第三百四十七話・怠惰-スロース-
スライムの力でベルフェゴールを閉じ込め、更にアイリの氷魔法で氷結させ、完全に動きを封じ込めることに成功した。
ルーシー達は氷漬けとなったベルフェゴールに対し、一斉に攻撃を仕掛けた。
ルーシーは剣に風の魔力を込め、高速で乱れ突きを繰り出し、ヴェロスは太刀のように研ぎ澄まされた爪を縦に振り下ろし、フライは己の三倍はある巨大なハンマーを彼女の頭上目掛けて叩きつけようとした。
だが攻撃が命中する直前、氷漬けになったはずのベルフェゴールは周囲を飲み込む程の発光をし、ルーシー達を怯ませ、攻撃を中断させた。
ベルフェゴールは内側から魔力を膨張させ、自分を包み込む凍りついたスライムを跡形もなく粉砕した。
「きゃっ……何…… !?」
「馬鹿な……自力で破ったのか…… ?」
アイリとグラッケンは驚きを隠せなかった。
肉体的にも貧弱で魔王の中でも筋力の無さそうに思われていたベルフェゴールだが、自らを封じ込める拘束を無理矢理破壊する程の力を内に秘めていた。
耳を引き裂くくらいの激しい爆発音が響き渡り、粉々になった氷の欠片が辺り一面に散乱する。
やがて氷は溶け、バラバラに飛び散り肉片となった分身達は何事も無かったかのように元に戻っていった。
「あーあ、私としたことが、少しムキになりすぎたかなー」
氷を解き、平静さを装うベルフェゴール。
だが内心はかなり苛立ちを覚えていた。
「この !」
「うるさいよ」
ベルフェゴールは舌打ちをしながら剣を振り上げ、果敢に向かってきたルーシーを蹴り飛ばした。
「ルーシー !」
「俺もいることを忘れるなよ !」
全身を艶めく銀の鎧に身を包んだコルトは体を丸めながら闇雲にベルフェゴールに突撃をした。
だがベルフェゴールは手のひらを突き出し、張り手のみで武装したコルトをあっさりと吹っ飛ばした。
やはり彼女も魔王の一人、常人を遥かに超えた身体能力を有しており、並の魔族や魔術師では歯が立たない。
次々と仲間が倒れてゆく。
「う……私も精神系の能力だから相性最悪なのよね……」
狼狽えながらズルズルと後退するサシャ。
サキュバスである彼女は相手を惑わす精神操作系の力を得意とするが、ベルフェゴールは彼女の上位互換……。
無意味なのは火を見るよりも明らかだった。
「だけど……やるしかないわ !」
サシャは精神を集中させ、ベルフェゴールだけが認知出来る幻影を作り出した。
15メートルはあるおぞましい異形の怪物。
大抵の相手は現実と大差ない完成度の幻影を見抜けず、精神を崩壊させてしまう。
「さあ、あの女を喰らいなさい !」
異形の怪物はグロテスクな巨大な口を開け、出鱈目に生え並んだ刃のように鋭い牙を剥き出しにさせ、唾液を撒き散らしながらベルフェゴールに噛みつこうとした。
「私を騙せると思ってるの ?」
ベルフェゴールはうんざりした様子で近付いてきた怪物に一発パンチを入れた。
彼女の腕がナイフのように怪物の腹を貫く。
怪物は煙となって分散し、消えていった。
「精神操作系のエキスパートである私に精神操作技が効くわけないじゃん」
「本当にそう思う ?」
ニヤリと笑みを浮かべるサシャ。
ベルフェゴールは異変を感じ、辺りを見回してみた。
倒したはずの怪物が黒い霧となってベルフェゴールの周辺を漂う。
「下手な小細工はやめなよ、みっともない」
なおも余裕の態度を崩さないベルフェゴール。
だがそんな言葉とは裏腹に彼女の頬を冷たい汗が伝っていた。
「う……何だか眠いよ……」
霧を吸い込んでしまったベルフェゴールは突然の眠気に襲われ、その場で寝込んでしまった。
「うう……やだ……やめて……怖い……」
眠りにつきながらも全身汗だくになり、苦痛に顔を歪めるベルフェゴール。
どうなら悪夢にうなされているようだ。
「サシャ、お前何をしたんだ ?」
「あいつが良い夢を見せてきたからこっちは悪い夢を見せてあげてるのよ、彼女が最も恐れる悪夢をね」
意地悪そうに微笑むサシャ。
遥か昔、ベルフェゴールは魔王になる前、厳しすぎる上司によって寝る暇も無く酷使され、心身共にズタボロに追い込まれたことがあった。
