第三百七十八話・打倒!サタン!
ペルシアは達人であるホムラに対抗すべく、彼女の容姿、能力、戦いの癖を余すことなくコピーした。
だが所詮は付け焼き刃。
炎の魔力も剣術もオリジナルには到底及ぶはずもなく、ホムラの怒濤の剣さばきの前になす術無く圧倒された。
「はぁ……はぁ……うっ…… !」
膝をつくペルシアの眼前に刀を突き立て、ホムラは冷徹な瞳で彼女を見下した。
ペルシアは悔しそうに歯軋りし、ホムラを睨み付けた。
「物真似で何とかなると思ったの ?」
「……敵わないのは百も承知です……しかし、簡単にやられるわけにはいかないのです !」
ここで敗れれば役立たずとしてサタンに捨てられる……。
後がないペルシアは意地でも魔王の役に立ちたかった。
「影の波 !」
ペルシアはホムラの油断を誘い、背後から津波のように巨大な黒い影で彼女を飲み込もうとした。
どれだけ鍛え上げられた強者であろうと、不意討ちで影に飲まれてしまえば抵抗出来ない、ペルシアにとって一か八かの奇策だった。
「本当に時間の無駄ね……」
だがホムラはため息をつくや否や、目に見えない程のスピードで刀を振るい、振り向くことなく背後の影を真っ二つに切り裂いた。
斬られた影はドロドロに溶け、消えていった。
「あ…… !」
「あまりに憐れすぎて、殺す価値すらないわね」
ホムラは憐れみの表情でペルシアを見つめると素早く刀を構え、かまいたちのように彼女の横を通過した。
ズバァッ
「ぐはぁっ…… !」
ホムラの見えない一太刀が確実に彼女の脇腹を貫いた。
ペルシアは目に涙を浮かべ、口から大量の泡を吹きながらうつ伏せに崩れ落ちた。
しかしその身体には外傷は無く、血どころか掠り傷も無かった。
「安心なさい、峰打ちよ……」
ホムラは刃では無く、刀の峰の部分でペルシアの懐に強烈な打撃を与えていた。
ペルシアはあまり速さで繰り出された一撃に対して本当に斬られたと思い込み、気を失ったようだ。
「暫く眠ってて頂戴……さて……助太刀に向かうわ、ワカバ……」
ホムラは気絶したペルシアを壁際まで運ぶと刀を握りながら立ち上がり、魔王サタンと戦う決意を改めて固めた。
ペルシアも倒れた事で残された部下はほぼ全滅し、魔王軍はサタンただ一人となった。
「はぁっ !」
私は全身に風を纏い、疾風上昇で肉体を強化してサタンに喰らい付いた。
汗を飛び散らせながら懸命に振るうが、サタンは表情一つ変えずに魔剣で私の攻撃を全てさばいた。
その光景はまるで子供の稽古に付き合う父親のようなものだった。
「貴様の本気はそんなものか、あくびが出るぞ」
「まだまだぁ !」
私は諦めずに剣を振るい続けた。
剣を振るう度に力を込め、動きが加速していく。
キィンッ
「ん…… ?」
時間が経つに連れ、私の動きがサタンを凌駕し始めていた。
手玉に取って遊んでいたつもりのサタンだったが、次第に彼の顔から余裕が消えていった。
サタンの腕は痺れ、私の剣を防ぐので手一杯だ。
「こいつ……限界は無いのか…… !」
絶え間なく繰り出される剣撃に徐々に押され、少しずつ後退していくサタン。
焦りからか、彼の頬を大量の汗が伝っていた。
「図に乗るな小娘ェ !」
サタンは自身が小娘相手に劣勢であることに憤り、冷静さを欠いた状態で大振りに剣を振り下ろした。
重量感溢れる一撃は直撃すればひとたまりもないが、動きが読みやすく避けるのは造作も無かった。
「空刃 !」
紙一重でサタンの振り下ろした剣をかわすと竜巻を帯びた剣を振り下ろし、空を引き裂く程の凄まじい風の斬撃をサタンに浴びせ、カウンターをお見舞いした。
ガキィィンッ
鎧を砕く重厚な金属音が鳴り響く。
凄まじい斬撃によって切り裂かれた黒い鎧がいとも容易く抉られ、風圧で砕けた鎧の破片が宙を舞う。
「ぐはぁっ !!?」
防御を崩され、ダメージを負ったサタンは血を吐きながら膝をついた。
気の遠くなるような攻防の果てにようやくサタンにまともなダメージを与えることに成功した。
だが、喜ぶのも束の間……。
「おのれ小娘がぁぁぁぁぁ !」
逆上したサタンは目を血走らせながら勢いつけて剣を振り上げた。
大技を放った反動で大きな隙が生まれてしまった私は防御する暇すら無かった。
