第三百三十二話・マモンとティア
聖霊女王は妖精達を匿いながらミライ達とマモンとの戦いを固唾を飲んで見守っていた。
森を守ろうとする聖霊達と女王を救おうとするマモン……女王は板挟みになりながら葛藤していた。
「マモン……」
今を遡ること数千年、マモンと女王は森の中で知り合った。
当時のマモンは盗賊の悪魔で魔王になる前はあらゆる財宝を求め、欲望のままに世界中をさすらっていた。
女王も当時は女王では無く、森を守護する上級聖霊の一人でしか無かった。
かたや魔族、かたや聖霊……本来合いまみえることのない二人だったが、とある出来事がきっかけで運命の出会いを果たすこととなった。
「くそ……腹減った……」
マモンは聖霊の森にある財宝の噂を聞きつけ、樹海の中を探索したが道に迷っていた。
食糧も尽き、歩き疲れて体力の限界を迎えたマモンはその場で倒れてしまった。
「欲は尽きないというのに……私の命はこんな所で尽きるのか……」
もはやこれまでか……死を覚悟したマモンの前に1人の女性が現れた。
「こんな所で悪かったな……旅人、腹が減っておるのか ?」
女性は倒れたマモンを抱き起こすと水を含んだ葉と木の実を分け与えてあげた。
餓死寸前だったマモンは息を吹き返した。
「ぷはぁっ……助かったぁ……礼を言うぞ 、アンタ名は」
「私の名はティア、聖霊だ」
ティアと名乗る女性はマモンに向かって優しく微笑んだ。
この出会いがきっかけで二人はすぐに打ち解け、仲を深めていった。
マモンは今まで冒険した世界の話を、ティアはこの広大で神聖な森の秘密を、日が暮れるまで互いに語り尽くした。
二人が恋仲になるのにそう時間はかからなかった。
だがマモンは魔族でいずれ魔王となる男、ティアは聖霊女王の継承者に選ばれ、この森全てを統治しなければならない。
愛し合うには二人の種族、立場はあまりにも違いすぎた。
二人ともこれが叶わぬ恋だということは頭では理解していた。
「なあ……ティア……」
二人が知り合ってからマモンとティアは木の枝に一緒に座り、思いにふけっていた。
「私と共に森を出て旅をしないか ?」
マモンは思いきって彼女を誘った。
「気持ちは嬉しいが……私は聖霊女王……この森を離れるわけにはいかぬ……それに、大勢の妖精達を見捨てることは出来ない」
ティアは悲しそうな瞳で首を横に振った。
「そうか……そうだよな……無理言って悪かった……」
どういう答えが返ってくるかは分かっていたが、いざ断られると胸が苦しかった。
マモンは笑顔を取り繕いながらうつ向いた。
「だけど私は諦めないぞ……君が好きだ !」
マモンは突然ティアの両肩を掴んだ。
「いつか君が若い後継者に女王の位を譲った時、私はすぐに君を奪いにやってくる! その時の君は自由だ! 誰にも制限されない !」
「マモン……」
マモンに真っ直ぐ見つめられ、ティアの顔がみるみる紅潮した。
「ば、馬鹿言うな……私が引退するまで何千年あると思ってるんだ、それに君だって魔王なんだろ……」
照れて顔を両手で覆いながらティアは言った。
「心配ない、何千何万年経とうと待ってやる、私は強欲だからな !」
マモンはにこやかに笑みを浮かべながらドンと胸を叩いた。
「その時は私も恐らく魔王を辞めてる……お互い肩書きを捨ててただの男と女に戻るんだ……そしたら、また二人で静かな場所で暮らそう」
マモンは真剣な表情になり、ティアの手を握った。
「ああ……それまで長生きしないとな」
ティアは微笑みながらマモンの手を握り返した。
約束を交わした二人はその後会うことは無かった。
いつか互いが自由になった時、また会いに行くと……。
だがその願いが果たされることは無かった。
「聖霊の森を襲撃しただと…… !?」
魔王サタンが幹部達を引き連れ聖霊の森を襲撃したという知らせを受け取ったのは、全てが終わった後だった。
マモンは怒りの表情でサタンに詰め寄った。
「マモンよ、何故貴様が怒る必要があるのだ……元々聖霊族は我ら魔王軍の敵、いずれはこうする予定だったのだ」
「だからって……何故勝手に軍を引き連れて独断で決行したんだ! 仲間の私に相談も無しに !」
マモンは眼を血走らせながらサタンの胸元を掴んだ。
「……貴様が聖霊の女王と恋仲になっていること……我が知らぬとでも…… ?」
サタンに核心を突かれ、マモンの表情が強張った。
「悪いことは言わん……早々に関係を断ち切れ……我々魔族と聖霊族が交わることなんて絶対に有り得ん !」
サタンは冷たく言い放つとマモンを突き飛ばした。
マモンは茫然としながらその場に崩れ落ちた。
「魔王と聖霊女王の関係が知られたら魔王軍もただでは済まんからなあ……我に感謝するが良い」
サタンはマントを翻しながら部屋を後にしようとし、扉の前で立ち止まった。
「そうそう、聖霊と結ばれたいのなら、魔王の力を与え、こちら側に引きずりこめば良いのだ、我の連れ去ったイフリートのようにな、ハッハッハ」
サタンは高笑いをしながら部屋を出ていった。
マモンは我に返るとすぐさま聖霊の森へ直行した。
「ティアー! ティアー! 居たら返事をしてくれぇぇぇぇ !!!」
マモンは聖霊の森に入り、果てしない道を歩き続けながら何度も何度も彼女の名を呼んだ。
だが返事すら返ってこなかった。
それどころか、マモンはどれだけ進もうとも元来た道に戻っていた。
「どういうことだ……見慣れた景色ばかり…… まさか !」
ここでマモンは理解した。
ティアは魔族が立ち入ることの出来ぬよう森に結界を張ったことを。
もう二度と魔王軍を侵入させない為の策であったが、マモンにとっては拒絶されたようなものだった。
「そんな……ティア……」
マモンは涙を流しながら立ち尽くすしか無かった。
どれだけ泣き喚いても、もう彼女に会うことは出来なかった。
後に魔王軍と勇者達の全面戦争の果てにマモンは他の魔王達と共に数千年間封印されることになる。
To Be Continued




