最終話・この世界で生きていく
炎の魔人イフリートのリトと聖剣に選ばれし勇者・ワカバの活躍により、七人の魔王は討伐され、魔王軍は大きく瓦解した。
サタン亡き後、リトは彼の残した魔剣を手にし、魔王の力を継ぎ、主を失った軍の頂点に君臨した。
唯一生き残った魔王ルシファーは闇の力を失い、己を見つめ直す為に旅に出た。
天使でも魔王でも無く、一人の人間として……。
世界中を巻き込んだ魔王軍との大戦も終結し、長きに渡る平和が続いた。
リトが魔王の座についてから早六年……。
大切に想っていた主と別れてから、リトは悲しみを乗り越えるようにより一層、魔王としての職務を全うした。
新しく生まれ変わった魔王軍は今も勢力を拡大し、かつての先代魔王サタンの時よりも大きくなっていった。
一つ違うのは、人類や他の種族を脅かす脅威では無く、時には悪から他の種族を助け、人類と友好関係を結んでいるという事だ。
彼らの主な活動は貧民町の貧しい人々に定期的に支援を行ったり、悪逆非道の限りを尽くす闇ギルドを軍の兵力を持って壊滅させ、抑止力となることだ。
当初は人類側の不信感が強かったが、活動を続けていくうちに人々からも受け入れられるようになっていった。
魔王軍の新たな四天王として無限の結束を辞めた二人の魔族、ヴェルザードとマルク、そして囚人であった憤怒の災厄のヴェロス、フライの四人が就任した。
そして元・憤怒の災厄のアイリ、サシャ、新生魔王軍の幹部だったトレイギア、ゴブラには新たに幹部職が与えられた。
若い世代を中心に魔王軍は先代を凌ぐ勢いでこれからも大きく発展していく……。
「ご主人様、紅茶が入りました」
ヴェルザードが一人自室に籠って絵を描いている所にリリィが入ってきた。
非凡の時は趣味の絵画に没頭して1日を費やす……魔王の右腕になっても洋館にいた時やオールアプセクトハウスにいた頃からヴェルザードの日常はさほど変わらない。
リリィはヴェルザードが騎士団を辞めた時、共についていくと決め、魔王軍の侍女として働くことになった。
メイド長として高い評価を得ており、そのカリスマ性から他の侍女達に慕われていた。
「悪いな、そこ置いておいてくれ」
ヴェルザードは筆を握ったままテーブルの方を指した。
「ご主人様、何を描いておられるんですか ?」
リリィはテーブルにそっと紅茶を置くと、興味津々にヴェルザードに近寄り、顔を覗き込ませる。
「別に、特に意味はねえよ」
照れ臭そうに吐き捨てるヴェルザード。
スケッチブックには一つの部屋に大勢の人数が集まって楽しそうに談笑している絵が描かれていた。
騎士団にいた頃の仲間達との思い出が鮮明に蘇る。
「あ、懐かしいですね~、皆元気にしてるかな~」
リリィはスケッチブックを凝視しながら思い出に浸っていた。
手紙等で定期的に連絡は取り合ってるが、直接会う機会は確実に減っていた。
「ワカバちゃんも向こうで元気にやってますかね……」
「さあな……少なくともこの厳しい世界で一年以上生きられたんだ、どんな事だろうと乗り越えられるさ」
そう言ったヴェルザードの口元は微かに緩んでいた。
ヴェルザードにとってワカバの存在は大きく、彼の人生に深く影響を及ぼした。
彼女が居なければ、彼は誰とも関わろうともせず、狭い世界に閉じ籠ったままだっただろう。
ワカバはヴェルザードの心の中に今も生きている。
「おいヴェル ! ここにいたか !」
突然マルクが勢い良く扉を開けながら部屋に入ってきた。
「魔王から呼び出しだ! 全員すぐに大広場に集まれってよ !」
「わ……分かった…… ! リリィ、今すぐ行くぞ !」
「は、はい !」
そう言えば今日はリトが魔王就任記念日だった。
ヴェルザードは急いで支度し、大広場へと向かった。
魔王城の広場には大勢の魔族の兵士達が一ヶ所に集められ、談笑しながら待機していた。
先代の頃から仕えている古参兵や最近属した新米兵などが勢揃いし、すし詰め状態で広場を埋め尽くしていた。
集まった兵士達の中には元闇ギルドの幹部や魔術師、悪の科学者、ペルシア親衛隊なども混じっている。
「あ、魔王様だ !」
兵士の一人が上を見上げながら城の屋上を指差す。
屋上にはゾロゾロと名だたる幹部達や四天王がやって来た。
