第三百八十六話・炎の巨人
サタンの放った六人の魔王全ての力が込められた一斉攻撃を浴び、リト、フレア、コダイは巨大な爆炎の中へと消えた。
「フハハハハ! 見たか愚かな者共よ!イフリートも不死鳥も古代の魔獣も倒れた! 最早この地上に我に敵う者は存在しないのだ !」
辺り一面燃え盛る業火の中、漆黒の闇の巨人・サタンは私達を見下しながら高らかに宣言した。
その様はまるで、この世の地獄を表していた。
「そんな……もう……何もかも……終わりなの……」
私は魂が抜けたように脱力感に襲われ、膝を落とした。
最後の希望であるリト、フレア、コダイも倒れた。
もう誰もサタンに抗える者はいない……。
私は拳を震わせ、己の無力さと、ホムラとの約束を守れなかった事を悔やんだ。
あまりの絶望に涙の一滴すら出なかった。
「皆……ごめん……」
譫言のように私は呟く。
力の入らなくなった手から勇者の剣が地面に落ちる。
「ワカバ……」
「ワカバちゃん……」
エルサとミライは寄り添うように項垂れる私をそっと抱き締めた。
他の皆も返す言葉も無く、うつ向くしか無かった。
目の前の強大すぎる絶望を前に、誰もが諦めかけたその時……。
「主……どんな状況に遭ってもポジティブですよ」
「……!?」
突然脳裏にリトの優しく囁く声が聞こえた。
それにこのフレーズ、初めて聞いた気がしない……。
私はハッとなって必死に辺りを見回した。
「リト! そこにいるんですか !?」
その時、私達の足元を巨大な黒い影が濃くなっているのが見えた。
見上げるとそこにはコダイ、フレア、リトが姿を現し、私達を見下ろしていた。
身体中はサタンとの戦いで傷だらけだったが、心配をかけさせまいと気丈に振る舞っていた。
「リト……」
「主は覚えていますか……? かつて異世界に来たばかりの頃……あの時、林の中に迷い込んだ貴女はミーデに襲われ、酷い暴力を受けました……しかし貴女は何度も踏みつけられても最後まで諦めず、地べたを這いずりながらランプに必死に手を伸ばしました……」
リトは瞼を閉じ、噛み締めるようにあの日の情景を思い浮かべていた。
「ランプに手が届いたのは、貴女が最後まで希望を捨てなかったからです! それは今も変わりません、最後まで諦めず、ポジティブになりましょう !」
リトは拳にグッと力を入れ、私に激励の言葉を送った。
確かにその通りだ……。
リトと出会ってから、私はこの異世界で過ごしてきた。
辛いことや逃げ出したくなることも沢山あった。
だけどリトのくれた言葉、仲間達の存在があったからこそ、今日までやってこれたんだ……。
目が覚めた私は地面に落ちた勇者の剣を拾い、ゆっくりと立ち上がった。
霧が晴れたように目の前の景色がハッキリと視界に映った。
「……皆さん、お願いがあります! 今この瞬間だけで良い……皆の心を一つにして下さい ! 一緒ににあいつを、魔王サタンを倒しましょう !」
私は腹の底から声を張り上げ、勇者の剣を天に掲げながら皆に呼び掛けた。
「ワカバ……」
エルサもマルク達も、ヴェロス率いる囚人達も、悪魔三銃士の三人も、遠くにいたヴェルザード、リリィ、そして魔王ルシファーも……全員目の前の絶望を前に心が折れかかり、うつ向いていたが私の呼び掛けを聞き、次々に立ち上がっていった。
「そうだな……ここで諦めるにはまだ早すぎるな……目が覚めたよ」
「勇者様が直々に煽動してんだ、応えねえわけにはいかねえよ」
全員の心に再び闘志の炎が宿った。
消耗した身体に鞭を打ち、サタンに立ち向かう。
勝算は殆ど無い……。
だけど皆は何もしないまま諦めるより、最後まで足掻いて散る道を選んだ。
「皆さんの心が、一つになるのを感じます……ではフレアさん、コダイさん、主………我々の心も一つになりましょう」
リトは上空から私達を見下ろすと赤いオーラを纏いながら両手を広げた。
私は頷くと深呼吸をしながらランプを両腕でそっと抱き締めた。
するとランプは黄金に発光し、私を包み込んだ。
黄金の光は私だけでなく、リト、コダイ、フレアの全身をも包み込んだ。
眩い閃光を放ちながら三体の召喚獣は引力によって互いに引き寄せられ、渦を巻くように二体の巨体と一人の小さな体が光の中で融け合った。
ズドオオオオオン
三つの赤い光は絡み合い、やがて巨大な光の塊となって地響きを鳴らしながら大地に降り立った。
「その姿は……」
全員が唖然とする中、巨大な光は50メートルを越える人の形と変わっていった。
今までに感じたことの無いとてつもない魔力が生まれ、サタンすらもその存在を前に畏怖した。
全身が炎に包まれており、不死鳥の巨大な翼を背中に生やし、下半身は恐竜のように逞しく、樹木のように長く強靭な尻尾が生えていた。
上半身はリトがベースになっており、精悍な顔付きだが能面のように表情が読めず、白目を向いていた。
この場にいる全員が心を一つにしたことで奇跡が起こり、今ここにリト、フレア、コダイが融合した究極の炎の巨人・バーニングリトが爆誕した。
「リト……なの…… ?」
呆然としながらバーニングリトを見上げる私。
バーニングリトは振り向くと私を見下ろしながら黙って頷いた。
能面のように無表情のはずが、この時の私には優しく微笑んでるように見えた。
「何だ……その姿は一体…… !」
サタンは目の前に突如として現れた炎の巨人に対して動揺し、地面を揺らしながら後退りした。
「古代の魔獣……不死鳥……そして炎の魔人イフリートが融合した究極の巨人……」
バーニングリトはサタンに対して丁寧に自己紹介を始めた。
「融合だと……卑怯な !」
サタンは怒りに目を血走らせながら剣を振るった。
「貴方だって、六人の魔王と合体しているようなものでは無いですか」
バーニングリトは淡々としながらサタンに指を差して指摘をした。
「黙れ !」
サタンは大地を震動させながら突進し、バーニングリトに向かっていった。
だがバーニングリトはその場で微動だにせぬまま、巨体とは思えぬ速さで裏拳を繰り出し、強烈な一撃でサタンを空中に舞い上がらせた。
「ぐわぁぁぁぁぁぁぁ !!!」
リト、フレア、コダイの三体分のパワーが込められた拳に耐えられるはずも無く、50メートル以上ある巨体が空中へ吹っ飛ばされ、地面に叩き落とされた。
落下の衝撃で地表は砕け、爆発に似た轟音が鳴り響いた。
「ぐぬぬ……」
仰向けになりながらサタンは自らの鼻に指で触れ、指先に赤い液体が付着してるのに気付いた。
「この我が……たった一撃で……」
サタンは怒りと屈辱に身を震わせながら立ち上がる。
バーニングリトな燃え続ける体とは裏腹に不気味なまでに冷徹な瞳でサタンを見下していた。
「さあ、これからが本当の最終決戦ですよ」
一同が固唾を飲んで見守る中、バーニングリトと闇の巨人サタン……二体の巨人による互いの存亡を賭けた最後の戦いが始まろうとしていた。
To Be Continued




