第三百九十一話・新魔王リト、誕生
「私が魔王になります !」
突然リトはとんでもない事を言い出し、周囲を騒然とさせた。
間近で聞いていた私も思わず目を丸くした。
「リト、君は何を言ってるんだ ?」
「長い間粒子状態で漂い過ぎておかしくなったのか ?」
仲間達からも心配の声が上がる。
だがリトは気にも留めずに話を続けた。
「まあ皆さん落ち着いてください、主、巨人が崩壊した場所まで案内してください」
「は……はい」
私は言われるがまま、困惑する周囲を放って、巨大化したサタンが崩壊した地点まで足を運んだ。
城からそう遠くは無かった為、数分でたどり着いた。
その場所には巨人の黒い肉片が瓦礫の山のように積み上げられており、無数の蝿が飛び交い、鼻のネジ曲がる程の異臭を放っていた。
「主、あれを見てください」
リトに言われ、目を凝らして見てみると肉片の山の中に一本の剣が突き刺さっていた。
おぞましい闇のオーラを放っており、明らかに普通の剣には見えなかった。
「実体化」
ランプの中から勝手にリトが飛び出し、姿を現した。
肉片の山に私を近付けさせないように気を遣ってくれたようだ。
そしてリトは肉片の山に近付き、剣を回収した。
漆黒の装飾が施され、柄には赤く輝く禍々しい宝玉が埋め込まれた暗黒の剣……サタンが愛用していた魔剣サタンだ。
巨人の肉体が崩壊した際、魔剣だけが無傷の状態で放置されていたみたいだ。
「担い手に絶大的なパワーを与えるが、その代償に命を削ると言われる、
まさに呪われし魔剣……サタン程の魔力の持ち主で無い限り、誰にも使いこなすことは出来ません……」
リトは剣を握り締めながら噛み締めるように語った。
以前ミーデも魔剣サタンを使っていたが、一介の悪魔程度では制御仕切れず、膨大な力に飲み込まれ、暴走したこともあった。
「しかし……闇の力に耐性を持ち尚且つ極限まで強化された今の私ならば、この剣の次なる担い手になれるはずです」
リトはそう言うと魔剣にサタンで自らの指に傷を付け、傷口から滴る液体を剣に吸わせた。
その瞬間、リトの中に邪悪な禍々しい障気が濁流のように流れ、出口を求めて体内で電流のように暴れ狂った。
「くっ……うおおおおおおおお !!!」
剣を握り締めた状態でのたうち回るリト。
全身に赤黒いスパークが走り、苦しそうに絶叫する。
やはりリトでは制御出来ないのか……採掘場での竜族と戦った時の悪夢が脳裏に過る。
このままではリトはまた暴走してしまう……。
「リト !」
「あ、終わりました」
私は居ても立ってもいられず飛び出したが、リトは先程までの苦しみが嘘のようにすぐに落ち着きを取り戻した。
全身汗ぐっしょりだったが平気そうだった。
どうやら魔剣サタンの肉体を破壊しかねない溢れんばかりの膨大な魔力を全て飲み込み、完全に制御したようだ。
私は拍子抜けし、思わずへたり込んだ。
なんて人騒がせな……心臓がいくつあっても足りないよ……。
「もう……驚かさないで下さいよ……」
「ハッハッハ、でもこれで私は魔剣サタンに認められ、新たな魔王になりました」
「え、もうですか ?」
魔剣を誇らしく天に掲げるリト。
あっさり成功したせいで私はいまいち現実味が湧かずにいた。
だが、リトから感じる魔力の質は恐ろしい程にサタンのものと酷似、いやそれ以上だった。
「さあ主、広場へ戻りますよ」
「は……はい」
リトはそう言うと魔剣を握り締めたままランプの中へと吸い込まれるように戻っていった。
私は暫くの間、ボーッとしながらランプを見つめていた。
「ええ皆さん、私ことイフリートのリトは、魔王サタンの後を継ぎ、新たな魔王になりました、今後とも宜しくお願いします」
魔剣を回収し、広場へと戻った私とリトは、この場にいる全員にそう告げた。
リトは証拠として再び実体化すると魔剣サタンを皆の前に晒し、自由に振り回して見せた。
当然周囲は困惑し、ざわめき出した。
「本物の魔剣……サタン……」
「確かに……サタンと同じ魔力を感じる……」
皆はすぐには信じることが出来なかったが、長年サタンと共にいたルシファーの一言で納得せざるを得なかった。
「だけど、何でお前が魔王になるんだよ」
ヴェルザード達は当然の疑問をリトに投げ掛けた。
リトが何故突然魔王になろうとしているのか、私ですら彼の本心が分からなかったし教えてもくれなかった。
「……私は以前、サタン率いる魔王軍に捕らわれ、彼に無理矢理闇のエネルギーを注がれ、おぞましい闇の魔人にされてしまいました……自我を失い、何度も暴走し仲間を危険に晒したこともありました……しかし、紆余曲折を経て私はサタンクラスの闇の力を完全制御出来るようになったのです……今サタンの後を継げるのは闇を克服し、魔剣に認められた私しかいないでしょう」
リトは魔剣を見つめながら静かに語った。
「成る程……現状では君が一番魔王の適性があることだな……では何故君が大嫌いなサタンの後を継ごうと考えたのか教えてくれ」
