第三百四十話・暴食に打ち勝て!
「絶対に離すんじゃねえぞ」
不安に怯える少女を勇気づけながら少年は囁いた。
ベルゼブブから逃れ、地上から200キロメートル程もある高さから落ちていくグレンとコロナ。
だがグレンはコロナを強く抱き締めながら電撃と一体となり、落雷と共に光の速さで地上へと帰還した。
落雷が勢い良く地面に突き刺さり、眩い青白い閃光と獣の咆哮のような轟音が鳴り響く。
「……はぁ……はぁ……俺達……助かったのか…… ?」
当然コロナも無事だ。
グレンはコロナを抱き抱え、息を荒くしながらしっかりと足が大地についていることを確認していた。
「ん……ここは……」
コロナは目が覚めるとと不思議そうに辺りを見回した。
そして自分がグレンの腕でお姫様抱っこされていることに気が付いた。
「わわっ !」
思わず頬を赤らめ、両手で顔を覆うコロナ。
グレンは恥ずかしがるコロナの姿を見てじわじわと意識が芽生えた。
「ごめん……男の子にお姫様抱っこされるの……初めてだったから……」
「お、俺も……女の子を抱っこしたことなんて今まで無かったし……」
グレンとコロナは互いに顔を赤らめなが目をら背けていた。
(グレンてこんなに格好良かったっけ……)
「グレン、コロナ !」
クロスは大慌てでグレンとコロナの元へ駆け寄った。
「いつまでくっついてるんだ、離れろ」
クロスはムッとしながらグレンからコロナを降ろさせた。
「グレン……無事で良かった……」
クロスは目に涙を浮かべながら安堵した。
本当にグレンが死んでしまうのでは無いかと内心生きた心地がしなかった。
「へへ、俺は神器に選ばれた男だぜ! こんな所で死なねえよ」
グレンは得意気に鼻を擦った。
「グレンー! 」
後からブラゴとデュークが大声を上げながら駆け付けた。
二人とも全身汗ダラダラであった。
「グレン……死んだかと思ったじゃないかい……心配させるんじゃないよ」
ブラゴは目に涙を溜めながらグレンを抱き締めようとしたが……。
「う、くさっ! 」
ブラゴは鼻を摘まみながら顔面蒼白になり、グレンから距離を置いた。
グレンはベルゼブブの体内に消化されかけており、全身胃液にまみれていた。
「うっ……そう言えば俺ベルゼブブに食われてたんだ……どうしよう」
「私に任せて、浄化噴水」
コロナは杖を天高く掲げると先端が青く発光し、透き通るような綺麗な真水の塊をグレンの頭上に召喚した。
真水の塊は弾け、グレンに向かってシャワーのように降り注いだ。
グレンの全身にまとわりつく粘りついた胃液や悪臭が嘘のように浄化されていく。
「不純物を溶かし、綺麗な真水へと変える水の上級魔法か……大した娘だな」
デュークはコロナをまじまじと見つめながら感心していた。
「ありがとうコロナ」
グレンはコロナに向かって笑みを浮かべた。
コロナもまた頬を紅潮させながらはにかんだ。
何だか良い雰囲気の二人をブラゴは微笑ましく思った。
「グレンの奴も隅に置けないねえ、お似合いじゃないかい」
「いやそんなはずはない、談じてない」
きっぱりと否定するクロス。
まるで娘に彼氏が出来た時の父親のようだった。
「まだ……まだ終わってないわよぉぉぉぉ !」
和気藹々な空気をぶち壊す程の怒声が天から聞こえた。
全身にスパークを走らせ、ズタボロのベルゼブブが怒りに震えながら降臨した。
どれだけ強靭な肉体を持っていても、体内までは鍛えられなかったようで、文字通り虫の息だった。
