつの間にか私の前に立っていた。気配すらしなかったので私は油断していた。
こちらに一歩ずつ近づいてくる。
「お嬢さん、勝手に歩き回られては困りますよ、探すのに苦労したんですから」
悪魔の男は不敵な笑みを浮かべた。
To Be Continued