第三百三十四話・強欲-グリード-
ミライの機転によって追い詰められた魔王マモンは遂に本気を出した。
「全能強欲化」……。
肉体への負担を考慮し、普段は一瞬の間だけ身体能力の一部を底上げしていた。
だが本気になったマモンは数分間、己の体力が尽きるまで身体能力の全てを一時的に最大まで高めることが出来る。
一歩間違えば命を落としかねない諸刃の剣だ。
「うおおおおおおお !!!」
冷静沈着なマモンにしては珍しく野獣のような荒々しい雄叫びを上げ、ミライとジンに突っ込んでいった。
「来るぞ !」
「うん !」
ただならぬ雰囲気を肌で感じ、思わず身震いしながらも身構えるミライ達。
マモンは泥を撒き散らしながら加速し、一気に走り出した。
ズバンッ
マモンが走り、鋭い風が物凄い速さで二人を通り抜けた刹那、ミライとジンはかまいたちにでもあったかのように大量の血を流し、前のめりに崩れ落ちていった。
マモンは風と一体化し、目に見えないくらいの驚異的なスピードとパワーを発揮し、二人を一撃で切り裂いた。
「な……何……なの~……」
「何も……見えなかった……」
マモンは遠くにいるサラとリアに狙いを定め、凶悪な目付きで睨み付けた。
「ひっ…… !」
恐怖で全身を硬直させながらリアとサラは後ろへと後退りをした。
マモンは顔色一つ変えずに距離をどんどん詰めていく。
「「はぁぁぁぁぁぁ !!!」」
サラとリアはやけになり、植物と水の技を放った。
高出力の水流と槍のように鋭利な蔓がマモンに襲いかかる。
だがマモンは避けも防ぎもせず、ノーガードのまま真っ直ぐに前進し続けた。
今のマモンの防御は桁外れでどんな攻撃もものともしない。
「ふんっ !」
「「きゃあああ !」」
マモンは一定の距離まで間合いを詰めると長い足を振り上げ、リアとサラを薙ぎ払った。
攻撃が極限まで高まったマモンの一撃は重く、二人は蹴り飛ばされ、ピクピクと痙攣しながらやがて動かなくなった。
「ふう……」
マモンは息を切らしながら魔力を解いた。
全ての能力を底上げすると肉体に想像以上の負荷が掛かり、長時間の維持が出来ない。
周辺を見渡すと三人の聖霊と一人のハーピーが血を流しながら転がっていた。
向こうには有象無象の妖精達がビクビクと震え上がっている。
最早マモンを食い止められる者は何処にもいない。
「……邪魔者はいなくなった……さて、今度こそティアを……」
その時、マモンは異変を感じ、空を見上げた。
聖霊女王が空高くからキラキラと虹色に輝く光の粒子を森全体に降り注がせていた。
「ティア! 何をしてる! やめろ! そんなことをしたら君は !」
マモンは必死になって声を荒げた。
彼は知っていた。女王が何をしようとしているのかを。
「……この森を滅ぼすわけにはいかぬ……私には森を……民を守るという使命がある……」
女王は体に残る魔力の全てを力尽きたミライ、ジン達に与えていた。
己の命と引き換えに……。
「やめろ! 死にたいのか !」
「これからの時代は……私より若い者達が森と共に生きるのだ……私はその架け橋になる……」
女王が微かに笑みを浮かべた。
やがて光の粒子が止み、女王は力を使い果たしたのか気を失い、そのまま落ちていった。
「ティア !」
マモンは高くジャンプし、女王を空中で抱き締めた。
「……君は本当に馬鹿だ……」
マモンは複雑な表情を浮かべながら倒れた女王を切り株の上に寝かせた。
「「「……はぁ……はぁ……」」」
マモンが振り向くと倒したはずの四人が再び立ち上がり、戦意を燃やしていた。
女王の残した力を受け、聖霊の加護によって通常よりも遥かに高い魔力に満ちていた。
