第三百四十三話・夢世界
「んん……ここは……」
目が覚めるとルーシーはガメロット城の周辺ではなく、辺境にある小さな村にいた。
ルーシーは草原で仰向けになりながら大の字になっていた。
「ルーシー、いつまで寝てるんだ、稽古の時間だぞ」
ルーシーを呼ぶ、聞き覚えのある声が聞こえた。
顔を上げるとそこにはエルサの姿があった。
普段身に付けている甲冑では無く、村人らしい質素な服を着ていた。
「お姉ちゃん……あれ、僕は今魔王ベルフェゴールと戦ってて……」
「何を寝ぼけてるんだ? さっさと稽古場に来い、私も君も、このエルフの村を守る戦士になるんだからな」
エルサは呆れながらルーシーの腕を引っ張った。
(あれ……おかしい……僕の故郷は、魔獣に滅ぼされたはずなのに……)
ルーシーは疑問に思った。
魔獣に襲われた形跡は影も形も無く、周りにいるエルフ達も幸せそうな様子だった。
「ね、ねえ……お姉ちゃん? 無限の結束って知ってる…… ?」
ルーシーは恐る恐るエルサに尋ねてみた。
「メビウム? 何だそれは ?」
エルサはきょとんとしていた。
あろうことか自分がリーダーを務めている騎士団の名前を彼女は知らなかった。
(もしかしてここは……魔獣に襲われなかった世界なの…… ?)
ルーシーはすぐに察しがついた。
ここが現実ではない偽りの世界だということに。
本来の歴史ではルーシーとエルサは幼少期に村を鎧の魔獣に襲撃され、離れ離れになってしまっていた。
エルサはオーガ族のブラゴに、ルーシーは魔導師デビッドにそれぞれ拾われ、再会するまで別々の人生を歩んできた。
どうやらここは二人が生き別れることなく、何事もなく村で成長し、幸せに暮らしている世界線のようだった。
倒れている囚人達もルーシーと同じく夢の世界に囚われているのだろう。
(う……ベルフェゴールの奴……何考えてるの……)
ルーシーは目の前にいるエルサもこの世界も全部が虚構だと分かっていながら、何も言えないままエルサに連れられ、稽古場へ向かっていった。
「ここは……」
ヴェロスは気が付くと小さな洞穴の中にいた。
辺りを見回すと見覚えのある風景が広がった。
「俺は一体……」
ヴェロスは自分の声がいつもより少し高くなっていることに気付いた。
ペタペタと全身を触り、感覚で一回り小さくなっている事が分かった。
今のヴェロスは14歳くらいの少年になっていた。
「お兄ちゃーん !」
懐かしい聞き覚えのある二人の子供の声が聞こえた。
もう二度と聞くことの出来ない声が……。
「ケイ、ルウ……」
かつて冒険者達に殺されたヴェロスの幼い二人の弟達……。
何故か二人は生きており、果物や野菜等を運びながら帰って来た。
二人共泥だらけになりながらニッコリと微笑んだ。
「兄ちゃん体調どう? これ食べて早く元気になってよ」
「僕らももう外で食べ物探すこと出来るようになったんだから」
「ケイ……ルウ……もう二度と……会えないと思ってた……」
ヴェロスの目に大粒の涙が浮かんだ。
咽び泣きながらたまらず二人を抱き締める。
「お、お兄ちゃん……どうしたんだよ」
「具合悪いの…… ?」
ケイとルウは戸惑いながらもヴェロスの背中を優しく擦った。
あまりにも都合が良すぎる展開、普段のヴェロスならすぐに看破出来たのだが、目の前に現れた二人の弟を前にヴェロスの感情は喜びに埋め尽くされ、正常な判断力を失ってしまった。
例え夢でも良い……ずっとこのまま一緒にいたい……ヴェロスはそう思った。
「あーあ、もう終わっちゃった、つまんないの」
現実世界では横たわるルーシーとヴェロスをつまらなそうに見下ろすベルフェゴールの姿があった。
ルーシーもヴェロスもベルフェゴールの力により、心地良い夢に浸っており、目覚めることは無い。
「私の夢から覚めるには相当強靭な精神力が必要だけど、まあ無理だよね」
ベルフェゴールは暗黒微笑を浮かべた。
心地良い夢から覚めると、辛い現実が待っている。
人の心とは弱く脆い……自分の意志でわざわざ理想を手放すなど簡単なことでは無かった。
「本当に私に刃向かえる人達いなくなっちゃった……」
ベルフェゴールはあくびをしながら巨大な城を見上げる。
「あの人達にも夢を見せてあげなくちゃ……魔王軍の侵攻に怯えることのない、幸せな夢を……」
To Be Continued