思わず私は目を瞑る。
キィンッ
金属同士が勢い良くぶつかる音が響き渡る。
間一髪、ホムラが割って入り、サタンの繰り出した一太刀を刀で受け止めた。
「ホムラさん…… !」
「遅くなってごめんね……」
ホムラは振り返りながら申し訳なさそうに頭を下げた。
腕に力を入れ、サタンの振り下ろした剣を必死に抑え込んでいた。
「フン、今更二人に増えようがどうと言うことは無い……七人がかりであの様だったのだからなぁ」
サタンは嫌らしく口角をつり上げ、目線を巨大な十字架の柱の方へとやった。
「ワカバ、一気に決めるわよ」
「はい !」
私は剣を構え直して立ち上がった。
ホムラは私が体勢を立て直したのを見届けると大地を踏みしめ、腕に力を込めながら刀でサタンを振り払い、強引に吹っ飛ばした。
サタンは数キロ吹っ飛ぶも床を削りながら何とか踏み留まった。
「今よ !」
私とホムラは剣を構えながらサタンに向かって走り出した。
サタンは怒りに顔を歪ませながら魔剣に己の魔力を注ぎ込み、禍々しい赤紫色に発光させた。
「憤怒電撃 !」
サタンが剣を天井に掲げると、紫色に光る電撃が鞭のように私とホムラに襲い掛かった。
私とホムラはそれぞれ闘技場よりも広く造られたこの空間を利用して駆け回り、電撃の中を掻い潜りながらサタンに接近を試みた。
「「はぁぁぁぁぁぁ !!!」」
私は全身に竜巻を纏って加速し、ホムラは青く燃え上がる神聖な炎に身を包んで弾丸よりも速く移動し、サタンとの間合いを一気に詰めた。
「ぬうっ !?」
距離を詰められたサタンは焦って剣を振り上げるが、それよりも速く私とホムラは神速の突きを一斉に繰り出し、鎧の砕けて肌が露になった部分を集中的に攻撃した。
「神月疾風 !」
「火影の一閃……」
私は冷たく吹き荒れる風を纏った剣による怒濤の連続突きを、ホムラは熱く燃え上がる炎を纏った刀の一撃をサタンに叩き込んだ。
「ぐおおおおおおおおお !!!」
ドゴオオオオッ
床が抉れる程の爆風に包まれ、サタンは宙を舞いながら地面に叩き付けられた。
衝撃で城が揺れ動き、地面にはヒビが入った。
仰向けに倒れ、頭を強打したのかピクピクと痙攣したまま動かないサタン。
象に踏まれても壊れないはずの鎧は粉々に砕け散り、鍛え上げられた逞しい上半身が露になった。
漆黒のマントはボロボロに焼き尽くされ、見る影も無かった。
「はぁ……はぁ……ぐはっ !」
顔を歪ませながら吐血し、床を血で汚すサタン。
倒すには至らずとも、全身にかなりのダメージが入っていたようだった。
サタンが倒れた事で上空の異界の門とのリンクも切れ、これ以上皆から魔力を吸うことも無くなった。
「皆…… ! 大丈夫ですか !?」
私は不安に思いながら十字架に磔られた皆に声をかけた。
サタンとの戦いに思ったより時間をかけてしまった。
「はぁ……はぁ……も……問題ない……」
「死ぬかと思ったよ~……」
幸いにも全員は命に別状は無かった。
もしこれ以上吸われれば本当にどうなっていたか分からない。
子供達は魔力を吸われ過ぎて気を失っているものの、全力疾走してヘトヘトになったレベルに過ぎなかった。
「はぁ……はぁ……すまないな……ワカバ……カッコ悪い所を見せてしまって……だけど……君は本当に……強くなったな……」
「エルサさん……」
エルサは疲れ切った表情で私に微笑みかけた。
あれだけ吸われたにも関わらず、エルサだけは喋るだけの余力が残っていた。
「ワカバ、今のうちに彼女達を救出しましょう、邪魔な結界も消えてるでしょうし」
「はい…… !」
私とホムラは急いで十字架の方へと向かおうとした。
だがその瞬間、二人は突然悪寒に襲われ、思わず立ち止まってしまった。
「フフフ……今の攻撃は中々良かった……これは遊んでいる場合では無かったな」
サタンはボロボロに焼けたマントを脱ぎ捨てると、フラフラになりながら立ち上がった。
かなりのダメージを全身に受けたはずだったが、サタンの回復力の早さは並外れていた。
「……久し振りに楽しめそうだ……」
サタンは意味深な笑みを浮かべ、三日月のように口角をつり上げ、鰐の如く鋭く生え並んだ牙を剥き出しにした。
To Be Continued