魔王に選ばれてからはなるべく自分の力で戦わず、怠惰を貪るようになった。
ベルフェゴールが怠惰の魔王たる所以……それは心が壊れるまで働きたくないという思いの裏返しでもあった。
サシャの力により、彼女は潜在的に眠る忌まわしき過去の記憶を体験させられていた。
「どんな人にも辛い過去はある……それは魔王とて例外じゃないわ」
「ひえ……」
魔王すら手玉に取るえげつない彼女の精神攻撃に対し、仲間であるヴェロスやフライも引いていた。
「ぬわぁぁぁぁぁぁ !!!」
ベルフェゴールは強引に睡眠を打ち破り、覚醒した。
だが精神攻撃による負荷は凄まじく、彼女から気力と体力を根こそぎ奪っていった。
息を切らしながらこちらをキリッと睨み付ける。
僅か数十秒の睡眠だったが、彼女にとっては永劫とも言える苦痛の時間だった。
「今の奴なら俺達でも倒せるかも知れない」
「もう一踏ん張りってことだね !」
ルーシー、フライ、ヴェロスはそれぞれ武器を構え、戦闘体勢に入った。
ベルフェゴールは先程の余裕が完全に消え、鬼のような形相を浮かべながら怒りに身を震わせていた。
「お前達皆、永遠に覚めない悪夢へ誘ってあげる !」
ベルフェゴールは奇声を上げ、獣のように猛然と襲い掛かってきた。
以前のような絶対的な魔力は失われたものの、その迫力に三人は気圧されかかった。
「怯むな! ぶちのめせ !」
フライは巨大なハンマーを力任せに振り下ろし、思い切り大地へ叩きつけた。
「大地の変動 !!!」
叩きつけられた震動で大地が波打つように揺れ、巨大な衝撃波が津波のように押し寄せ、地面を這いながらベルフェゴールに襲い掛かった。
「くっ! こんなもの !」
怒りで我を忘れながらベルフェゴールは両腕を突き出し、大地の衝撃波を押さえ込もうとする。
「はっ !」
その隙を狙い、ヴェロスは俊敏に動き回りながらベルフェゴールに連続攻撃を浴びせた。
丸太すらズタズタに切り裂く強靭な爪がベルフェゴールの肌を赤く染める。
「小賢しいんだよ !」
ベルフェゴールは怒声を上げながら鋭く回し蹴りをヴェロスに打ち込んだ。
だがヴェロスは蹴りをすんなりとかわし、バク転しながら宙を舞った。
「兄弟達よ、力を貸せ! 三頭魔犬破裂光 !」
三つの口が大きく開き、上空から禍々しい紫色の光を放ち、ベルフェゴールを飲み込んだ。
凄まじく強大な光線がベルフェゴールの全身を焼き尽くす。
この世のものとは思えないおぞましい悲鳴を上げながらベルフェゴールはのたうち回った。
「はぁ……はぁ……」
膝をつき、呼吸する力も残ってないくらい疲弊し、追い詰められたベルフェゴール。
度重なるダメージが蓄積され、既に彼女は虫の息だった。
「おのれ……何でこの私がこんなにダメージを喰らってるの……有り得ない……有り得ないんだよぉぉぉぉ !!!」
飄々としていた彼女の面影は何処にもない。
いるのは獣のように雄叫びを上げ、感情のままに怒り狂う女だけだった。
「皆ご苦労さん、後は僕がやるよ」
ルーシーはベルフェゴールに向かってゆっくりと進んでいった。
手にした剣を強く握り、真剣な表情で敵を睨みながら剣を構える。
「はぁ……はぁ……ダークエルフ……お前だけでも道連れにしてやるぅぅぅぅ !!!」
ベルフェゴールは正気を失い、涎を撒き散らしながら化け物のような表情でルーシーに飛びかかった。
手のひらには緑色に煌めく禍々しいエネルギーが込められていた。
「闇風斬波 !!!」
ルーシーは全身に闇のオーラを纏い、影と一体になりながら目にも止まらぬ速さで加速し、空を切り裂きながらベルフェゴールを何十発もの剣撃を浴びせた。
「あ……あぁ……」
ベルフェゴールの動きが止まる。
ガクガクと震えながら両ヒザが地面にゆっくりとつき、崩れ落ちていく。
やがて白目を剥きながらうつ伏せに倒れた。
肉体は崩壊して緑色の粒子となり、空へと消滅した。
一息つきながら剣を鞘に納めるルーシーの足元には引き寄せられるかのように緑色のオーブが転がった。
To Be Continued




