第三百三十三十八話・飢餓の女王
オーガの里を守る為、突如襲来した暴食の魔王ベルゼブブにグレン、クロス、コロナは三人がかりで挑む。
ベルゼブブは手の届かない高さまで飛び、地上にいる者達を虫けらのように見下していた。
まずは彼女のいる所まで近付く必要があった。
「コロナ、頼む !」
「うん !」
コロナは頷くと杖を振り上げ、コツンと地面をつついた。
「土階段 !」
グレンの足元がボコボコと盛り上がり、竜の首のように勢い良く伸びた。
グレンを乗せながらベルゼブブの元まで上空へと伸び続けていく。
「土属性の魔法……あのお嬢ちゃんは魔女なのね」
感心した様子のベルゼブブ。
グレンは剣を構えながらベルゼブブに接近した。
「考えたじゃない、アタシに近付くなんて、でもさっきのカラスの坊やと同じよ! 地力の差でアタシには勝てない !」
「そうかな !」
グレンは全身に電気を纏ってジャンプし、電撃と一体となりながら光の速さでベルゼブブの背後に回り込んだ。
「ずあっ !」
「そう言うことね !」
グレンの意図に気付いたベルゼブブは不覚を取りつつもすぐさま振り向き、対処しようとした。
だがその瞬間、クロスが飛び出し、彼女の動きを封じた。
「くっ、離せ !」
クロスはベルゼブブの腕を食らいつくように掴み、絶対に離さなかった。
ベルゼブブは鬱陶しそうにクロスを引き剥がそうと暴れた。
ズバァンッ
グレンは勢い良く剣を縦に振り下ろし、ベルゼブブの背中に生えていた羽を切り落とした。
「しまった…… !」
ベルゼブブは自慢の羽を失い、地上へと落ちていった。
「やったぜ! ってやべえ落ちる !」
グレンは高く盛り上がった土の階段から離れ、足場のない空中にいることに気付いた。
危うく落ちる所だったがクロスがグレンを拾い上げた。
「全く、お前は相変わらず無茶をするんだから」
「へへへ……」
クロスは呆れながらも少しだけ笑っていた。
グレンも照れ臭そうに頭を掻きながら苦笑いをした。
「うくく……おのれ……」
地上に落下したベルゼブブはすぐさま体勢を立て直し、怒りに満ちた表情でグレン達を睨んでいた。
ベルゼブブの強靭な肉体では落下した衝撃では致命傷には至らなかったがそれでも子供に誇り高い羽を切られた怒りは大きかった。
「私とあろうことが、子供だと思って甘く見てたわ……良いわ、こうなったら魔王の恐ろしさ、骨の髄まで思い知らせてあげる !」
ベルゼブブは悪魔のような邪悪な笑みを浮かべ、黒く燃え上がるオーラを全身から放った。
ただならぬ空気を肌で感じ、グレン達は身構える。
「コロナ、クロス! 二人は援護を頼む !」
グレンは二人に告げると剣を握りながらベルゼブブに向かって走り出した。
「おい! ……仕方ない、コロナ行くぞ」
「うん…… !」
クロスは翼を広げ、無数の黒い羽根を飛ばし、
コロナは杖を振り上げ、小さな無数の火球を自在に操り、ベルゼブブを遠くから攻撃する。
グレンは剣に電撃を纏わせ、本気を出したベルゼブブに接近していった。
「無駄よ、飛び道具はアタシには通じないわ !」
ベルゼブブは腹部に大きく描かれた巨大な目玉を開眼させ、竜巻のように火球と黒い羽根を吸い込んだ。
「そんな…… !」
「僕達の魔力があの女の餌になったのか…… !」
二人の遠距離攻撃が全く意味を成さなかったが、グレンは構わず突き進む。
「今度は俺が相手だぜ !」
「アンタに羽を切られた恨み、晴らしてあげるわ !」
ベルゼブブは狂気を孕んだ目付きでグレンを捉える。
グレンは加速して間合いを詰め、風を切り裂きながら剣を振るう。
「鬼花火 !」
火花が四方八方に飛び散り、キンキンと甲高い金属音が絶え間無く鳴り響く。
電撃を帯びた刃が何度もベルゼブブの体に命中するも、魔王と呼ばれた彼女の鍛え抜かれた肉体には傷一つ入らなかった。
「うふっ、いくら神器と言えど、使用者が未熟ならこんなものね」
ベルゼブブは華麗な回し蹴りでグレンを蹴り飛ばした。
グレンは顔面を蹴られ、口を切り、血を吐きながら地面を転がった。
「グレン !!」
グレンを助けようとクロスとコロナが駆け寄ろうとした。
「雑魚は引っ込んでなさい !」
だがベルゼブブはエネルギー弾を無数に降り注がせ、二人の行く手を阻んだ。
迂闊に近付けばエネルギー弾の餌食となる。
「ちきしょお……」
グレンは剣を握り締めながらゆっくりと立ち上がる。
魔王の蹴りをまともに喰らい、たった一撃で脳が揺れる程だった。
「アンタはまだまだ子供……だけど高い潜在能力を秘めているのは確かね……」
ベルゼブブはボロボロのグレンを吟味しながら何か企んでいた。
「何をする気だよ……」
「決めたわ……今のうちにアンタを補食する !」
ベルゼブブの腹部に描かれた巨大な瞳がカッと開眼した。
その瞬間、グレンは自由を奪われ、体が宙を浮いた。
「わっ……なんだよこれ !」
グレンは必死に暴れるも、逃れられなかった。
「いただきます」
ベルゼブブが宣言すると、腹の目玉は大きく息を吸い込んだ。
グレンは無抵抗のまま、ベルゼブブの腹の中に引力によって吸い寄せられていく。
さっき食われた兵士達のように……。
「逃げろグレン !」
「グレンを食べないで !」
クロス達の必死な叫びも虚しく、グレンはベルゼブブの腹の中へと飲み込まれてしまった。
「そんな……」
絶望し、呆然と膝をつく二人。
ブラゴも目の前で最愛の弟が食われ、目の前が真っ白になっていた。
「何て奴だ……あんな小さい子供を容赦なく食いやがった……」
デュークはベルゼブブの想像を越えた行為に背筋を凍らせていた。
「ご馳走さまでした……さあて、完全消化には時間がかかるし、それまで遊んであげるわ」
ベルゼブブは全身に力を込め始めた。
彼女が魔力を高めた影響なのか、大地が鳴動し、大気がピリピリと震えた。
身体中に青白いスパークが走る。
「はぁぁぁぁぁぁ !!!」
ベルゼブブの体に異変が起こった。
切り落とされたはずの羽が生え、全身の肌が鉱石のように黒く染まって行く。
美しかった女の顔が触覚を生やしたおぞましい虫のようなものへと変化し、ブクブクと全身が肥大化していった。
やがて人の姿の原型がなくなり、巨大な黒い蝿の化け物へと豹変した。
これこそが、暴食の魔王・ベルゼブブの本来の姿だ。
「生き残った貴方達も一匹残らず平らげてあげるわ~」
ベルゼブブは加工されたかのように低く重々しい声で宣言した。
グレンが補食された今、この暴食の女王に勝つ術はあるのだろうか……。
To Be Continued




