第三百五十四話・魔界、潜入
限界を超えたエルフの騎士と色欲の魔王の最後の一騎討ち。
勝敗を決したのはエルサだった。
心身ボロボロになり、魔力も一滴も残っていない中、最後の力を振り絞り、アスモデウスに致命傷を与えることに成功した。
「はぁ……はぁ……」
全身の力が抜け、地べたに突っ伏したまま動けないエルサ。
身体中傷だらけで呼吸をするのもやっとの状態だ。
一方アスモデウスもフルパワーを解放した反動もあってか、仰向けに倒れたまま動けずにいた。
大地は血に染まり、胸には深く剣で斬り込まれた痕が刻まれていた。
「僕の……敗けだ……はは……まさか……新たなハーレムを作る前に終わるなんて……」
力無く渇いた声で笑うアスモデウス。
「……何故だ……何故あの時……君は真正面から私の剣を……受け止めたんだ……」
エルサは蚊の鳴くような掠れた声でアスモデウスに問い掛けた。
満身創痍で体力も残っていないエルサの攻撃を避けることなど造作も無いはずだった。
「美しかったから……君に……見とれたからだ……」
アスモデウスは恥ずかしそうにしながら答えた。
「それに……君は僕を見ても……恐れはしなかった……気持ち悪がりもしなかった……こんな醜い姿だっていうのに……君は正面から向き合った……」
「……怖くも気持ち悪いとも……思ってないさ……ただ、君は強かった……またいつか手合わせしたいものだ……」
エルサはアスモデウスに顔を向け、静かに微笑みながら言った。
「ふふ……そんな日は来ないよ……だけど、楽しかった……僕は……数多くの美しい女達を……自分のものにしてきたけど……手に入らないからこそ……尊いものもあるんだな……マモンの気持ちが……少しは分かった気がするよ……」
微笑みながらそう言うとアスモデウスの身体は溶け、光の粒子となって天へと昇っていった。
紫色に禍々しく輝くオーブがエルサの元へ引き寄せられるかのように転がっていった。
「これが……アスモデウスの……色欲の力か……」
エルサはオーブを手にし、ぎゅっと抱き寄せながら深い眠りについた。
何はともあれ、これにて四人目の魔王を撃破した。
残る魔王は後三人。
エルサとアスモデウスが激闘を繰り広げている間、マルクは再び魔界へと足を踏み入れた。
鼻が折れ曲がる程の醜悪な障気が漂い、太陽も月も存在しない暗闇に包まれた世界……かつて崩壊した巨大な魔王城がそびえ立っていた。
そして城を守るように魔王軍の兵士達が大地を埋め尽くさんばかりに配備されていた。
元々魔界で待機していた者達に加え、ベルフェゴールに強制帰還させられた者達もいて、一人で突破するのは到底不可能になっていた。
「手薄になってると思ってたが、まだまだこんなに城の守りが固められていたとはな……」
大軍を目の前にして思わず愚痴を溢すマルク。
軍勢の中にはペルシア親衛隊やトレイギア、ゴブラと言った名のある強敵達も紛れていた。
「たった一人で魔界にやってくるとは、その無謀さだけは褒めてやろう」
トレイギアは冷徹な表情でマルクに呼び掛けた。
「るせえ!てめえらの張りぼてみてえな城なんざ、 俺一人で充分なんだよ !」
隙を見せまいと虚勢を張るマルク。
だがその拳は緊張と恐怖に震えていた。
「アスモデウスまでやられてしまったか……」
魔王城の玉座では三人の魔王が揃って水晶の前に集まり、外界の情勢を確認していた。
「あんな女に隙を見せるなんて、ほんと馬鹿なんだから……」
レヴィアタンはがっかりした様子で肩を落としていた。
「所で貴様ら、魔界にたった一人の侵入者がやって来たようだが」
ルシファーは水晶に触れ、映像を切り替えた。
水晶にはマルクと兵士達が対峙している様子が鮮明に映し出されていた。
「誰かと思えば半魚人か……このような雑魚、軍を総動員させるまでも無かろう、適当に葬っておけ」
小馬鹿にしたようにサタンは吐き捨てた。
だがレヴィアタンはかぶり付くように水晶に顔を近付けた。
「ちょっと待って…… ! この男、腕に装着してる……伝説の鎧…… !」
レヴィアタンの顔がみるみる強張り、彼女の脳裏に苦い思い出が蘇ってくる。
かつて半魚人の英雄メイツと戦った時、伝説の鎧「巨大魚幻獣の鎧」の力によって深傷を負わされた事があった。
彼女にとっては忘れられない最大の屈辱だった。
「言っておくが、あの男はお前の憎む英雄では無いぞ」
「分かってるわ……だけど、鎧に選ばれた継承者って事に変わりは無いみたい……良い機会だわ……ちょっと行ってくる」
レヴィアタンは目の色を変え、玉座の部屋を飛び出していった。
「あの小娘がやられたら、いよいよ我々だけになるな」
サタンは余裕の態度で呟いた。
「笑えないな……」
魔王軍の兵士達の殆どが総動員で侵入者を迎えに行った為、城内は手薄となっていた。
一足早くヴェルザードを救出しに魔界に潜伏したヒュウは迷路のように広大な城の中を探し回っていた。
「ヴェル……無事でいてくれよ……」
To Be Continued




