第三百六十五話・リリィの愛
リリィはエクレアと共に留守番を任され、仲間達の帰りを待つ側のはずだった。
だがどうしてもヴェルザードの事が心配でたまらなかった彼女は気付かれぬようこっそり後をつけていたのだ。
そしてヴェルザードが暴走を続けている今、遂に彼女は彼の目の前に現れた。
「はぁ……はぁ……ご主人様…… !」
リリィはエルサが襲われている所に超音波を放ち、間一髪で彼女を救った。
「馬鹿野郎、何でついてきたんだ !」
「皆さんごめんなさい……だけどどうしてもご主人様に会いたくて……」
申し訳なさそうに頭を下げるリリィ。
そこにヴェルザードが狙いをつけた。
不快な音波の発信源を即座に見抜き、リリィを攻撃対象へと認識する。
「皆さん……ご主人様は私が説得します、あの人を止めるのは、侍女である私の務めです」
リリィは凛とした表情で決意を露にし、殺意を向けるヴェルザードに近付いていった。
「よせやめろ !」
「リリィちゃん逃げて~ !」
仲間達か必死に叫ぶ。
リリィは元々使い魔。戦闘向きでは無い。
だがそれでも彼女の想いは揺らがなかった。
リリィはヴェルザードに臆することなく向かっていき、微笑みかけた。
「ご主人様……」
思うところがあったのか、一瞬動きが止まるヴェルザード。
だがすぐに闘争本能が勝り、彼女に牙を向く。
鋭い爪が生えた手刀を振るい、風を切り裂きながら斬撃を放つ。
「きゃっ !」
リリィは特注のフライパンで即座に身を守るも、斬撃の勢いまでは止められず、あっさりと小さな身体が吹っ飛ばされていった。
「リリィちゃーん !」
土埃を舞い上がらせながら大地へと叩き付けられるリリィ。
だがリリィはよろめきながらもすぐに立ち上がった。
「ご……ご主人……様…… !」
全身を駆け巡る痛みに耐えながら、リリィはヴェルザードに不安を与えぬよう、笑みを浮かべながら両手を広げた。
ヴェルザードはじっと彼女を見つめる……。
バァンッ
再びヴェルザードは容赦なくリリィに攻撃を仕掛けた。
直接触れることなく、拳圧で彼女の華奢な身体を宙へと浮かす。
「リリィ !」
受け身を取る間もなく大地に叩き付けられるリリィ。
メイド服は所々破かれ、埃だらけだ。
「くそ……長年連れ添った侍女に対しても…… !」
「違う……見て……」
コロナはヴェルザードの些細な変化に気付いていた。
ヴェルザードが本気を出せば、か弱いリリィは一撃で殺されてもおかしくない。
現に四天王であるカミラが瞬殺されている。
無意識なのか、彼はリリィを傷付けまいと必死に力を抑え込んでいるようにも見えた。
「戦ってるんだ……ヴェルザードは……己を蝕む闇の力と…… !」
リリィだけが彼を正気に戻す事が出来る可能性があった。
僅かな希望……それにすがるようにエルサ達は固唾を飲んで見守っていた。
「ご主人様……もうやめてください……本当はこんなこと望んでいないはずです……ご主人様はぶっきらぼうで……人見知りで……不器用で……だけど本当は心の優しい人なんです……平気で誰かを傷つけられる人なんかじゃありません…… !」
何度叩きのめされても諦めずに、リリィはヴェルザードに語り続けた。
人形のように冷酷で無感情だった彼に僅かながら変化が表れ始めた。
「ご主人様は強いです……でもそれは……相手を倒す為の強さじゃない……仲間を思う心の強さなんです……だから……こんな闇の力に負けないで下さい ! もう一度……私の作ったトマトスパゲッティを食べて……笑って下さい…… !」
リリィは目に大粒の涙を浮かべながら思いの丈を打ち明けた。
周りにいたミライ達ももらい泣きをしていた。
「う……くっ…… !」
ヴェルザードは苦しそうに呻き声を上げながら頭を抱え出した。
本来の人格が闇の支配に抵抗していた。
「くっ……うわぁぁぁぁ !」
ヴェルザードは発狂し、リリィに飛び掛かり、勢い良く押し倒した。
馬乗りの状態になり、彼女の身動きを封じる。
「まさか……リリィの血を…… !」
エルサは悪寒が走った。
未遂で終わったものの、彼女はヴェルザードに血を吸われる所だった。
ましてやリリィが今のヴェルザードに吸血されれば命の保証は無いだろう。
「……良いですよ……私の血を吸って下さい……吸血鬼が血を吸うのは当たり前なんですから……貴女が楽になれるなら………いくらでもこの身を捧げます」
リリィは怯えた様子もなく、悟りを開いたかのように落ち着いた様子でヴェルザードに微笑みかけた。
信頼と慈愛に満ちた、澱みの無い無垢な瞳……。
今から血を吸われようとしているのにも関わらず、彼女の中に恐怖は無く、寧ろ受け入れようとしていた。
ヴェルザードは黙って彼女の瞳をじっと見つめた。
そして口を大きく開き、顔を近付けると彼女の首もとに牙を突き立てた……。
と思いきや、ヴェルザードはリリィの首では無く、彼女の唇にそっとキスをした。
「んっ……」
ヴェルザードもリリィもキスなんて経験はしたことが無かった。
だが二人はまるで手慣れたように互いに唇を重ね合った。
周りの目を一切気にすること無く、二人だけの世界に浸り、衝動のまま貪るように過熱させていく。
エルサ達は赤面しながら二人の接吻を目の当たりにした。
やがてヴェルザードの身体から禍々しい障気が消えていった。
黒く染め上げられた髪も元の銀髪に戻った。
身体中に浮かび上がった紋様も嘘のように綺麗さっぱり消えた。
「リリィ……俺は……」
ヴェルザードは自我を取り戻し、憑き物が落ちたかのようにスッキリとした顔色でリリィに語りかけた。
「お帰りなさい……ご主人様……」
リリィは安堵の表情を浮かべ、涙を流しながらヴェルザードに抱き付いた。
身体を張った彼女の献身的な愛によって、彼を闇の牢獄から連れ出すことに成功した。
To Be Continued




