第三百七十七話・勇者と魔王
魔王の玉座の間にて、二つの戦いが同時に行われていた。
一つは魔王サタンと勇者である私、もう一つはホムラと彼女の行く手を阻むペルシアだった。
ドッペルゲンガーで魔王に仕える一介の侍女に過ぎないペルシアと魔王を倒す為に何千年もの間修行を続けてきたホムラとでは実力に雲泥の差があった。
ホムラの一切の隙の無い怒濤の剣撃にペルシアはなす術も無く防戦一方だった。
「うっ……きゃあっ !」
ホムラの一撃により、床を転がりながら吹っ飛ばされていくペルシア。
自慢のメイド服がボロボロに破れ、埃で汚れてしまっていた。
「魔王サタンに残された最後の部下が貴女なんて、落ちたものね」
ゴミを見るような瞳で倒れているペルシアを見下すホムラ。
四天王も全滅し、トレイギアやゴブラも城の外でヴェルザードに倒され、のびている。
彼女直属の配下であるペルシア親衛隊もいない。
よりによって最後に残されたのはただのメイドに過ぎない彼女のみ……。
まさに絶体絶命の状況だった。
「私は……やっと出会えたと思っていた友達に拒まれたんです……もう私に残されたのは、魔王サタン様への忠誠心だけです…… !」
ペルシアは切ない表情で横目で私の姿を見つめながらフラフラと立ち上がった。
「貴女の私情なんてどうでも良いわ、私はあの男を殺したいの、これ以上邪魔をしないで頂戴」
ホムラは容赦無く刀を向け、息を切らすペルシアに刃を突き立てた。
「私はドッペルゲンガー……この姿も謂わば借り物……誰も私の本来の姿を知る者はいません……」
ペルシアはニヤリと笑みを浮かべると巨大な黒い影に全身を包み込まれ、ホムラの目の前で姿を変えた。
「何をする気なの…… ?」
得体の知れない相手にホムラは警戒心を強め、身構える。
ペルシアは黒い影による繭を解き、新たな姿をホムラの眼前に晒した。
「その姿は……私…… ?」
普段はクールで落ち着いているホムラだが、ペルシアの変貌に驚愕、思わず目を丸くした。
彼女はなんと目の前の敵であるホムラの姿を模したのだ。
「貴女は強いです……だから貴女の姿、戦い方をコピーさせて頂きました、どこまで本物に通用するかは分かりませんが、時間稼ぎにはなると思います」
ホムラの姿になったペルシアは刀を構え、九つの尾を燃やしながら戦闘体勢に入った。
「私の姿を真似るなんて……殺されたいのかしら」
自分の姿を真似された屈辱で静かに怒りを燃やしながらホムラは深呼吸し、炎のようなオーラを纏いながら刀を構えた。
睨み合う両者……ここに来て勝敗の行方が分からなくなっていった。
「憤怒の炎弾 !」
サタンは魔剣を天高く振り上げ、無数の火の玉を火山弾のように降らせた。
私は加速しながら部屋中を駆け回り、無数の火の弾丸の雨を必死に避け続けた。
「どうしたのだ、時間を稼げば稼ぐ程、こいつらの命が助かる可能性が低くなるぞ」
ニヤニヤ薄汚い半笑いを浮かべながらサタンは背後にある七本の十字架を指差した。
晒し者にされた仲間達は今もなお魔力を奪われ続け、呻き声を上げながら弱っていった。
特にまだ小さいコロナやグレンは魔力を奪われ過ぎて気を失い、ぐったりと項垂れていた。
「コロナ……ちゃん……しっかり……してぇ……」
「グレン……男なら……もう少し……根性を……見せ……やがれ……」
全身の力が抜け、弱り切った状態でマルクとミライはコロナ達を鼓舞していた。
「健気だな、そのような姿で他人を気遣うとは……」
憐れみの表情を浮かべながら白々しく語る
サタン。
「貴方には理解出来ないですよ、他人を道具としか思わない貴方には !」
私は鬼気迫る表情でサタンに急接近し、勢い良く剣を振り下ろした。
サタンは黒いマントを翻しながらステップを踏むように華麗に剣を避けた。
「くっ…… !」
「城で初めて出会った時や竜の里近隣の森で再会した時に比べると見違える程に強くなった……それは認めてやろう、だが我に説教するにはちと力不足であったな」
サタンは魔剣を振るい、瞬きすら許さぬ速さと腕が痺れる程のパワーで容赦無く私を攻め立てた。
魔王の一撃一撃は重く、剣で直撃を防いだはずにも関わらず、全身に電流が流れたような痛みが走った。
「うっ……くぅ…… !」
「ぬるい、ぬるいぞ……我が数千年前に戦ったあの女勇者の方が、まだ手応えがあったぞ !」
サタンはマントを翻しながら素早く回り、私の脇腹に強烈な蹴りを叩き込んだ。
「きゃあっ !!?」
鎧を貫通して感じる痛みに絶叫しながら私は硬い床を転がっていった。
「う…… !」
リトもいない、仲間も皆やられた……私が倒れればこの世界が魔王の手に堕ちる……。
迫り来る非情な現実が背中に重くのし掛かる。
私は口から溢れる血を拭いながら膝に力を込め、立ち上がった。
「はぁ……はぁ……」
「小娘よ、もう終わりか、諦めて我の女になると誓うが良い、別に命まで取ろうとは思わぬ」
甘い口調でサタンは私に呼び掛ける。
その瞳は澱み、邪悪な思惑に満ちていた。
「絶対に…….貴方には負けません !」
私は鬼のような形相でサタンを睨み、震える手で刃を向けた。
「その様子だと……まだまだ楽しめそうだな」
サタンはニヤリと笑みを浮かべ、ペロッと剣を舐め、足音を立てながら私に近付いていった。
大丈夫……今日の為にここまで強くなったんだ……
私は不安や恐怖、重圧を押し殺し、全身に風を纏いながらサタンに向かって走り出した。
魔王サタンとの戦いは更に苛烈を極めることになる。
To Be Continued




