第三百八十話・最後の灯火
憤怒の魔王サタンは他の五人の魔王が持っていたオーブをその身に取り込む事で究極のパワーアップを遂げた。
五人の魔王それぞれの能力を使い分け、私とホムラを徹底的に追い込んでいった。
「あっ……はぁっ……」
「はぁ……はぁ……」
アスモデウスの毒とレヴィアタンの水の力の脅威に晒され、私とホムラは大ダメージを負い、地べたに這いつくばっていた。
その様子を下卑た笑い声を上げながらサタンは見下ろしていた。
「ハッハッハッハ! 無様だなぁ! 聖剣に選ばれし勇者よ、その従者の化け狐よ !」
「くぅ…… !」
私とホムラは地に伏せながら拳を震わせ、歯軋りをするしか無かった。
「このまま殺すのは容易いが、それでは意味は無い……どうだ勇者よ、我の女になる気は無いか! はいと答えれた暁にはこれまでの非礼、全て許してやるだけでなく、貴様を苦しめる毒を解いてやっても良いぞ……」
サタンは私の目の前まで近付き、甘い言葉で囁いた。
「お…………断り……します……リトを殺した貴方に……従う……つもりは……あぐっ !」
サタンは無造作に私の頭をグリグリと踏みつけ、愉悦に浸る。
「毒に犯されてなおその凛々しく反抗的な瞳……そそるなぁ……」
「やめろ……サタン…… !」
呻くような声でエルサは叫んだ。
「外野は黙っていろ」
サタンは冷酷にもエルサの方に人差し指を突き出し、熱線を放った。
身動きの取れないエルサの肩を熱線が貫く。
「ぐわぁぁぁっ !」
激痛が全身に走り、顔を歪ませながら絶叫するエルサ。
肩には黒い小さな穴が開き、血が垂れていた。
「……まあ良い、今の貴様の身体なら多少放置しても耐えられるだろう、それよりも貴様だ女狐」
サタンは仰向けに倒れるホムラに冷徹な視線を向けた。
「貴様の存在は鬱陶しい……今この場で消すことに何の躊躇いも無いわ」
サタンは私の時とは打って変わって怒りの形相へと豹変し、ホムラをすぐにでも始末しようとしていた。
ゆっくりと足音を立てながら身動きの取れないホムラに近付いていく。
「くっ……ふざけないで……」
ホムラは全身ずぶ濡れで痛みに耐えながら何とか立ち上がる。
だが目の前にはサタンが立ちはだかっていた。
「流石は数千年を生きる九尾の妖狐……素晴らしい生命力だ……」
「私は貴方達魔王を殺す為に今まで生きてきたのよ…… !」
ホムラはギリッと鋭い目付きでサタンを睨み、歯軋りしながら刀を構える。
「はぁぁぁぁ !」
獣のような雄叫びを上げ、大気を震わせる勢いで刀を振り下ろすホムラ。
だが無情にもサタンは素早く振り下ろされた刀を避け、カウンターとして彼女の懐に手を当て、近距離でエネルギー波を撃ち込んだ。
「きゃあああああ !!!」
巨大なエネルギーの波に押し出され、ホムラは壁際まで叩き付けられた。
背後の壁はぶつかった衝撃でクレーターが出来上がった。
「ホ……ム……ラ……さん……」
ホムラは頭から血を流しながら膝をつく。
最早サタンとホムラの実力差は覆しようが無かった。
「愚かな……貴様ごときに倒される程我は安くは無いぞ」
サタンは首をゴキゴキと鳴らしながら倒れる彼女の方へと歩み寄る。
「怠惰の力……貴様を殺すのは赤子の手を捻るより簡単だが数千年も生きる天然記念物を灰にするのは少し惜しい……せめて精神だけを永遠に封じ込め、朽ちることのない肉体を剥製にして我が部屋に飾ってやろう」
サタンの全身から緑色の煙が発生し、瞬く間にホムラの周りに広がった。
怠惰の魔王・ベルフェゴールの能力……それは相手を強制的に眠らせ、醒めることの無い夢の世界に永遠に閉じ込めるという恐るべきものだった。
「苦痛なくあの世へ逝けるのだ……有り難く思うが良い」
充満する緑色の煙がホムラを包み込む。
ホムラは抵抗しようと何とか残された力で立ち上がろうとする。
「ホムラ……さん……逃げて……くだ……さい……」
私は彼女の元へ助けに行こうとするが、毒が全身に回り、動きたくても動けなかった。
絶体絶命の状況下、ホムラは薄れ行く意識
の中で覚悟を決めたように前を向いた。
「………… !」
ホムラは強靭な精神力で煙による精神攻撃をはね除け、立ち上がった。
だが身体に受けたダメージは大きく、彼女をふらつかせた。
「どう足掻いても我には勝てない、これ以上何をしようと言うのだ !」
サタンは嘲笑いながら彼女に刃を向ける。
ホムラは真っ直ぐな瞳でサタンを睨み返した。
「私は果たせなくても……代わりに成し遂げてくれる人達がいるわ……」
ホムラは地べたに這いつくばる私の方に視線を送り、微笑んだ。
「ワカバ……今まで一緒に戦ってくれてありがとう……少しの間だったけど、昔のように旅が出来て、楽しかったわ」
「ホムラさん……いきなり何を……」
ホムラは穏やかな表情で私に最初で最後の笑顔を見せ終えると再びサタンに強い敵意の視線を向けた。
「いよいよ私も焼きが回ったわね……はぁぁぁぁぁぁ !」
ホムラは残された最後の力を振り絞り、全身に力を込め、魔力を増幅させた。
ホムラの身体は赤く燃え上がり、部屋全体が熱気に包まれた。
サタンはホムラの気迫に思わずたじろいだ。
「貴様……自爆する気か…… !」
ホムラの全身を包み込む炎は更に激しく燃え上がり、青色へと変化した。
気温は更に上昇し、留まることを知らない。
(さよなら……ワカバ……)
チュドドドドド !!!
ホムラはサタンを巻き込むように凄まじい大爆発を起こした。
青い閃光が辺りを包み込んだかと思えば、巨大な炎の塊がはち切れんばかりに限界まで膨れ上がって破裂した。
火山が噴火したかのように辺り一面大炎上し、重々しい轟音が城全域に渡って響き渡った。
「ほ……ホムラさぁぁぁぁぁぁん !!!」
爆発が収まり、煙が晴れるとそこには魔王サタン一人だけが無傷の状態で立っていた。
ホムラの姿は何処にも無く、彼女が立っていた足元が爆発で起こった熱気で焦げついていただけだった。
「自爆とはつまらん真似を……」
不快そうに身体に付着した埃を払うサタン。
ホムラの捨て身の自爆すら、サタンに一矢報いることは出来ず、掠り傷すらつけることすら叶わなかった。
「うっ……ホムラさんっ…… !」
ホムラは最後に私に笑顔を残して消えた……。
私は涙を流し、己の無力さを悔やみ、震える拳で地面を殴った。
「いつまで泣いているのですか、主」
その時、幻聴なのか懐かしい声が聞こえた。
私はその声に反応し、思わず顔を見上げた。
「主には笑顔が一番ですよ」
これは夢なのか……現実なのか……。
涙で歪む私の視界にリトの姿が映っていた。
リトは優しい表情で私を真っ直ぐ見つめ、微笑みかけた。
To Be Continued




