第三百九十話・エンドマーク
「ハッハッハ! 油断したな愚か者どもめ !」
突如として私を影で拘束し、引き摺り込んだ者の正体……それは巨大化が解けて、全身が焼け焦げ、ボロボロになったサタンだった。
サタンは狂気的に高笑いしながら私を捕らえ、人質に取った。
消耗しているにも関わらず、物凄い筋力によって私は羽交い締めにされ、簡単に逃れられなかった。
「サタン! 往生際が悪いですよ !」
リトを始め、皆は怒りを燃やしながら戦闘体勢に入った。
だが既に皆の身体は限界なのと私が人質になっているせいで下手に手出しが出来なかった。
「この女は道連れだ! 今回は貴様らの勝利ということにしておいてやる……だが我は諦めたわけでは無い! いつかまた力を蓄え、必ずや貴様らに復讐してやるぞ !」
サタンは力強く大地を蹴ると私を羽交い締めにしたまま、残された力で飛び立ち、異界の門へと向かっていった。
彼の目的は異界の門を潜ってこの世界を去り、別の世界へ逃走することだった。
「まずい……このままじゃワカバが連れ去られるぞ !」
「見下げ果てたな……サタン…… !」
ルシファーはかつて肩を並べた同胞のみっともない悪足掻きに心底幻滅していた。
エルサ達は逃走するサタンを追うだけの力は残されていなかった。
誰もが悔しさに拳を震わせる中、リトだけは真っ先に私を助ける為に空へと飛び立った。
「イフリート…… !」
「サタン、逃がしませんよ !」
空中にて、激しい鬼ごっこが始まった。
互いに消耗した状態で大空を飛び回る。
サタンは私を抱えた状態で更に加速し、次元の穴へと一直線に向かっていく。
リンクが切れてから更に時間が経過したのか、次元の穴は先程よりも一回り小さくなっていた。
「は……離して…… !」
「貴様だけは絶対に離さんぞ……我が后となるのだからな…… !」
加速する中、サタンの腕の中で私は必死にもがくが、サタンは力を緩めることは無かった。
そしていよいよ次元の穴のすぐ近くまで来てしまった。
この穴に入ってしまえば、もう皆と二度と会えない……永遠にこの悪魔と一緒に過ごすことになる……私はゾッと背筋を凍らせ、顔面蒼白になった。
「さらばだ……イフリート! 我が計画を阻んだ愚民共よ !」
サタンは地上にいる皆を見下ろしながら捨て台詞を吐き、穴へと突入しようとした、次の瞬間……。
バヒュッ
ほんの一瞬、閃光が走った。
気が付くとサタンの額が焼け焦げ、真ん中に風穴が開いていた。
リトの指先から放たれた熱線が運良くサタンの脳天を撃ち抜いた。
「え…… ?」
サタンは何が起こったか理解出来ず、焦点の合わない瞳で呆然としながら空を見つめる。
腕の力が抜け、スルスルと私は彼の腕をすり抜け、地上へと落ちていった。
「きゃああああ !」
「主ぃぃぃぃぃぃ !!!」
リトは空気を切り裂きながら加速し、落ちていく私に向かって手を伸ばし、間一髪の所で抱き締めた。
「リト……」
「ご無事ですか、主……」
リトの顔を見て私は心の底から安堵の表情を浮かべた。
二人は穴から距離を離れると空中で静止し、上空に浮かぶ異界の穴を見上げ、サタンの最期を見届けた。
「我の夢が……ここで……終わるのか……」
脳天を貫かれてなお、無意識のうちに届かぬ空へと手を伸ばすサタン。
彼の身体から粒子が溢れ、肉体は崩壊しかけていた。
やがて穴から発生する凄まじい引力によって吸い込まれ、サタンは最後の断末魔を上げながら異界の門へと消えていった。
「サタン……さよならです……」
憤怒の魔王、サタンの野望は潰えた。
今度こそ魔王軍との戦いは完全に終結された。
「はぁ……はぁ……しかし……本当に長かったな……」
長かった戦いも終わり、私達は暫くの間、城の大広場で座り込み、身体を休めていた。
全員は限界ギリギリまで魔力を使い果たし、もはや動くことも出来なかった。
「皆さーん、スープを作りましたー、良かったら飲んでくださーい」
いつの間にリリィは銀色の巨大な寸胴の鍋を用意していた。
鍋の中には彼女が作った特製スープがたっぷりと入っていた。
