第三百九十七話・六年後の異世界 2
勇者ワカバが消えた六年後の異世界……。
変わったのは無限の結束だけでは無い。
イリス率いる騎士団・堅固な山猫、竜族達で結成された爬虫の騎士団達は魔王軍の侵攻から国民を守り抜いた功績を讃えられ、王国上級騎士団へと昇格した。
異種族であるエルサを差別し、嫌がらせをしていた小物集団、片や自分達の種族の繁栄の為に人間を滅ぼそうとした過激派の竜族達が、数々の戦いを乗り越え、威厳に満ちた貫禄ある戦士へと成長を遂げた。
これからはまだまだ未熟な無限の結束をサポートし、共に国の未来を守る為に戦っていくだろう。
数千年もの間、この世界の行く末を見守り続けている世界最大と言われる精霊の森。
先代の女王ティアが亡くなり、ジンが精霊の王としての力を受け継ぎ、この森を治めることになった。
同じ上級精霊だったサラ、リアも側で彼をサポートしている。
先代を上回る結界を張っている為、彼の目が光っているうちは何者も簡単には侵入させなかった。
その甲斐あってか精霊の森は六年間、未だ大きな争いも起こらず、平和だった。
「リトの奴が魔王になって早六年……どうしてるかな……」
毎日の激務に疲れていたジンは切り株に腰をかけ、ゆっくりと羽を伸ばしていた。
空を見上げ、親友の顔を思い浮かべる。
リトとは手紙で連絡を取り合っていたが、最近は互いに忙しくてやや疎遠になっていた。
「気になるの 精霊王? リトのこと」
からかうようにサラがジンに声をかける。
王となったジンに唯一軽口を叩ける存在だ。
「いや、別に何でもねえよ」
ジンは照れ臭そうにそっぽを向く。
サラはそれが可笑しくてクスクスと笑った。
「ま、あいつも魔王として頑張ってんだ、俺も精霊の王として頑張らねえとな……今は全然王としての威厳も糞もねえが……」
「だってまだ六年しか経ってないじゃん、仕方ないよ、先代だって数千年間も務めたんだから」
自虐的になるジンにサラは励ましの言葉をかけた。
「俺も数千年経てば、王らしくなれっかな……」
「なれると思うよ、自分を信じなさい !」
パァンッ
サラは迷うことなく言い切るとジンの背中を強く叩き、カツを入れた。
「ああ、そうだな」
ジンはヒリヒリと赤く染まった背中を擦りながら優しい笑みで答えた。
まだまだ王として未熟なジンだが、頼もしい仲間達と共にこの森で生きていくこときなるだろう。
六年前、魔王軍の魔の手から一人の少女を守る為に立ち向かった勇気ある魔物がいた。
悪の科学者、グラッケンによって創られた最強の生物・スライだ。
ミーデの召喚した怪物・ベヒーモスのヘビーとの戦いに敗れた彼は地割れの中へと落ち、人知れずフェードアウトしていったが、当然生き延びていた。
魔王軍との戦いが終結した後、地割れの中から這い上がったスライは何処かへと消え去り、誰にも目撃される事は無かった。
かつてスライに助けられた少女・ミクは六年の歳月を経て大人になり、今は辺境の町にある冒険者ギルドの受付嬢として真面目に働いていた。
名だたる冒険者達が集う冒険者ギルドは今日も賑わっており、ミクも多忙ながらも充実した日々を送っていた。
そんなある日、ミクの担当しているカウンターに一人の青い髪をした青年がやって来た。
長身で武骨な格好をし、凍り付くような圧倒的な威圧感に周囲の冒険者達は騒然とした。
「……冒険者登録を……しに来た…… 」
カウンターの前に立った無愛想な青年はたどたどしい言葉でミクに話しかけた。
新しい冒険者希望者だと理解したミクは
真っ白の紙とペンを用意した。
「かしこまりました、冒険者登録ですね、えーっと……こちらに氏名、性別、使用武器等のご記入をお願いします」
紙を受け取った青年は黙々とカウンターの上で必要事項を書き連ねた。
ミクは不自然なくらい青年をじーっと見つめていた。
この青年と初めて会った気がしなかった。
誰がどう見ても異質で恐怖感すら覚えるこの男から何処か懐かしさを感じていた。
「あの……以前何処かでお会いしませんでしたか…… ?」
青年の事がどうしても気になっていたミクは無意識のうちに青年に尋ねてしまい、慌てて口を両手で塞いだ。
「も、申し訳ございません! 忘れて下さい !」
失礼な事を聞いたと思い、必死に頭を下げるミクを青年はボーッとしながら見つめるだけだった。
何はともあれ手続きを済ませ、青年は晴れて駆け出しの冒険者になった。
「ありがとうございます、登録完了致しました、最初はFランクからのスタートとなります、頑張って下さい !」
ミクは青年に新しく作成したギルドカードを渡し、満面の笑みを浮かべた。
青年は真顔で受け取り、その場を去ろうとした。
「……待ってください !」
ミクは意を決し、カウンターを飛び出し、青年を呼び止めた。
青年は思わず立ち止まった。
「貴方ですよね……六年前……私を助けてくれたスライムのお兄ちゃんって……」
気のせいなんかじゃない……。
青年の顔を見ているうちにミクの疑念は確信へと変わっていった。
肌の色こそ人間のものと大差ないが無愛想な性格、たどたどしい言語、そして青い長髪……忘れる訳がない……かつて自分を何度も救ってくれた恩人の面影が残っていた。
六年の中でスライは人間に擬態する能力を習得した。
力だけでは無く、人としての生き方、知識を得るために……。
「…………」
青年……スライは否定も肯定もせず、無言でその場で立ち尽くすだけだった。
「生きていたんですね……スライムのお兄ちゃん……」
ミクは感極まり、目に涙を浮かべた。
魔王軍に拐われそうになったあの日、スライは身を呈して自分を助けてくれた。
だがあの日以降、彼と会うことは無く、半ば諦めかけていた。
こうして再会できるなんて夢にも思っていなかっただろう。
「……思い出した……俺を人にしてくれた……心優しき少女……」
スライは天井を見上げながらポツリと呟いた。
少女との思い出だけは鮮明にスライの脳裏に焼き付いていた。
「スライムのお兄ちゃん……あの時私を……助けて頂いて……有難うございました……」
ミクは涙を流しながら頭を深々と下げ、お礼を言った。
彼女にとって長年の胸の支えが取れた気がした。
「……元気そうで何よりだ……」
スライは僅かに笑みを浮かべ、その言葉だけを残し、背中を向けたままギルドを去っていった。
ミクはスライが見えなくなるまでずっと頭を下げ続けた。
スライとミク……二人に紡がれた奇妙な絆はこれからも途切れる事は無いだろう。
To Be Continued




