第三百九十六話・六年後の異世界
魔王サタンから世界を救った英雄・勇者ワカバは忽然と世界から姿を消し、文字通り伝説となった。
彼女の行方を知る者は誰もいない。
魔王サタンが討伐されてからは大きな争いも無く、平和な日々が続いた。
それから六年の月日が流れ、世界の情勢は大きく変わっていった。
最前線で戦い抜き、七人の魔王を倒した最強の騎士団、魔王無限の結束のメンバーは解散し、それぞれ別々の道を辿ることになった。
「君達! 踏み込みが甘いぞ !」
無限の結束の元団長・エルサは現役から退き、国に仕える教官として若い騎士達の指導を行っていた。
国王にその腕を見込まれ、土下座までしてされた為、渋々彼女は引き受けることになった。
直径180メートル、短径160メートルはある広い稽古場に数百名もの騎士達が集まり、汗を飛び散らせながら剣を振るっていた。
エルサは黄金に耀く立派な甲冑を身に纏い、威風堂々としながら彼らを厳しく鍛えていた。
いずれ彼らはこの国の未来を担う事になるだろう。
一方エルサの妹ルーシーは型にはまる事を嫌い、ミライと二人で武者修行の旅をしていた。
ルーシーは姉からの餞別として、愛馬シュヴァルを譲り受けており、旅の御供として重宝していた。
二人は果てしなく広い世界を旅し、行く先々でトラブルに見舞われてはそれらを見事解決し、旅先で出会った人達から感謝された。
いつしか伝説として語り継がれるようになっていった。
今もなお活躍している無限の結束のメンバーは新リーダーのグレンを始め、コロナ、クロスの三人だけだった。
当時は年齢も幼く、未熟な面も多かった三人組だったが、六年の歳月を経て立派な戦士へと成長した。
「影の手 !」
「業火炎球 !」
「鬼電磁砲 !」
三人は依頼を受け、今日も採石場にて巨大な魔獣相手に勇敢に戦っていた。
強力な技を同時に浴びせ、短時間のうちに討伐して見せた。
全盛期にはまだまだ及ばないながらも日に日に彼らは成長している。
「よっしゃあ! いっちょ上がりだぜ !」
倒れて動かなくなった魔獣の上に乗り、調子よくガッツポーズを決める青年。
彼こそが、18歳になったオーガのグレンだ。
背も伸びて180センチ以上になり、体つきも逞しくなった。
オーガ族の象徴である二本の角も鋭いナイフのように立派に伸びていた。
「これしきの事で自惚れるなグレン」
片目が隠れる程長い髪を靡かせ、魔術師のように怪しいローブを身に纏った青年は有頂天になっているグレンに苦言を呈した。
彼は魔女コロナの使い魔クロス。
六年の時を経て更に美形に磨きがかかり、異性の人気を独占していた。
「んだよ良いじゃねえかちょっとくらい !」
「その油断が命取りになるんだこの単細胞 !」
「んだとぉ ?」
些細な口喧嘩がきっかけで互いの額を擦りつけ、にらみ合うグレンとクロス。
熱血漢と冷静沈着な性格から二人は良く衝突していた。
「まあまあ二人とも落ち着いて !」
杖を抱き締めながら可愛らしい女性が駆け寄り、二人の仲裁に入った。
無限の結束の紅一点にして、四大元素魔法の使い手である魔女のコロナだ。
幼少の頃は影があり気弱な少女だったが様々な苦難を乗り越え、強かに成長し、今ではこの町屈指の最強の魔女と呼ばれるようになっていた。
無論心だけでは無く、肉体も年相応に成長し、胸も大きくなり、二人がドキドキするくらいには色っぽくなった。
「ちっ……この辺にしといてやるよ」
「こちらのセリフだ」
コロナに諌められ、両者は渋々喧嘩を止めた。
この光景は日常茶飯事でコロナは呆れ顔を浮かべていた。
喧嘩する程仲が良いとは良く言ったものだ。
「兎に角、これで依頼達成だな !」
「魔獣の核を回収して、とっとと帰るぞ」
グレン達は任務を終え、魔獣の核を回収しようとした時、三人の声が聞こえてきた。
「ここにいましたの、無限の結束 !」
「お前達は !」
彼らの前に現れた三人の魔族。
レッサーデビルのレヴィ、ミイラ男のライナー、サイクロプスのサイゴ……合わせて悪魔三銃士だ。
六年前から外見にそこまで差異はない。
元々は魔王軍で出世の為に悪事を働いていたが紆余曲折を経て改心し、魔王軍を辞めて一から冒険者になっていた。
「相変わらず化け物染みた強さですわね……危険度最高クラスの魔獣をたった三人で倒すなんて」
「俺らじゃどう足掻いても逃げるしかないっすからね」
「良いチームワークだゾ」
レヴィ達は穏やかな笑みを浮かべながら三人を労った。
彼女らとグレン達の仲は良好でたまに出くわしたらこうして他愛も無い世間話に花を咲かせているのだ。
以前は敵対したりたまに共闘したりしていたが嘘のようだ。
「レヴィちゃん達は今帰りなの ?」
「ええ、伝説の古代生物の化石を持ち帰るって依頼ですわ、無論、手に入りましたわよ !」
レヴィは得意げに鼻を鳴らし、ポケットから小さな塊を取り出した。
「えっと……化石 ?」
「ええ、化石ですわ」
コロナは戸惑いながらレヴィの細い指で摘ままれてる小さなそれをマジマジと眺めた。
「多分古代生物の……乳歯の……化石です……」
「そ、そうなんですか……」
微妙な表情をしながらフォローを入れるライナーにコロナはそれ以上言葉は出なかった。
1日中探し回って見つけたのがほんの小さな乳歯だったなんてあまりにも哀れだった。
「ま、まあ、化石なら何でもいいと書いてありましたし、鑑定士に見てもらえば大丈夫ですわ! このように私達も頑張っていますわよ !」
レヴィは苦し紛れに強引に話を纏め、化石をポケットにしまいながら高笑いをした。
「そっか……お互い大変だよな! ま、これからも頑張って行こうぜ !」
グレンは満面の笑みで拳を握り、腕を空に向かって掲げた。
クタクタに疲れ果てていたレヴィ達だったが、グレンの眩しさに思わず笑みが溢れた。
「ええ、またいつかお会い出来るのを楽しみにしてますわ、ご機嫌よう皆さん、コロナ !」
レヴィ達は手を振り、採石場を去っていった。
気が付けば空は赤く染まり、日が暮れようとしている。
「そろそろ俺達も帰ろうぜ !」
「うん、お母さんの料理が待ってるよ」
お腹の虫を鳴らしながらコロナは笑顔で返事をした。
コロナの母・エクレアはオールアプセクトハウスに残り、薬剤師として薬の開発をしながら娘の活躍を陰ながら見守っていた。
「じゃ、帰るか !」
グレン達は核を回収し終え、採石場を後にした。
このように英雄ワカバを中心に誕生した騎士団・無限の結束は形を変え、今も活躍している。
絆を紡いだ糸は途切れる事は無い。
To Be Continued




