第三百九十四話・さらば異世界
翌日、私達は魔界へ向かった。
次元の穴は何処でも開けられるわけではない。
魔王城の真上には異次元と繋がる為の特異点があった。
その場所に魔王由来の力を注ぎ、空間に穴を開ける。
後は皆の力を借り、次元の穴に魔力を注いで広げさせ、突入しやすくする……という流れだ。
「それにしても~いつ来ても気分の悪い場所だな~」
魔界に来てからミライは愚痴を溢した。
確かにこの場所は私達が普段暮らしていた町よりも不快で常に腐ったような異臭が立ち込めている。
並の人間なら精神が持たず、三日で逃げ出してしまうだろう。
魔族だからこそこの過酷な環境に耐性があるのかも知れない。
「そう言うなよ、俺達なんてこれから毎日ここで過ごすことになるんだから」
ヴェルザードはムッとしながら言った。
「お前は昔薄暗い洋館に住んでたんだろ? 慣れっこじゃねえか」
「何だと ?」
意地悪そうにからかうマルクにヴェルザードは眉間に皺を寄せながらつっかかる。
いつもの光景だ。
「やめんかみっともない」
エルサは呆れた様子で二人を諌めた。これも良く見かける光景だ。
そうこうしているうちに私達は魔王城にたどり着いた。
今はリトがこの城の主となっている。
先の戦闘でかなりボロボロになっていたがリトや兵士達、またはドワーフの作業員達のお陰でより頑丈に修理されていた。
「お帰りなさいませ、魔王様」
城に向かうと、多数の兵士達がワザワザリト達を出迎えに外で待機していた。
彼等はリト達の道を作るように一斉に整列した。
「さて、魔王サタンは城の真上に異界の門を開きました……空を暗黒に覆い尽くす程の巨大な穴を……もし穴が完全に開けば、二度と閉じることは無く、多数の軍勢が穴を通って他の世界を蹂躙したでしょう……」
リトは真剣な表情で天空に指を差しながら語った。
城の上空は分厚く禍々しい紫の巨大な雲に覆われていた。
もしかしたら、私が住んでいた世界も魔王サタンの餌食になっていたかも知れない……そう考えるとゾッとした。
「あっ…… !」
私はふと思い出し、懐からランプを取り出した。
大事な事を忘れる所だった……。
私はランプを空に向かって突き出し、コダイとフレアをこの場に召喚した。
50メートルある巨体が地響きを鳴らしながら勢いよく着地し、
同時にオレンジに耀く髪を靡かせた長身の美女も光を纏いながら君臨した。
「コダイ……フレア……今まで私に力を貸してくれて……ありがとう……貴方達はもう自由だよ……これからは好きなように生きて下さい……お疲れ様でした……」
私はコダイとフレアに感謝の気持ちを込め、深々と頭を下げた。
ランプを媒介に繋がってたリンクは断たれ、私とコダイ、フレアとの契約は正式に解除された。
「ふん、精々元の世界でも平和に暮らせよ、私もようやく薄暗いランプの中での生活から解放されて清々したぞ」
口ではそう言いながらもフレアは何処か寂しそうに見えた。
元々人懐っこかったコダイは上空を見上げながら寂しさを紛らわすように雄叫びを上げた。
フレアとコダイと別れるのは悲しいけど、これで良かったんだ……。
私は空になったランプを見つめた。
「では主……早速ですが異界の門を」
「待ってください !」
私はリトの言葉を遮った。
「……最後に……一人一人に……別れの……挨拶をさせて下さい……」
私はうつ向きながらそう言うと皆の方へと向かい合い、一人ずつ別れの言葉を言うことにした。
リト、ヴェルザード、リリィ、エルサ、マルク、ミライ、コロナ、クロス、ルーシー、グレン、エクレア……。
異世界で出会えた、かけがえのない大切な仲間達……。
彼等が居たから、私は今日まで頑張って生きてこれた。
「ヴェルザード……リリィちゃん……林の中で行き倒れていた私を助けてくれて……ありがとう……あの時貴方達を旅に誘って、ほんとに良かったと思ってます」
