第三百八十三話・傲慢のオーブ
リトと激闘の末、天井を突き破りながら城の外へと吹っ飛ばされたサタンはそのまま運悪くヴェルザードとルシファーが休んでいる川沿いの地点に落下した。
チュドオオオオオッ
轟音を鳴り響かせ、衝撃で地面が震動し、土砂を撒き散らしながらサタンは隕石のように川沿いに落ちた。
近くにいたルシファーとヴェルザードは激しく動揺するが、すぐに警戒心を強めて身構えた。
ヴェルザードは怯えるリリィを隠すように下がらせた。
「ご主人様……」
「リリィ、下がってろ……しかし何なんだ一体……」
煙が晴れるとよろめきながら立ち上がったサタンの姿が露になった。
リトとの激闘で満身創痍の身体を引きずり、片腕の骨がへし折れたのか痛そうに腕を押さえていた。
全身はボコボコに凹み、ポタポタと血を垂れ流していた。
「派手にやられたようだな、サタン」
ルシファーは冷めた表情で満身創痍のサタンを見つめた。
「これは丁度良い……神は我を見放して居なかったようだな……」
サタンはルシファーの顔を見るや否や、不気味に口角をつり上げた。
「ルシファーよ……今や魔王軍は壊滅の危機に瀕している……貴様の力を我に貸してほしい……」
サタンは腰を落としながらルシファーに頭を下げた。
「ふん、白々しい事を……僕からオーブを奪うつもりだろ……お前ともあろう者が、情けないぞ」
ルシファーはサタンの懇願をバッサリと切り捨てた。
元々両者の関係は険悪で常にいがみ合っていた。
特にルシファーは数千年前から魔王ナンバーワンの座を虎視眈々と狙っていた程だ。
「お前ならそう言うと思っていた……ならば仕方あるまい……力ずくで傲慢の力を頂くぞ !」
サタンは苛立ちを露にしながら剣を振り上げ、ルシファーを手にかけようとした。
「そんなボロボロの体で僕に勝てると思うのか !」
ルシファーとサタン……。
ここに来て魔王同士の潰し合いが始まった。
元々両者の実力差には雲泥の差があった。
ナンバー2のルシファーですら、サタンとの間に越えられない壁があった。
しかしリトとの戦いで相当深いダメージを負ったサタンに対し、ルシファーの身体は比較的軽傷で済んでいた。
「はぁぁぁぁぁ !!!」
ルシファーは魔剣ルシファーを振るい、稲妻のように素早く立ち回り、サタンの身体を秒速で切り刻んだ。
だが、サタンは無表情のまま、何事も無かったかのように突っ立ったままだった。
「貴様は思い違いをしている……今の我の肉体には、魔王五人分の力が宿っている」
ニヤリと笑みを浮かべるサタン。
その時ルシファーはサタンの背後に五人の魔王達の幻影を見て動揺した。
「魔王六人分の力にどうしてたった一人で勝てると思うんだ……はぁ !」
サタンは剣を振り下ろし、強烈な風圧を巻き起こし、動揺するルシファーをあっさりと吹っ飛ばした。
ルシファーは悲鳴を上げ、巨大な水飛沫を撒き散らしながら川へと落下した。
「ルシファー !」
「ククク……抵抗しなければ痛い目に遭わずに済んだものを……」
勝ち誇った様子でサタンはゆっくりとルシファーの方へ近付く。
手負いと言えど、サタンにとってルシファーを圧倒するなど造作も無かった。
「ちょっと待て、俺が相手だ」
ヴェルザードは覚悟を決め、サタンの進路に立ち塞がった。
「何のつもりだ吸血鬼」
サタンはゴミを見るような冷徹な瞳でヴェルザードを見下した。
まるで何故お前がルシファーを庇うのかと言いたげに……。
ヴェルザードはルシファーを庇ってるわけでは無かった。
だがこのままサタンがルシファーから力を奪えば取り返しのつかないことになるかも知れないと直感で理解したからだ。
「兎に角これ以上お前をパワーアップさせるわけにはいかねえ !」
ヴェルザードはルシファーとの戦いで消耗した魔力が完全に戻ってはいなかった。
残された力を振り絞り、ヴェルザードは真祖へと変身する。
「ほう……とうとう目覚めたのか……真祖に……しかし思ったより魔力を感じぬな」
「まあな、力を使い切っちまったからな……」