広場中はただならぬ緊張感に包まれ、多くの兵達は平伏し、その場に跪いた。
そして四天王達を整列させて道を作り、一最後に魔王リトが登場した。
禍々しい漆黒のマントを羽織り、手には魔王の証したる魔剣サタンが握られていた。
遠くからでも分かる、圧倒的な魔王としての風格……。
兵士達は否が応にも身が引き締められた。
リトは不敵な笑みを浮かべ、屋上から広場に集合した部下達を見下ろす。
「魔王軍の皆さん、今日はお集まり頂き、大変有難うございます」
リトはマントを翻しながら口を開き、空にも届くような声で広場にいる兵士達全員に語りかけた。
整列していた四天王達もリトの背中を見つめながら黙って聞いていた。
魔王となった今でも敬語は相変わらずだったが、それが却って支配者らしさを際立たせた。
「今日はこの私、イフリートのリトが魔剣サタンに選ばれ、新たなる魔王に君臨した記念すべき日です……あれから早六年……時の流れとは恐ろしいものですね……」
リトは感傷に浸りながら禍々しい大空を見つめた。
「今日はその記念を祝し、宴を開きたいと思います! 盛大に祝いましょう !」
リトの一言に、群衆は一斉に歓喜の声を上げた。
魔王就任記念日は大勢の兵士達を集め、毎年豪勢な宴を開催して士気を高めさせた。
猛々しい男達の叫びが広場中に響き渡る。
「ですが浮かれるのはまだ早いです、皆さん!
私の話を聞いてください」
リトは冷徹な瞳で突き刺すように兵士達を睨み付け、一瞬で騒がしいかった空気を凍らせ、全員を黙らせた。
凍えるような雰囲気に辺りは包み込まれる。
たった一人の一言だけで簡単に場の空気を自在に支配できる……まさに魔王だ。
リトは腹がパンパンに膨らむくらい深呼吸をし、ゆっくりと口を開いた。
今から魔王リトによる演説が始まる。
「……六年前、魔界と人間界との間に起こった大戦は終結し、平和が戻りました……魔王を倒した伝説の勇者も役目を終え、何処かへと姿を消した……ですが完全に全てが平和になったわけではありません ! 未だに小さな争いは絶えず、貧しさに飢え、苦しむ民は大勢いますし闇の勢力は各地で幅を利かせています……」
リトは真面目な表情で静かに演説を続ける。
どの世界にも貧富の差はあり、その溝が埋まることは無い。
それはこの世界も例外では無い。
どれ程手を尽くしても成果は簡単には出ず、現実は残酷だった。
部下達は魔王の言葉をただ黙って聞いていた。
「全てを解決するのは容易ではありません……それこそ神でなければ不可能です……だからこそ、我々魔王軍が人類と手を取り合い、互いに力を合わせ、少しでも多くの人達が救われるよう、戦うしか無いのです ! 我々にはその使命があります ! 世界をより豊かに、平和へ導く使命が !」
腹の底から声を張り上げ、握ったまま拳を振り上げ、力強くリトは叫ぶ。
部下達は魔王の決意と覚悟を改めて感じ、心を動かされた。
涙を流す者もいた。
「我々魔王軍の在り方を、その意味を胸に刻みましょう……理想を目指し、未来を精一杯生きる……皆さん、これからも宜しくお願いします……」
リトは深々と頭を下げた。
静寂に包まれる中、一人がパチパチと拍手する。
一人、もう一人と増えていき、やがて広場全体が割れるような拍手で震えた。
四天王達も笑みを溢しながら両手を叩いていた。
「……それでは皆さん、日頃の疲れを労い、明日への活力とする為、宴を楽しみましょう !」
「「「おおおおおおおおおお !!!」」」
リトは優しく笑みを浮かべながら剣を天に振りかざし、高らかに宣言した。
兵士達は一斉に拳を突き上げ、歓声を響かせた。
今宵、魔界にて大規模な宴が始まる。
魔王軍は永久に不滅だ。
リトが先導者となって皆を引っ張っていく限り……。
思い通りにならないことも多々あるだろう。
だからこそ、皆は精一杯今を生きている。
一人の少女との思い出を胸に抱きながら……。
~Fin~
皆さんこんにちは、作者の烈斗です。
「ランプを片手に異世界へ」、今回の話を持って完結とさせていただきます。
ここまで読んでくださった方々、本当にありがとうございました。
次回作については色々構想を練っていますので、近いうちに投稿できたらなと思っています。
皆さん、一年半もの間、本当にありがとうございました。




