第三百五十七話・嫉妬-ジェラシー-
「レヴィアタン様の……本来の……お姿……」
あまりの衝撃に茫然とし、言葉を失う魔王軍兵士達。
仮初めの肉体を捨て去り、真の姿を露にした嫉妬の魔王・レヴィアタン。
全身が青い鱗に染まり、巨大で禍々しい首長竜となり、マルクの前に立ちはだかる。
「ふふふ、数千年ぶりね、この身体も……」
ヤシの木のように長い首をグルグルとしならせ、レヴィアタンは己の身体を舐め回すように見つめた。
マルクはレヴィアタンの放つ圧倒的なオーラにたじろぎながらも彼女に目線を合わせ、睨み付けた。
「この前戦ったリヴァイアサン以上の魔力を感じるぜ……まさしく上位互換って奴だな……」
マルクは腕に嵌められた青色のブレスレットを見つめた。
「今こそ……修行の成果を見せる時だぜ !」
マルクは叫ぶと片腕を大きく天に向かって振りかざした。
その瞬間、ブレスレットは青き閃光を放ち、マルクを包み込んだ。
周囲の兵士達は眩しさに耐えかね、目を覆いながら後退りしていった。
「はぁぁぁぁぁぁぁ !!!」
ブレスレットはマルクの腕を離れ、青い鎧へと変形し、マルクの全身に装着された。
伝説の幻獣・巨大魚幻獣の素材によって創られ、輝かしい蒼き鱗に覆われた最強の鎧を身に纏うマルク。
荒々しかった雰囲気も変わり、高潔な聖騎士の風貌になっていた。
「その姿……まさしくアタシを追い詰めたあの憎き英雄そのものだわ !」
マルクの姿を目の当たりにし、レヴィアタンの表情がみるみるうちに怒りと憎しみで歪んでゆく。
「さあ、決着をつけようぜ」
マルクはレヴィアタンを見上げながら両肘に装着した二本の剣を構え、腰を低く落としながら戦闘体勢に入った。
「ここでアンタを殺し、数千前の雪辱を果たす !」
今は亡き好敵手の姿を目の前の半魚人に重ね、レヴィアタンは咆哮を上げながら雨に濡れた大地を這いずり、マルクに突進していった。
「はぁぁぁぁぁぁ !!!」
水溜まりを蹴り、飛沫を上げながらマルクはレヴィアタンに向かって走り出す。
レヴィアタンは30メートルはある巨体にも関わらず、驚異的なスピードでマルクに迫る。
雨水を全身に浴びたことで身体能力が向上していた。
レヴィアタンはナイフのように鋭い歯が生え並んだ巨大な口から水の砲弾を吐き散らした。
「海竜水砲弾 !」
マルクは素早い身のこなしで巨大な水の砲弾の雨を掻い潜りながらレヴィアタンの懐に入り込もうとする。
竜の里での修行の効果が表れたのか、以前よりも鎧が身体に吸い付くように良く馴染んでいた。
「魚幻獣斬撃 !」
ズバババッ
青い鱗が血と混じりながら飛び散る。
マルクはレヴィアタンの懐に飛び込み、両肘に装着された二対の剣を振り回し、光の速さで肉質の柔らかい部分を切り刻む。
「調子に乗らないで !」
レヴィアタンは苛立ちを露にし、大きく身体を伸ばしながらマルクを押し潰そうと全体重を乗せ、のし掛かろうとした。
マルクは間一髪の所でかわすが、レヴィアタンがのし掛かった震動と余波により、マルクはバランスを崩してしまった。
ズドオオッ
その隙を突き、レヴィアタンは長い首をハンマーのように振り回し、頭部をマルクに叩きつけた。
「ガハッ !?」
激痛が全身に伝わり、顔を歪めさせながら吐血し、宙を舞うマルク。
無防備な状態のマルクに対し、レヴィアタンは追撃に水のブレスを浴びせた。
「ぐわぁぁぁぁぁ !!!」
