第三百三十五話・聖霊女王の最期
ミライと聖霊達との激闘の末、強欲の魔王、マモンは遂に倒れた。
今まで緊張と沈黙に重苦しく包まれていた森全体に歓声が響き渡った。
「はぁ……はぁ……」
ミライはマモンを倒すために大気圏へと突入するなど無茶をし、身体中がボロボロだった。
「大丈夫ですか」
比較的軽傷のリアとサラが自力で立てる体力も残ってないミライを二人で支えた。
「ありがと~、でもやっと終わったね~」
ヘロヘロになりながらミライは笑みを浮かべた。
「お前が居なかったら森は守れなかった……ありがとう」
ジンはミライに近付きながら照れ臭そうに礼を言った。
決して一人では魔王を倒すことは出来なかった。
聖霊達とミライによるチームワークの勝利だ。
「そ、そうだ……! 聖霊女王様は !?」
ジン達はハッとなり、切り株の上に横たわる女王の元へ駆け寄った。
女王は力を使い果たし、虫の息だった。
「そんな……女王様……」
「女王様……私達を助ける為に……」
聖霊達は彼女がもう助からないことを悟り、悲観に暮れた。
「……ティア……」
ミライ達はビクッとした。
振り向くとそこにはゾンビのようにゆらゆらと立っているマモンの姿があった。
「マモンっ…… !」
「まだ動けるなんて…… !」
思わず身構えるミライ達。
だがマモンは様子が可笑しかった。
体を小刻みに震わせながら吐血し、赤い液体を地面にぶちまけた。
既にマモンの体も度重なるダメージで限界だった。
「心配するな……もう勝負はついた……私の敗けだ……私はティアとの賭けに負けたんだ……」
マモンは蚊の鳴くような掠れた声で呟くと片足を引きずりながら女王の横たわる切り株へと向かった。
「そんなの、信じられるかよ !」
「お前達……手を出してはならぬ……」
女王は今にも襲いかかろうとする聖霊達を制止した。
聖霊達は弱っててもなお力強い女王の威光の前に何も言わなかった。
やがてマモンは満身創痍の状態でやつれきった女王を優しく抱き締めた。
「……君が信じた未来は……本物のようだ……私には奪えなかった……君は私よりも強欲だな」
マモンは女王の顔を見下ろしながら微笑みかけた。
「……頼もしい……私の後継者達……だろ……」
女王は掠れた声で答える。
「すまなかったな……君を救えなくて……」
マモンは悲しげな表情を浮かべながら申し訳無さそうに頭を下げる。
「……気に病むことは無い……私も融通が効かなかった……もっと強欲になるべきだった……もっと……君といたいと……ワガママになっても良かったのに……」
女王の目に大粒の涙が浮かぶ。
二人の哀愁漂う背中を聖霊達は黙って見守っていた。
マモンと女王は互いに手を握り合った。
「もしまた……互いに生まれ変われたら……今度こそ君を奪いにいく……」
「た……楽しみにしておるぞ……」
やがてマモンと女王の体から粒子が漏れ、溶け始めた。
限界を迎えた二人の肉体は間も無く消滅するだろう。
「ジン……」
「はい…… !」
女王に名前を呼ばれ、ジンは前に出た。
「お前には聖霊女王としての力を授けておいた……これからはお前が聖霊王となり、私に代わってこの森を守るのだ……」
女王の最後の命令にジンは涙を流しながら頷いた。
「リア……サラ……お前達には感謝している……今まで支えてくれてありがとう……これからは聖霊王となったジンの隣に立ち、支えてやってくれ」
「「はい、聖霊女王様…… !」」
リアもサラも溢れる涙を抑えらず、泣き崩れた。
「ミライよ……そなたには感謝しきれんな……そなたが居なければ、森を守れなかった……私の呼び掛けに応えてくれてありがとう」
女王はミライに向かって精一杯の笑顔を向けた。
「そんなの……当たり前だよ~」
ミライは悲しみを堪え、涙に濡れた顔を翼で拭った。
「さて……そろそろ時間か……」
数千年もの間、この森を守り続けた聖霊女王の命も、間も無く終わりを迎えようとしていた。
妖精達は彼女を囲むように集まり、別れを惜しみながら涙した。
「……ティア……愛してるぞ……」
マモンは微かに笑みを浮かべながら一足先に空へと溶けていった。
足元には青色のオーブが転がった。
「私もだ……マモン……」
マモンに続き、女王も光の粒子となって消えようとしていた。
「お前達……私がいなくとも、元気にするんだぞ……」
女王は最後の言葉を聖霊達に送ると全身が粒子となって青空の中へと消えていった。
未来を若者達に託し、果てしなく長い時間を生きた女王は遂に人生に幕を下ろした。
強欲の魔王、マモンを退け、聖霊の森に平和が訪れた。
女王から力を受け継いだジンは聖霊王となり、森全体に新たな結界を張った。
これでもう邪悪な存在は侵入出来ない。
幸いマモン一人による襲撃だった為、そこまで森に大きな被害は出なかった。
「ミライ、お前には世話になったな」
「えへへ~、皆の協力があったからだよ~」
ミライは照れ臭そうに頭を掻いた。
「所でマモンが消滅した場所にこんなのが落ちていたんだが、お前に託すぜ」
ジンは岩石程の大きさのある青い球体をミライに渡した。
「何これ~、綺麗~」
「そのオーブは恐らく強欲の魔王、マモンの力の結晶でしょう……マモンが消滅したことによってオーブのみが抽出された……のかも知れません」
リアはちんぷんかんぷんな様子のミライ丁寧に説明した。
「要するに魔王の力の塊って奴だな、お前が持ってた方が良い」
「アタシ達聖霊と相性最悪だしね」
ミライは光輝くオーブをまじまじと見つめた。
「分かった~、大事に取っておくね~」
ミライは笑顔で言った。
そしていよいよ森を去る時が来た。
マモンは倒れたが魔王は後六人も残っている。
ミライの戦いは終わってなどいない。
「俺達はこの森から離れられない……ミライ、頑張れよ」
「応援してるね」
「困ったらいつでも来てくださいね」
ジン達は別れを惜しみながらミライに労いの言葉をかけた。
「皆ありがと~、それじゃ、行ってきま~す !」
ミライは翼を羽ばたかせ、真っ直ぐに飛び去っていった。
「ミライ……聖霊女王様……俺達はきっと、森を守って見せる…… !」
飛び去っていくミライの背中をいつまでも見送りながらジンは決意を新たにした。
一方オーガの里の近辺では魔王軍とオーガ族の争いが繰り広げられていた。
オーガ族は里に一歩も近付けまいと軍勢相手に奮戦していた。
その様子を空高くから見つめる者がいた。
「あら……面白そうなことやってるじゃない、アタシも混ぜてほしいわ」
蝿のように透き通った巨大な羽を羽ばたかせながら地上を見下ろし、一人の女がほくそ笑んでいた。
To Be Continued