私はヴェルザードとリリィの手を固く握りながら言った。
「俺もお前と出会えたから変われた……お前がきっかけで多くの人と繋がれたんだ……感謝してるぜ」
「ワカバちゃん……向こうに行っても……私の事忘れないで下さいね……」
ヴェルザードは照れ臭そうに頭を掻き、リリィはハンカチで涙を拭い、嗚咽を漏らした。
「マルクさん……最初は怖い人だなって思ってましたけど……本当はとても優しいお兄ちゃんみたいな人でしたね…… 伝説の鎧に選ばれたって知って、凄いと思いました……」
私はマルクと向き合い、別れの言葉を送った。
「勇者に誉められるとなんか照れるぜ」
マルクはやや顔を赤く染めながら恥ずかしそうに目をそらした。
「ミライちゃん……ミライちゃんの歌、とても美しくて……感動しました……もう聴けないのが残念です……」
「ワカバちゃん~……」
ミライは涙を浮かべながら純白に耀く翼を広げ、包み込むように私を抱擁した。
彼女の翼はお日様の光をいっぱい浴びた布団のように暖かった。
「グレン、コロナ、クロス……」
私はミライへの別れの挨拶を済ませると三人組の方へ向かい合った。
「私が言うのもなんだけど……三人とも、最初に比べて随分と逞しくなったと思うよ……」
私はしゃがんで三人と同じ目線になりながら言った。
「そうだろ、俺達はこれからも進化するぜ !」
「これからの無限の結束を引っ張るのは僕らだからな」
グレンとクロスは堂々と胸を張りながら言い放った。
対してコロナはうつ向き、モジモジしていた。
「ワカバお姉ちゃん……」
コロナは小声で呟くと、私に抱きついた。
直前まで耐えていたようだが、決壊したように大粒の涙を流した。
「う……ワカバお姉ちゃん……寂しいよぉ……」
コロナの涙に釣られて、リリィやミライ達も次々にもらい泣きした。
「コロナちゃんも色々大変な事ばっかりだったけど、それを乗り越えて強くなれた……それに今は仲間達がいてくれる……これからも頑張ってね」
「……うん…… !」
私はコロナの小さな頭を優しく撫でながら彼女にエールを送った。
コロナは黒い袖で涙を拭い、目を赤く腫らしながら精一杯の笑顔を作った。
「……ワカバさん……娘の事をいつも想ってくれて、本当にありがとうございます……」
エクレアは儚げな笑みを浮かべながら私の手を取った。
「貴女がコロナを外の世界に連れ出してくれたお陰で今のあの娘があるの……感謝してもしきれないわ……」
「エクレアさん……」
エクレアは目に溜まった涙を指でそっと拭うと、懐から炎の紋章が描かれた小さな袋のようなものを取り出した。
「魔法で幸運度が高められた御守りよ……どんな災厄からも貴女を守ってくれるわ……餞別として貴女に受け取って欲しいの……」
エクレアはそう言いながら私に瓶を渡した。
「ありがとうございます、エクレアさん !」
私は笑顔を浮かべ、快く受け取り、懐の中にしまいこんだ。
肌身離さず持っていようと心に決めた。
「ルーシーさん、エルサさん……」
いよいよ最後はこの姉妹だ。
当初は敵対していて険悪だった二人だったが、今では見違えるくらいの仲の良い理想の姉妹に見えた。
「ワカバちゃん、僕が魔王軍幹部やってた間、ずっとお姉ちゃんを独り占めしてたみたいだけど、これからは僕がお姉ちゃんを独り占めするんだからね !」
ルーシーはエルサの腕を絡めながら張り合うように強く言い放った。
「だから君はさっさと姉離れして、強く生きなさいよ」
ルーシーの声が僅かに震えているのが分かった。
「ありがとう、ルーシー」
私はルーシーに微笑みかけると、エルサと向かい合った。
「エルサさん、今まで私に剣を教えてくれて、ありがとうございました !」