スープを作ったのはリリィだけでなく、ペルシアも手伝っていた。
孤立している所をリリィに声をかけられ、流されるままに手伝うことになった。
「お、気が利くじゃねえか」
「丁度腹ペコだったんだよ~」
スープの匂いに釣られ、瞬く間に長蛇の列が出来た。
私達だけでなく、囚人達や生き残った他の魔王軍の兵士達まで集まった。
「あの……リリィ……さん……」
「どうしたんですか、ペルシアさん」
皆にスープを配りながら、ペルシアはモジモジした様子でリリィに話しかけた。
「今まで……貴女達に酷いことをしてきました……許されるとは思ってません……だけど……ごめんなさい……」
ペルシアはうつむき、今にも泣きそうな表情でリリィに謝罪の言葉を述べた。
彼女の心にはもう敵意は無い。
「気にしてないですよ、ペルシアさん、これからも宜しくお願いしますね !」
リリィは屈託無い笑顔でペルシアに言った。
その言葉がどれだけペルシアの救いになったか。
ペルシアは目に涙が浮かんだ。
皆は巨大な円を囲みながら地べたに座り、各々配られたスープを飲みながら賑やかに会話を楽しんでいた。
そこには敵も味方も種族も関係無く、皆で勝利の余韻に浸っていた。
「ヒュウ、生きててくれて嬉しいぜ」
ヴェルザードはヒュウの隣に座り、涙ながらに彼の肩に手を組んだ。
「俺も、今こうして生きてることが信じられねえ……親父さんに感謝だな」
ヒュウは穏やかな表情でヴェルゼルクに視線を送った。
彼の蘇生術が無ければ、ヒュウな今頃この世に居なかっただろう。
ヴェルゼルクは照れ臭そうに顔をそらした。
「……結果的に生き返ったとはいえ、僕が君を殺した事実は変わらない……本当にすまないと思ってる……」
「ルシファー……」
ヴェルザードの左隣に座っていたルシファーは、スープの注がれた器を眺め、眉間に皺を寄せながら罪悪感に苛まれていた。
魔王サタンと決別し、半ば私達に味方する形になった、魔王唯一の生き残り。
目の前で殺した者と食事をしている状況に気まずさと申し訳なさを感じていた。
「僕の命を君に捧げる……どうか君自身の手で僕を殺してほしい……」
ヴェルザードの隣にいたルシファーは神妙な面持ちでヒュウの前に両手を広げながら立った。
彼なりに罰を受け入れようとしていた。
「たく、もう済んだことだから気にするなよ、今こうして生きてるんだから、お前も勝手に死ぬんじゃねえぞ、後味が悪くなるからな」
ヒュウは笑顔でルシファーの肩を叩きながら言った。
彼にとって大した問題では無いようだ。
「……そうか……ありがとう……」
「ルシファー、お前これからどうすんだ ?」
ヴェルザードはルシファーに尋ねた。
魔王の力を失い、今のルシファーは人間と大差ないくらい弱体化していた。
魔王としての風格すらも一切感じられない。
その影響で寿命も数千年から100年単位へと大幅に減少していた。
「僕は天使でも魔王でも無くなった……だからこれからは、一人の人間として、あてのない旅をしようと思う……自分と向き合う為の……生きる事が許されるのならな……」
「良いんじゃねえか、自分探しの旅って奴……俺は応援してるぜ」
ヴェルザードはスープを飲み干しながら微笑みかけた。
ルシファーは僅かに口元を緩めた。
「俺達……これからどうなるんだろう……」
……突然、一人の兵士が不安そうにポツリと呟いた。
魔王や四天王が全滅した今、大勢の生き残った兵士達は居場所を失ってしまった。
他の兵士達の間にどんよりとした雰囲気が流れる。
幹部のトレイギア、ゴブラ、ペルシア親衛隊も何も言えなかった。
恐らく魔王軍の兵士達は全員捕らえられ、暗い牢獄の中へ投獄される。
彼等の今後を思うとあまりにも可哀想だった。
「七人の魔王が敗れ、魔王軍を指揮するカリスマ的存在がいなくなりましたからねえ」
「リト……」
気まずい雰囲気の中、ランプの中からリトの声が聞こえた。
「しかし、その心配はありません、何故なら、私が魔王になるからです」
リトの口からとんでもない爆弾発言が飛び出た。
To Be Continued