水のブレスに押し流され、絶叫しながら空中で吹っ飛ばされるマルク。
やがて地上へと落下し、大地に叩きつけられた。
「くっ……つええな……」
一進一退の攻防戦……。
真の姿となり猛威を振るう海竜と伝説の鎧に選ばれた半魚人の英雄……。
どちらが勝つのか、誰にも予想出来なかった。
「こんなもんかしら、英雄様の力は」
愉快そうに高笑いをしながら倒れるマルクを見下ろすレヴィアタン。
「ふざけろよ、これはまだ準備運動だぜ……」
よろめきながらも再び立ち上がるマルク。
巨体から繰り出される重厚な攻撃に高い威力を誇る水属性の技……。
マルクは魔王たる底知れさを肌で痛いほど感じていた。
「鎧を通して伝わってくる……古の記憶が……英雄メイツは、あんな化け物相手に恐怖や痛みを乗り越えて戦ったんだな……」
マルクは籠手を履いた己の手を見つめながら改めてメイツに尊敬の念を抱いた。
「あんま英雄様の名に傷付けるわけにゃあかねえなぁ !」
拳を強く握り、マルクはレヴィアタンに視線を向け、構えを取る。
レヴィアタンは泳ぐようにぬかるんだ大地を凄まじい速度で這いずり、マルクに突撃していった。
「はぁぁぁぁぁぁぁ !!!」
マルクは全身に燃え上がるような巨大な青いオーラを纏った。
両肘に装着された剣も水の魔力を帯びている。
彼の中の魔力が限界を超えて高まっていく。
「行くぜぇぇぇぇぇぇぇ !!!」
まるで光と一体化したかのように勢い良く水溜まりをはね飛ばしながら音速で駆け抜ける。
轟音を轟かせながら激突する両者。
「ずぁぁぁぁぁぁぁぁ !!!」
キンッ キキンッ
鬼のような気迫で加速しながら立ち回り、息をつかせぬ怒濤の勢いで剣を振るい、レヴィアタンの頑丈な皮膚を切り刻んでいく。
金属音が喧しく鳴り響き、火花と剥がれた鱗が四方八方に飛び散る。
「海竜水撃波 !!!」
レヴィアタンはワニのように巨大な口を開け、剣のように鋭い水流を勢い良く噴射し、大地を抉りながらマルクを薙ぎ払った。
「ぐっ…… !!!」
衝撃に巻き込まれ、飛び散る泥にまみれながら宙へと吹っ飛ばされるマルク。
いくらこちらの手数が多くても相手の一撃一撃が即死レベルだ。
このままでは埒が明かなかった。
「一気に決めるぜ !!!」
数千年前の大戦にも劣らない、手に汗握るマルク対レヴィアタンの名勝負。
トレイギアを始め、周囲の兵士達も沈黙し、固唾を飲んで見守っていた。
マルクは歯を食い縛り、血管がはち切れんばかりに全身に力を込めた。
「巨大魚幻獣三日月斬 !!!」
バザァッ
雷が落ち、空が青白い閃光に包まれた刹那、一点の濁りも無い、透き通るような青い水色の光に包み込まれ、マルクは風のように音速で駆け抜け、レヴィアタンを横切った。
次の瞬間、彼女の口から赤い液体が滝のように流れた。
「ふふ……結局……また……負けたのね……」
全身が脱力し、レヴィアタンの巨体がゆっくりと崩れ落ちた。
倒れた震動で大地が揺れ動く。
マルクの剣の一撃はレヴィアタンの急所を深く斬り込んでいた。
最早彼女に立ち上がる力は残されていなかった。
「はぁ……はぁ……」
マルクは魔力を使い果たし、息を荒げながらその場で膝をついた。
全身に纏っていた鎧は光の粒子となって消え、彼の片腕のブレスレットへと戻っていった。
何はともあれ、接戦の末、嫉妬の魔王・レヴィアタンに勝利した。
To Be Continued