私は深く頭を下げ、今までの感謝の想いをエルサにぶつけた。
「こちらこそ……弟子でもあり、妹でもあり、友達でもある君と過ごせて楽しかった……素晴らしい思い出をありがとう」
エルサは穏やかな表情を浮かべ、私の頭を優しく撫でた。
「あ、そうです !」
私はふと思い出し、腰にぶら下げた二本の剣をエルサに差し出した。
一本はジャバウオックの牙で造られた黒き 剣「怪竜爆剣」、もう一本は勇者ジャスミンから受け継いだ伝説の剣だ。
「エルサさん、どうかこの二本の剣、預かって頂けませんか? 」
「良いのか……大切な剣なのだろう ?」
私の申し出にエルサは困惑していた。
特に「怪竜爆剣」は以前エルサと一緒に鍛冶屋に行った時に手に入れた思い出の品だった。
「私にはもう必要無いですし、向こうの世界では銃刀法違反になりますから」
私は苦笑しながらエルサを見つめた。
長い間使い続けた剣を手放すこと……それは私にとってケジメでもあった。
騎士や勇者としての生活を辞め、ありふれたごく普通の女子高生としての生活に戻る為に……。
「それに……私がこの世界を去った後も、思い出して欲しいですから……」
「そうか……分かった……有り難く受け取っておこう……大切に保管するからな……」
エルサは二本の剣を大事に抱えながら私を見つめ、微笑みかけた。
これで、リト以外の仲間達への別れの挨拶は済んだ。
後は旅立つだけだ。
「主……もう思い残す事は無いですか」
「……はい」
リトの問いかけに私はゆっくりと噛み締めるように頷く。
「では、行きますよ……」
リトは天空に指を差すと指先を赤く発光させ、熱線を放った。
閃光が走ったかと思えば、放たれた熱線は遥か上空を目指しながら分厚い雲を蹴散らし、空間を突き破るように向かっていった。
私は空を見上げると、リトの放った熱線で空に小さな穴が開き、隙間から禍々しく歪んでいる異空間が見えた。
「今です! 皆さんの力、お貸しください !」
リトは振り向き様、全員に指示を出した。
エルサ達は一斉に小さな異空間の穴が開かれた空に向かって手を翳し、魔力を送り込んだ。
十人から放たれる色鮮やかなエネルギーの波動が虹色のように混じり合い、蒸気のように天へと昇っていく。
かつては魔王サタンによって無理矢理魔力を吸いとられていたが、今回は違う。
私を元の世界に送り届ける為の皆からの餞別だ。
やがて小さな穴はどんどん広がり、半径50メートルまで肥大化した。
「あまり送りすぎると二度と閉じなくなりますからこの辺で切り上げて下さい」
頃合いを見て、リトは全員に二度目の指示を出し、魔力の放出をやめさせた。
エルサ達は疲れ果て、肩で呼吸する程に消耗していた。
「皆……ありがとう……」
異界への門は制限時間が設けられている。
この門を潜れば、いよいよ私はこの世界から去らなければならない。
お別れの時が迫ってくる……。
「皆さん……今まで……お世話になりました……元の世界に帰っても……皆さんの事は……絶対に忘れません…… !」
私は大粒の涙を流しながら最後の別れの言葉を全員に送った。
感極まったのか、皆はそれぞれ堪え切れなくなり、その場で泣き崩れた。
滅多に泣かないヴェルザードやマルクも涙が頬を伝っていた。
「では主……参りましょう……」
「はい……リト……」
リトは私を抱き寄せると風船のように宙に浮き、異界の門に向かって一直線に飛び込んだ。
「皆ー! さようならー !」
穴の中に体が完全に入ってしまう直前、私は声を張り上げながら別れの言葉を叫んだ。
皆は涙を流しながら私の姿が見えなくなるまでいつまでも空を見上げていた。
この日、私は愛すべき異世界から姿を消した。
私が何処へ帰るのか……それは限られた人達にしか分からなかった。
To Be Continued
 