「聖霊女王様……貴女の想い、絶対に無駄にはしません !」
「貴女に与えられたこの力で、今度こそお前を倒す !」
「女王様……必ず森を守って見せます !」
特に女王への忠誠心が高かったジン、リア、サラは涙を浮かべながらも覚悟を決めた。
「本当は女王様も守りたかったけど……今はあいつを倒すことに集中するよ~ !」
ミライも歯を食い縛って悔しさを押し殺し、マイペースな口調とは裏腹に真剣な表情でマモンを睨み付けていた。
「ティアはお前達に託したようだな……未来を……ならばそれが本当に正しかったのか、私に証明して見せろ !」
マモンは再度「全能強欲化」を使い、全ての能力を極限まで上げた。
今度こそ短時間で決着をつけるつもりだ。
「うおおおおおおおおおお !」
マモンは獣のような雄叫びを響かせながら四人目掛けて竜巻のように豪快に突撃していった。
「私の全魔力を込めて動きを封じます !植物狩人 !」
リアは女王の加護によってパワーアップした無数の巨大な樹木を操り、蛇のように大きくうねりながらマモンを狙った。
だがマモンは加速しながら華麗に樹木の中を掻い潜っていく。
「私を捕らえることなどできんぞ !」
マモンはリアとの間合いを至近距離まで詰め、ありったけの力を込めた拳を振り上げる。
その瞬間、リアはニヤリと笑みを浮かべた。
シュルルル
マモンの拳がリアの目の前ギリギリで動きを止めた。
足元から生えた蔦がマモンの全身をがんじがらめに拘束する。
巨大な樹木はあくまでおとりだった。
「ちっ……これが狙いか…… !だがすぐに引きちぎってやる !」
大地を踏み締め、全身に力を込め、蔦を強引に引きちぎろうとするマモン。
だがマモンは拘束を抜け出すのに気を取られ、上空から迫る何かに気付けなかった。
「次はアタシよ !渦潮突撃 !」
サラは地面を蹴り上げ、高くジャンプしながら全身に渦潮を纏い、回転の威力を利用しながらマモンに向かってダイブした。
ドゴォッ
凄まじい轟音と共にマモンは吹っ飛ばされ、あまりの衝撃で両足が大地を離れ、土埃を巻き起こしながら宙へと浮遊した。
「おのれ…… ! はっ !」
今度は腕に竜巻を帯びさせたジンがジャンプしながら空中にいるマモンに迫ってきた。
「強風拳 !」
風を纏った拳を振り上げ、マモンを彼方へと吹っ飛ばす。
女王の最後の力によってブーストされたジンの力は強力でマモンは森を突き破りながら空へと飛んでいった。
「聖霊共め……最後の足掻きを…… !」
「最後は私が決めるよ~ !」
いつの間にか近くにいたミライはガッシリとマモンを羽交い締めにし、加速しながら雲を突き破り、空高く上昇した。
「やめろぉぉぉ! 離せぇぇぇぇ !」
「全能強欲化」を使った反動や聖霊達の技を立て続けに喰らい、マモンに抵抗する力は残っていなかった。
やがてミライはマモンを捕まえた状態で大気圏へと突入した。
「はぁ……はぁ……何をする気だ……」
「こうするんだよ~ !」
ミライは真下を確認すると翼を大きく広げ、森に向かってマッハ3で急降下を始めた。
あまりの速さにミライの全身は赤く燃え上がっていた。
当然体にも尋常ならざる負荷がかけられていたが、女王の加護によって耐久力が上がっていた。
「隕石投撃~ !」
加速が最大まで達した所でミライは急降下の勢いを利用し、マモンを大地へと叩き落とした。
マモンは無抵抗のまま、一直線に元いた位置に落下した。
チュドオオオオオン
爆発音と絶叫が同時に響き渡り、落下の衝撃で風圧が巻き起こり、土砂や泥が四方八方に飛び散った。
煙が晴れると、うつ伏せで倒れるマモンの姿があった。
To Be Continued




