第三百九十三話・悩んだ末の告白
魔王サタンが討伐されてから約1ヶ月が経過した。
都市の復興も一段落つき、完全に元通りとまではいかないが、魔王軍に壊された町も綺麗になりつつあった。
魔界の方も新魔王のリト達の尽力もあり、軍の再興は順調に進み、勢力を拡大していた。
行くあての無いゴロツキの集まりや名を上げる為に上京してきた若者達が多数志願した結果、数千名もの魔族がリトの下に集った。
今日はエルサの計らいで全員休暇を貰っていた。
私は意を決し、無限の結束のメンバーをオールアプセクトハウスに集めた。
騎士団を引退し、魔界に滞在していたヴェルザード、マルクも呼び出しに応じてくれた。
当然リトもいる。
「話ってなんだ、ワカバ」
「何か悩み事ですか? このリリィ、いつでも相談に乗りますよ !」
リリィは心配そうにしながら私に詰め寄った。
「だ、大丈夫だから……そんな深刻な問題でも無いから……」
私は苦笑いをしながら取り乱すリリィを宥めた。
重大発表ではあるが……。
私はゴホンと咳払いして気を取り直す。
周りの視線が一斉に私に集まってくるのが
伝わった。
いよいよ皆に打ち明けなければならない。
「今日はその……大事な話があって……皆に集まってもらったんですけど……」
たどたどしく言葉を詰まらせながら私は話を続けた。
緊張で汗が滝のように流れ、声が震えていた。
「皆さんは……私がこことは違う、別の世界からやって来たってことは知ってますよね…… ?」
「ま、まあな……洋館に居た時お前話してたもんな」
私の問いかけにヴェルザードが答える。
人伝で無限の結束の皆は既に把握していた。
特に隠す必要も無く、気を許した仲間になら教えても大丈夫と思ったし、実際皆は異私が異世界からやって来た事を知っても何の隔ても無く受け入れてくれた。
「この世界に来てから、私は漠然としながらも今日まで生きてきました……色んな事が起こりました……辛い事もあったけど、リトにヴェルザード、リリィ、エルサ、マルク、ミライ、コロナちゃん……沢山の仲間に恵まれました……」
話しているうちに、目頭が熱くなっているのを感じた。
「向こうの世界じゃ想像も出来ないような体験ばかりで本当に楽しかったです……だけど……やっぱり私は……この世界の人間じゃない……家族だって心配してる……いつか帰らなきゃって、心の何処かで思ってました……」
「そんな事ない…… !」
私の話を遮るようにコロナが立ち上がった。
「ワカバお姉ちゃんは……ここに居ていいんだよ……誰もワカバお姉ちゃんを追い出したりしないよ……だから……そんな悲しい事言わないで…… !」
「コロナちゃん……」
コロナは目に涙を浮かべながら私の目を真っ直ぐ見つめ、訴えていた。
「ありがとう……コロナちゃん……だけど、これは仕方の無い事なんだよ……」
私は彼女の温かい言葉に泣きそうになるのを堪え、息を飲み込み、話を続けた。
「今までは帰る方法が見つからなかったけど……ようやく見つかったんです……それは……」
私は、魔王サタンの魔力を受け継いだリトの力があれば、空間に異次元へと繋がる穴を開けられる事を説明した。
「でも……一人だけでその……異次元の中に入って、元の世界に帰れるんですか…… ?」
リリィは懐疑的な様子で首を捻った。
「その点なら心配ありません、この私が主を元の世界まで案内します、二回程ゲートを潜っていますので、ルートは把握しております」
リトは紳士的な手振りをしながら私の傍に寄り添った。
「そ、それなら良いんですが……」
「ワカバ……本当に帰るつもりなのか…… ?」
ヴェルザードは複雑な表情を浮かべながら私に問いかけた。
私を真っ直ぐ見つめる瞳は、ちがうと答えてくれと言わんばかりに震えていた。
「魔王サタンを倒してから約1ヶ月間……ずっと考えてました……ここに残って騎士として生活を送るのか、元の世界に帰るべきか……悩み悩んだ末、私は元の世界に帰ることに決めました……」
私は精一杯吐き出すように告げた。
その瞬間、皆は石化したかのように固まり、重苦しい沈黙に包まれた。
「分かった……ワカバが自分で出した答えだ……私は何も言わない……」
エルサは沈黙を破って立ち上がり、低いトーンで話ながら私に近付いた。
「ごめんなさい……私……皆に内緒で勝手に決めてしまって……」
私は申し訳なさで一杯になりながらうつ向いた。
こういう空気になるのは予期出来ていたはずなのに……。
「辛かっただろうワカバ……どちらを選べば良いのか……相当悩んだはずだ……」
エルサは私を強く抱き締めた。
その目には微かに涙が浮かんでいた。
「エルサさん……」
「だが自分を責めるなよ……君は数多くの悪と戦い、魔王サタンに勝利した勇者でもあるんだ、もっとワガママになっても良いんだよ……」
エルサは慈悲深く、女神のように優しい口調で囁いた。
彼女は私に剣を教えてくれた師匠でもあり、友達でもあり、お姉ちゃんでもあった。
彼女から受けた恩は計り知れない。
「はい……ありがとうございます」
私は止めどなく頬に流れる涙を拭った。
「もしかしたらもう二度と会えなくなるかもしれない……本当は私もワカバと離れたくないのが本音だ……だがこればかりはどうしようもない……せめて私達の事を忘れないでいてくれ」
エルサは唇を噛み締めながら握手を求めた。
他の皆も気持ちは一緒で目に涙を溜めながら頷いていた。
「絶対に忘れません……! おばあちゃんになっても !」
私はすすり泣きをしながらエルサの手を強く握り返した。
「そうだ! 今日は皆休みですし、折角ですから今夜、ワカバちゃんの送別会を開きましょう !」
突然コロナの母エクレアが両手をパンと叩きながら提案をして来た。
「後騎士団を抜けるリト君やヴェルザード君、マルク君の送別会も一緒にやりましょ
う」
「おお、良いですねエクレアさん !」
目を輝かせながらエクレアの提案に賛同し、首を激しく縦に振るエルサ。
他の皆も寂しさの余韻をかき消すように盛り上がる。
祝勝会とかパーティーとかはこれまで何度もやって来たけど、今日で最後になると思うと、寂しさが込み上げてきた。
「主」
「リト ?」
皆が送別会の事で騒いでいる中、リトは私の傍で話しかけてきた。
「本当に素晴らしい仲間達に恵まれましたね」
「そうですね」
私は仲間達の優しさと温もりを感じ、笑顔を浮かべた。
その夜、私達はオールアプセクトハウスにて送別会を開き、夜が明けるまで騒ぎ続けた。
私がこの世界を去る日はそう遠くない。
To Be Continued