「このアタシをコケにしてくれたこと……骨の髄まで後悔させてあげるわ !」
ベルゼブブは羽音を鳴らしながら羽を強く羽ばたかせ、衝撃波で周辺の物を吹き飛ばした。
「コロナ、クロス! もう一踏ん張りだ! あの怪物を倒すぜ !」
「「はい !」」
グレンとクロスとコロナは一斉に駆け出し、猛然と突進を仕掛けてくるベルゼブブに挑んだ。
グレンに内側から攻撃を喰らった為、大幅に弱体化してる今が絶好のチャンスだ。
「アタシにはこの羽があるのよ !」
ベルゼブブは巨大な二枚の羽を大きく羽ばたかせ、風圧を巻き起こしながら空を飛ぼうとした。
だが弱体化している為、人一人吹き飛ばせる程の風圧は出せなかった。
「させねえぞ! クロス !」
「ああ !」
グレンは全身に電撃を纏い、クロスは身軽な小さいカラスに姿を変え、超加速しながらベルゼブブに接近し、背後に回り込んだ。
「鬼火花 !」
「黒翼斬 !」
ズバッ
「くうっ !」
グレンは剣、クロスは翼でベルゼブブの背中を切り裂き、彼女から再び羽を奪った。
ベルゼブブの背中から花びらのように透き通る羽が儚く舞い散る。
羽を失い、バランスを崩しながら地面へと落下し、顔面から転倒するベルゼブブ。
「おのれぇ…… !」
「今だコロナ !」
クロスが力一杯叫ぶ。
コロナは息を深呼吸をすると杖を構え、倒れているベルゼブブに標準を合わせた。
杖の先から、七色の輝きが集まって凝縮されてゆく。
「渦流最高光 !」
コロナが叫ぶと杖の先端から七色の光線が勢い良く解き放たれた。
炎、水、土、風、光、闇の力が混ざり合い、神々しい究極の輝きがベルゼブブに迫りくる。
「そんなもの、食らい尽くしてやるわ !」
ベルゼブブは大きく口を開け、七色の光線を飲み込もうとしたが、七色の光線は絶えることなく彼女の口に注ぎ込まれる。
「くっ…… !」
「俺も力を貸すぜ」
いつの間にかコロナの隣にグレンが並び立っていた。
グレンは電撃を帯びた剣を振りかぶり、力一杯縦に振り下ろした。
「鬼電磁砲 !」
高出力の凄まじい電撃波が風を切り裂きながら放たれ、龍のように七色の光線を這いながら融け合ってゆく。
雷属性の力が加わり、魔力が爆発的に跳ね上がり、凄まじい輝きを放った。
「ぐ、ぐぼぼ…… !?」
ベルゼブブは流石に吸収し切れず、苦しそうに呻きながら後ろへと後退る。
コロナとグレンは攻撃の手を緩めない。
「「はぁぁぁぁぁぁ !!!」」
二人は更に魔力を高め、出力を限界まで引き出す。
ベルゼブブの腹がボールのようにはち切れんばかりに膨れ上がった。
「ぐ……ギャアアアアア !!!」
遂に耐え切れずにベルゼブブは決壊した。
この世のものとは思えない邪悪な断末魔を上げながら大爆発を起こし、爆炎と七色の閃光に包まれた。
獣の咆哮によく似た轟音が周りに響き渡る。
「はぁ……はぁ……」
魔力の底が尽き、グレンとコロナは急な脱力感に襲われ、仰向けに倒れた。
これ以上はもう動くことも出来ない。
「やったのか…… ?」
煙が晴れると怪物の姿は無く、ボロボロで立ち尽くす変わり果てた女の姿があった。
自慢の羽も失い、身体中は焦げにまみれ、白目を向いており、生気を感じなかった。
「暴食の……魔王が……ガキ共に……負けるなんて……嘘よ……」
聞こえるか聞こえないかのか細い声で呟き、ベルゼブブは静かに後ろへと倒れた。
やがて肉体は崩壊して粒子となり、天へと昇っていった。
地面には爆発した焦げ跡と大きな黒いオーブが転がっていた。
To Be Continued




