第三百九十二話・究極の二択
魔王サタンが討伐されてから数週間が経過した。
あれから私を含め、皆は多忙な日々を送っていた。
私達は他の騎士団の皆と協力し、魔王軍に蹂躙されて被害を受けた街の復興に尽力した。
リト、ヴェルザード、マルクの三人が中心となり、新たな魔王軍を結成した。
エルサが必死に国王に説得した甲斐あって、元々いた魔王軍の兵士達はお咎め無しとなり、囚人達も魔王軍相手に奮戦した功績からリトによる監視を条件に晴れて出所を許された。
魔界で魔王城の復興やら新しい部下を募集したり、彼等は彼等で大忙しだった。
リトは魔王の力を経たことで膨大な魔力によって本来の肉体を取り戻した。
実体化出来る時間が実質無限になり、殆どランプの中に留まる必要すら無くなっていた。
単独で魔界に行けるのもそれが理由だ。
ここ数週間、リトと離れて過ごすことが多くなった。
リトが契約に縛られることなく晴れて自由の身になれたことは喜ばしかったが、同時に寂しさも感じた。
私は王都ガメロットの復興作業の途中で
休憩時間をもらい、ベンチに腰を下ろして黄昏ていた。
……私は魔界で異界の門を目の当たりにしてからというもの、ふと思い詰めてしまう……。
私は以前、ミーデによって異界の門に吸い込まれてこの世界にやって来た。
いくつもの世界との境界線を繋ぐ穴……。
もしかしたら、魔界で発生したあの穴にもう一度入れば元の世界に帰れるんじゃないか……。
帰りたくないわけじゃなかった……。
だけど元の世界に帰る手段なんて皆無だと思い込み、半ば諦観し、今日までこの世界で過ごしてきた。
けれど魔界で起こった現象を目の当たりにし、僅かに希望が見えてきた。
最近は特にお母さんや友達の顔、懐かしい光景が脳裏に浮かんでくる……。
だけどもし……本当に帰れるのだとしたら、リトや皆と二度と会えなくなるかもしれない……。
そう思うと素直に喜べないし、仲間にも打ち明けられなかった。
「はぁ……」
考えれば考える程息が詰まり、ため息が零れる。
私はどちらを選べば良いのか……このまま異世界で勇者として暮らすか……皆と別れて元の世界に帰還するか……。
未だに決められずにいた。
「主、浮かない顔してますね」
突然背後からリトの声が聞こえ、私はビクッとなって振り向いた。
間違いなく魔界にいるはずのリトの姿がそこにはあった。
「リト!? どうしてここにいるんですか…… !?」
「主にお会いしたくて抜け出して来ました、ヴェルザードさんとマルクさんが代わりに上手くやってくれてますからご心配なく」
リトは悪びれる様子もなく爽やかな笑みを浮かべた。
私は呆れて苦笑いをするしかなった。
「あはは……仕事の方は順調ですか ?」
「ええ、まあ行き場の無い元魔王軍の兵士達を纏め上げるのは決して簡単ではありませんが、彼等も心を入れ換え、人類に友好的な組織に生まれ変われると思いますよ」
「頼もしいですね」
いつでも自信に満ち溢れ、迷うことを知らないリトに私は尊敬の念を抱いた。
「所で主、気付いてないと思ってるのですか? 主が悩んでいることに……このリト、主の僅かな変化すら見逃しませんよ」
リトは眉を潜め、心配そうに私に詰め寄った。
長い付き合いだし、リトにはとっくに見抜かれていたようだ。
私がここ最近悩んでいる事を……。
「リト……」
「主は魔王サタンが倒された時も、皆と祝勝会をしていた時もずーっと上の空でしたからね……やはり異界の門の事ですか ?」
これ以上隠す事は無理だ。
リトにだけは全てを打ち明けよう。
「成る程……元いた世界に帰るか、この世界で一生を過ごすか……それで悩んでいたんですね」
「はい……ほんと今更なんですけど……お母さんや友達もきっと心配してると思います……だけど皆とは別れたくありません……」
闇ギルドやら魔王やら、今まで色んな事が短期間のうちに起こりすぎて現実の事まで考える余裕は無く、いつの間にか忘れてしまっていた……。
だけど一段落ついたから元の世界ことを考えられるようになったのかも知れない。
「確かに、魔王サタンと同等のを得た私なら空間に穴を開けることは出来ます……一定時間ですが……仲間達の魔力をお借りすれば、更に穴を広げることも可能です」
リトは空に手を翳しながら説明した。
やっぱり元の世界に帰れる可能性はあるんだ……。
「しかし……非常に難しい問題ですね……究極の選択じゃないですか」
「はい……」
リトは私の隣に座り、腕を組ながら一緒に考えてくれた。
いつもランプの中にいるリトに話しかけていたけど、今は目の前にいて、面と向かって会話をしている……何だか不思議な気分になった。
「あの……リトは……私に……この世界にいてほしい……ですか ?」
私はたどたどしくしながらリトに尋ねた。
恥ずかしさから顔が湯気が出るほど赤く染まった。
「勿論ですよ! 私は主を心から愛しています! もう24時間永遠にずっと貴女と離れたくありません !」
リトは顔を真っ赤に染め、鼻息を荒くし、興奮した様子で私の手を握り、熱く語った。
「おっと、すみません」
途中で我に返り、リトは申し訳なさそうに手を離した。
「しかし……最終的に決めるのは主です、私は主の意志を尊重します」
「リト……」
リトの目は私の顔を真っ直ぐ見つめていた。
「私は……その……」
言葉に詰まる……やっぱりすぐには決められない……。
「まあ急いで決める必要もありませんし、ゆっくり考えましょう、今は目の前の仕事をこなすだけです、お互い頑張りましょうね」
リトは私の頭を優しく撫でた。
まるで父親のようにその手は大きく、温かかった。
「それでは私は仕事に戻ります、また後でお会いしましょう !」
リトはそう言うと宙を浮き、鳥のように慌ただしく空へ飛び去っていった。
私を励ます為だけにわざわざ遠い魔界からここまで会いに来てくれた……本当にリトは……。
私はクスッと笑みが零れた。
「さ、休憩も終わったことだし、仕事に戻ります、専念しますか !」
私は気を引き締め、勢い良く立ち上がると作業場へ向かった。
これからどうするか……復興作業を手伝いながら、納得がいくまでじっくりと考えよう、そう心に決めた。
To Be Continued




