第三百七十九話・五つのオーブ
「我が漆黒の鎧を砕くとは……評価に値するぞ……」
薄ら笑いを浮かべながらサタンは再び立ち上がった。
私とホムラは背筋を凍らせながらも身構えた。
あれだけの攻撃を浴びながらもすぐに立ち上がれるサタンの耐久力の高さに改めて脅威を感じた。
「ワカバ……彼女達を助けるのは後にするわよ」
「そうですね……」
異界の門と皆とのリンクは断ち切られている。
これ以上皆が魔力を吸い上げられることは無い。
それよりも不気味なのはサタンだ。
強烈なダメージを受け、形成は不利なはずにも関わらず、サタンは追い詰められた様子も無く、何か奥の手を隠し持っているように見えた。
「遊びはここまでだ……貴様らに見せてやろう、心の底から感じるが良い、魔王の真の恐ろしさをな」
サタンはニタァと笑みを浮かべると両手を大きく広げた。
すると十字架に磔にされていた皆の懐からそれぞれオーブが勝手に取り出された。
サタンが念動力により、自分の元へ強制的に引き寄せたのだ。
「あっ……」
「オーブが…… !」
魔王の力を秘めた五つの色鮮やかなオーブは吸い寄せられるようにサタンの元に行った。
サタンは念動力でオーブを空中に浮遊させ、ジャグリングしながら眺めた。
「律儀な奴らだ、わざわざ魔王を倒した後オーブを回収してくれるとは手間が省けた……まあ、ルシファーの分は後で回収しておくか」
強欲、暴食、怠惰、色欲、嫉妬……。
サタンは鰐のように口を大きく開き、五つのオーブを一気に丸呑みにした。
その光景を目の当たりにし、私とホムラは思わず固まってしまった。
「お……おおおおおおおお !!!」
この時、サタンの肉体に変化が表れた。
両肩に禍々しく光る青とピンクのクリスタルが浮かび上がった。
それだけでは無く、額や腹筋、大胸筋にもそれぞれ美しく艶めいたクリスタルが皮膚を突き破るように浮かび上がった。
変化したのは外見だけに留まらず、先程とは比べ物にならないくらい魔力が増大していた。
私達はサタンの放つ絶望的なオーラを肌で感じ、恐怖に震え上がった。
「ま……まさか…… !」
「フフフ、マモン、ベルゼブブ、ベルフェゴール、アスモデウス、レヴィアタン……五人の魔王が残した力を我が身に取り込んだぞ、今の我は魔王六人分の力を宿している」
サタンはニヤリと不敵な笑みを浮かべ、おぞましい漆黒のオーラを全身に纏い、激しく燃え上がらせた。
「貴様らに生き地獄を味合わせてやるぞ」
ズシンと地響きを鳴らしながらサタンは剣を構え、ゆっくりと近づいて行く。
私とホムラは緊張で全身を震わせながら剣を強く握り締め、警戒心を強める。
「ワカバ……心してかかるわよ」
「はい !」
私とホムラは床を繰り上げ、サタンに向かって走り出した。
「傲慢の力……」
サタンは小声で呟くとマモンと思われる鷲のような頭をした半鳥半人の姿が幻影として浮かび上がった。
マモンの幻影は吸い寄せられるようにサタンに重なり、次の瞬間、電撃よりも速く加速し、一瞬で私とホムラの背後に回り込んだ。
「何 !?」
気付いた時にはもう遅かった。
サタンは高速で剣を振るい、強烈な一太刀を私達の無防備な背中に叩き込んだ。
「「きゃああっ !?」」
背中から血を流し、二人は激痛に悶えながらうつ伏せに倒れ込む。
サタンは魔力が増幅しただけでなく、オーブを吸収した影響で他の魔王の力を使えるようになっていた。
マモンの能力は一時的に身体能力を強化するものだ。
「この…… !」
私とホムラは背中の痛みを堪えながら何とか立ち上がり、サタンに狙いを定めた。
「竜巻激槍 !」
「秘技・火炎車 !」
私は巨大な竜巻を圧縮し、範囲を絞ることで威力を上げ、槍のように放つ。
ホムラは燃え上がる炎を纏った輪を作り出し、サタンにぶつけ、集中砲火を浴びせた。
だが彼は両手を大きく広げ、正面から技を受け止めた。
「暴食の力…… !」
彼の隣にベルゼブブと呼ばれる妖艶な女性の姿が浮かび上がる。
ベルゼブブの幻影がサタンに重なった瞬間、腹部にブラックホールが浮かび上がり、私達の放った技を全て飲み干してしまった。
「御馳走様……」
サタンはペロリと舌なめずりをしながら余裕の表情でこちらを見つめていた。
私はショックのあまり、思わず動きを止めてしまった。
サタンにその隙を突かれ、更に追撃を許してしまった。
「色欲の力」
サタンの片腕は毒々しい鱗に覆われて蛇のように変質し、触手のように勢い良く伸びると軌道を曲げ、私の首に巻き付いた。
「あっ……はぁっ…… !」
私は引きちぎろうともがくが、抵抗すればするほど強靭な触手が頸動脈に食い込む。
ガブッ
「んっ……かはぁっ !?」
毒蛇の牙が私の首筋に噛みつき、猛毒を体内に注ぎ込んだ。
毒は一瞬で全身に回り、目眩と脱力感に襲われ、崩れるように膝をついた。
鍛え上げられたとは言え、猛毒には勝てず、痙攣したまま動かなくなった。
「はぁ……あっ……はぁ……」
私は吐きそうになるくらい気分が悪くなり、顔面蒼白になって息を切らしながら喘ぎ声を漏らした。
「ワカバ !……よくもぉ !」
激昂したホムラは刀に炎を宿し、銃弾のように加速しながらサタンに突撃した。
「嫉妬の力」
蛇の首に変質していたサタンの腕から今度は毒では無く高出力の水流が勢い良く噴射された。
水が弱点であるホムラは大量の水を全身に浴びてしまい、あまりの激痛に耐えかね、絶叫しながら悶えた。
「キャアアアア !」
ホムラは力尽きたのか、白目を向いて仰向けに倒れた。
瞬く間に形成は逆転してしまった。
猛毒に身体を侵され、身動きの取れない私、弱点である水を大量に喰らい、大ダメージを負ったホムラ……。
5つのオーブを取り込んだサタンの力は想像を遥かに越えており、もう誰にも止められなかった。
「ハッハッハッハ……ハッハッハッハ !!!」
床で無様に這いつくばっている二人を見下すサタン。
勝利に酔いしれ、勝ち誇ったように高笑いをするサタンの声だけが部屋中に響き渡った。
To Be Continued




