第三百五十六話・嫉妬の海竜
「はぁぁぁぁぁぁ !!!」
魔王城の周辺に広がる荒野でレヴィアタンとマルクの激闘が始まった。
伝説の鎧を手にしたことや竜の里での厳しい修行の成果もあり、マルクは意外にも魔王相手に善戦していた。
両腕に備わった鋭利なヒレを武器に、素早い身のこなしでレヴィアタンを攻め立てる。
激しく火花が飛び散りながら金属音が鳴り響く。
「へえ、結構センスはあるのね」
しかしレヴィアタンは押され気味になりながらもマルクの息をつかせぬ猛攻を余裕の態度で防ぎ続けた。
「さっさと鎧の力を解放したらどう? そんなんじゃアタシには勝てないわよ !」
「うるせえ! 切り札は最後まで取っておくんだよ !」
マルクは荒々しく反論しながらヒレの一撃を叩き込んだ。
レヴィアタンはまだ力を隠し持っているに違いない。
早期に全力を出すのは危険と判断した。
「魚人水刃 !」
マルクは一旦距離を取ると腕のヒレ同士を擦り、水の真空刃を放った。
「そんなの、アタシにも出来るわ !」
レヴィアタンも同じように両腕を擦らせ、マルクのものと全く同じ水の真空刃を放ち、相殺させた。
「ちっ……魔王の名は伊達じゃねえな……」
息を切らせながら舌打ちをするマルク。
あれだけ攻撃を浴びせても、レヴィアタンは何事も無かったかのようにケロッとしていた。
両者の実力の間に大きな差があるのは言うまでも無い。
「ふふ、そろそろ嫉妬の魔王としての真の力を見せておこうかしら」
不敵な笑みを浮かべるレヴィアタン。
周りの兵士達は背筋が凍り、ざわめきだした。
ザーザー
突然魔界の上空に暗雲が立ち込め、大粒の雨が激しい音を立てて滝のように降り注ぎ、大地に叩きつけられながら霧のような飛沫を上げ始めた。
バチバチと閃光を放ちながら稲妻が光る。
瞬く間に辺り一面は水浸しになった。
「驚いたな、魔界にも雨が降るんだな」
「あら、何か勘違いしてない? この雨を降らせたのはアタシよ」
雨で全身を濡らしながら得意気に胸を張るレヴィアタン。
彼女は水属性の魔王で天候を操る力を持っていた。
「へっ、天気を操るのはすげえと思うが、見誤ったみてえだな、俺達 半魚人は、水を浴びるとパワーアップする !」
肌が水に濡れたことでマルクの全身に力がみなぎる。
だがレヴィアタンは可笑しそうにクスクスと笑っていた。
「かもね、だけどそれはアタシも同じよ」
レヴィアタンは拳に水を纏うと一瞬でマルクとの間合いを詰めた。
「何っ !?」
マルクは身構えるも遅かった。
レヴィアタンは水を纏った拳を振るい、目にも止まらぬパンチを連続でマルクに浴びせた。
先程とは比較にならない速さと重い一撃がマルクに反撃の余地を与えず、確実にダメージを与えていった。
(何だこいつ……動きが速すぎる…… !)
レヴィアタンの息をもつかせぬ攻撃の嵐にマルクは防ぐ事もできず、一方的に殴られ続けた。
殴られる度に汗と血が混ざり合い、飛沫を上げて飛び散る。
彼女の身体もまた、大量の水を浴びることで力を更に増していった。
「さっきまでの威勢はどうしたのかしら !」
レヴィアタンは腰を低く落とすと勢いつけて細い脚を振り上げ、マルクの顎を蹴り飛ばした。
マルクは血を覇気ながら宙を舞い、大地に叩きつけられた。
背中を強打し、脳が震動する程のダメージが全身を駆け巡った。
「くっ……」
激痛に耐えながらなんとか立ち上がろうとするマルク。
周囲の兵士達は口々に歓喜の声を上げながらレヴィアタンを応援した。
「凄いぜ、流石レヴィアタン様 !」
「半魚人が手も足も出ないぜ !」
レヴィアタンは返り血を拭いながら仰向けに倒れるマルクを冷徹な瞳で見下した。
「さっさと鎧の力を解放しなさい、そうじゃないと復讐にならないでしょ」
「まあそう焦るな……てめえだって、まだ本気出してねえだろ……」
マルクは息を荒げ、よろめきながら立ち上がった。
足元の水溜まりには赤い液体が混ざっていた。
「てめえの身体は人間の村娘のもんなんだろ、鎧の力を解放しても良いが、娘の身体を傷つけちまう……」
「お人好しね、この娘の身体を心配するなんて」
レヴィアタンは意外そうに笑みを浮かべた。
「まあ良いわ、アンタが本気になれないまま倒しても意味が無いし、それにこの身体にも飽きてきたことだし……でも、後悔することになるわよ」
レヴィアタンの表情が身の毛も弥立つ邪悪な笑顔に変わった。
「特別に見せてあげる、このアタシの本当の姿を…… !」
次の瞬間、レヴィアタン……否、少女の瞳が魂が抜けたように光を失い、虚ろな表情になると脱け殻のようにその場で崩れ落ちていった。
倒れた少女の身体から青い光の玉が現れ、宙に浮かび上がった。
そして青き光は徐々に肥大化し、巨大な竜の姿へと変化していった。
「リヴァイアサン……? いや、少し違うな……」
かつて古代亀の島の最深部で戦った、エレインの変身した竜の姿に似ていた。
海亀のような硬く頑丈な灰色の甲羅を背負い、青く煌めく鱗に全身を覆われ、首が長く鰐のような強靭な顎を持つ竜……。
レヴィアタンの真の姿が遂に降臨した。
「どう? この神々しく美しい姿……嫉妬しないでよ ?」
To Be Continued