真祖に変身するだけの力は残されていたとは言え、絞りカスのようなもので本来の力とは程遠かった。
「うおおおおおおお !!!」
ヴェルザードは雄叫びを上げながら硬く握った拳を振り上げ、サタンに向かって殴りかかった。
だが拳がサタンの顔面に当たろうとした寸前、ヴェルザードの動きが止まった。
「貴様ごときに構ってる時間はない……消えろ !」
サタンは念動力によって完全にヴェルザードの動きを封じ込めてしまった。
そしてヴェルザードを宙へ浮かせ、勢い良く地面に叩き落とした。
「ぐわぁぁぁぁぁぁ !!!」
「ご主人様 !」
リリィは直ぐ様仰向けに倒れるヴェルザードの元へ駆け寄った。
サタンにとってヴェルザードは触れるまでも無かったようだ。
「雑魚が粋がるな……うっ……」
突然サタンは苦しそうに胸を抑えた。
リトと戦った時のダメージはかなり大きく、身体は悲鳴を上げていた。
「さっさと最後のオーブを吸収せねば……」
サタンはよろめきながら川の中へと足を踏み入れ、川に浮かび上がるルシファーに近づいていく。
「ルシファーよ……傲慢の力……頂くぞ」
サタンはルシファーに向けて手をかざした。
するとルシファーの身体に異変が起こった。
苦しそうに呻き出したかと思えば、彼の身体の内側から突き破り、金色に煌めくオーブが現れた。
このオーブこそ、魔王ルシファーの力の源である。
オーブを奪われたルシファーは魔王としての力を失ってしまうことになる。
オーブは吸い寄せられるようにサタンの元へと飛んでいった。
サタンは口を大きく開き、金色に輝くオーブを丸呑みにした。
「やった……遂にやったぞ……フハハハハ !!!」
遂に七つ全てのオーブを手に入れたサタンはこれ以上無い喜びに満ち溢れ、腹の底から高笑いをした。
「サタン! やっと見つけましたよ !」
ようやくリトはサタンの居る地点にたどり着いた。
だが時は既に遅かった。
「イフリートよ……残念だが貴様はタイミングが悪かったようだ」
「何ですって…… ?」
リトは魔王サタンが発する魔力を感じ、思わず身震いした。
さっきまでとは次元の違う、強大で背筋の凍るような凄まじい魔力……。
「リト……! お前生きていたのか !」
ヴェルザードは目の前に消滅したと思われていたリトが現れた事に衝撃を受けていた。
「ヴェルザードさん、詳しい説明は後でします! 今はそれどころではありませんから !」
リトはすぐに理解した。
魔王サタンはルシファーの力を取り込み、七つ全てのオーブを手に入れたことを……。
「ククク……感じるぞ……無尽蔵に溢れる膨大な魔力を……」
七つのオーブを取り込み、究極の力を手に入れた魔王サタンはもう誰にも止められない。
サタンは高揚を抑えきれぬ様子で大地を踏み締め、全身に力を込めながら禍々しい漆黒のオーラを燃え上がらせた。
バチバチと紫色に輝くスパークが全身を覆うように駆け抜ける。
「フフフ……フハハハハ !!!」
サタンの身体に更なる異変が起こった。
際限無く膨張を続ける魔力を抑えられず、サタンの肉体は驚異的なスピードで肥大化し始めた。
「皆さん、この場を離れましょう !」
リト達は倒れていたルシファーを担ぎながら急いで肥大化し続けるサタンから数キロメートル離れた。
サタンの変化は留まることを知らなかった。
皮膚は影のような漆黒の鎧のように刺々しく変質し、両肩や背中には剣のように鋭く研ぎ澄まされた巨大な突起物が生えた。
やがて50メートルまで巨大化した所で膨張が止まり、禍々しい漆黒の巨人へと変貌を遂げた。
身体のあちこちにはそれぞれ吸収したオーブが埋め込まれていた。
七人の魔王全ての力をその身に取り込んだ男の成れの果てだ。
「これぞ……我の求めていた究極の力……底知れぬ絶望……我は今、神をも殺す暗黒の支配者となったのだぁぁぁぁぁ !!!」
恐れていた最悪の事態が起こってしまった。
全てを破壊する邪悪な巨人の雄叫びが魔界全域に響き渡った。
この化け物を止められる者はもういない。
To Be Continued