エルサは真剣な表情でリトを見つめ、問いかける。
リトは深呼吸をし、再び口を開いた。
「……魔王軍は壊滅し、大勢の兵士達は例外なく捕まり、処罰されるでしょう……それはあまりにも勿体無いです……しかし私が新たな魔王となり、全く新しい正義の魔王軍を創り上げれば、皆さんを守ることが出来ます !」
リトは両手を広げながら大々的に語った。
トレイギアもゴブラ、ペルシアは信じられないような表情を浮かべていた。
「アンタは……戦の敗者である俺達を許し、受け入れてくれるってのか…… ? 」
トレイギアは声を震わせながら恐る恐るリトに尋ねる。
「ええ、私に忠誠を誓い、人間達と魔族達の平和の為に働くというのならね」
リトはにこやかに微笑みながら答えた。
死罪すら覚悟していたトレイギア達は感激に震え、涙を流しながら頭を下げた。
「成る程……考えたな……」
魔王軍兵士達の処遇について悩んでいたエルサはリトの思いがけない提案に舌を巻いた。
完全に魔王軍を滅ぼすのでは無く、リトが先導者となって軍を再興させ、長年争っていた人類と魔王軍の因縁を終わらせる……
これ以上無いアイディアだった。
「お前が創る新しい魔王軍……面白いじゃねえか」
ヴェルザードはニヤリと笑みを浮かべ、勢い良く立ち上がるとリトの隣に並び立った。
「ヴェルザードさん……」
「人類にとって悪の象徴だった魔王軍が生まれ変わり、人間と多種族を結ぶ新たな架け橋になるんだろ? 最高じゃねえか」
ヴェルザードは口角をつり上げ、満面の笑みを浮かべた。
「だがリト一人に背負わせるわけにはいかねえ、勝手ながら俺もお前のサポートをさせてもらうぜ、魔王の側近としてな」
ヴェルザードはそう言いながらリトの肩に腕を絡めた。
リトは満更でも無い表情をしていた。
「ちょっと待て、お前らだけに良い格好させねえぞ !」
ヴェルザードに続いてマルクも名乗りを上げ、リトの左隣に並び立った。
「やっぱ英雄メイツに選ばれたり、レヴィアタンを倒したこの俺様も魔王軍の柱に相応しいだろうが」
マルクも負けじと威勢良く声を張り上げながらリトの隣に立った。
イフリート、吸血鬼、半魚人の三人を中心に新たな魔王軍が生まれようとしていた。
「全く君達は勝手なんだから……では魔王軍に入るということは、無限の結束を辞めるということになるが、良いんだな ?」
エルサは真面目な雰囲気でリト達に問いかける。
ヴェルザード、マルクは申し訳なさそうにしながらも迷いは無いようだった。
「悪いなエルサ……」
「騎士団を辞めることになっちまって……」
「気にするな、君達の意志を尊重するよ」
エルサはどこか寂しそうにしながらも笑顔でヴェルザードとマルクの背中を押した。
「では皆さん、この決定に異存はありませんか ?」
リトは改めてこの場にいる全員に問いかけた。
大勢の兵士達は暫く沈黙した後、リトの顔を真っ直ぐ見つめ、迷いなく一斉に膝まづいた。
「我ら一同、貴方様を新たなる王と認め、忠誠を誓います !」
それが彼等の答えだった。
リトは満足そうに頷くと今度はトレイギアとゴブラ、ペルシア親衛隊達に視線を向けた。
「貴方達はどうしますか ?」
「我らの罪が許されると言うのなら……この命、貴方に捧げます !」
トレイギア、ゴブラ、ペルシア他名のある幹部達もリトの前に膝まづき、頭を地面に擦り付けた。
「まさかあいつが魔王になるなんてな……」
「俺達が現役の頃は想像もしてなかったぜ」
フライとヴェロスは互いの顔を見合わせ、苦笑いをしながら呟いた。
「貴方達、他人事ではありませんよ、元・憤怒の災厄………貴方達も魔王軍に入ってもらいます」
「え ?」
不意にリトに告げられ、ヴェロス達は驚きを隠せなかった。
「貴方達だけではありません、留守番をしている憎悪の角、不死鳥の涙、科学者グラッケン……彼等にも魔王軍に入って働いてもらいますよ」
「おいおい、何を勝手に……」
当の本人達だけでなく、ヴェルザード達も困惑していた。
「どうせ貴方達は人間共にこき使われ、用が済んだら監獄へ逆戻りなんでしょう ? ならば私の所に来なさい、多少の自由は保証して差し上げますよ」
リトの提案にヴェロス達は思わず唾をゴクンと飲んだ。
リトの傘下に加わるのは癪だが、それでも囚人生活よりは遥かに待遇は良い。
「良いですよね、エルサ」
「ああ……国王には私から伝えておく……囚人達も君の監視下にあった方が下手な真似は出来ないだろうし、彼等も魔王軍との戦いに貢献してくれた……これは褒美と言っても良いだろう……」
エルサはリトの提案に賛成の様子だった。
ヴェロス達は若干腑に落ちないながらも従うことにした。
この日、リトは魔王となり、人を無闇に傷付けず、平和の為に悪と戦う正義の魔王軍が誕生した。
その一方で、私の心境にある変化が訪れていた。
To Be Continued




