第三百二十七話・道-ロード-
ホムラの家にある庭は二人以上が動き回れるくらい広く、修行するには持ってこいの場所だった。
私は勇者の剣を完全に使いこなす為にホムラに稽古をつけてもらっていた。
「はっ !」
「…… !」
私の握る剣の刃とホムラの持つ木刀が円を描くようにぶつかり、コンコンと何度も激しく金属音を響かせる。
「動きがまだ甘いわ…… !」
ホムラはまるでかまいたちのように速く無駄のない動きで私を翻弄する。
剣術の腕は恐らくエルサ以上だ。
私はただでさえ重い剣を振り回しながら彼女の剣さばきをいなすので精一杯だった。
「……っ !」
声すら発っすることなくホムラは無言のまま風と一体化するように息をもつかせぬ剣撃を浴びせてきた。
防戦一方の私はとうとう耐えきれなくなり、ホムラの一撃によって剣を弾かれ、尻餅をついてしまった。
「きゃっ !」
強い……。
今まで多くの敵と戦ってきたけど、ホムラの実力は別格だった。
純粋に剣術を極めている。
勇者ジャスミンの戦友に相応しい実力だ。
「貴女も剣を握ってから幾多の修行を乗り越え、ここまで強くなっていったのは分かるわ、でもまだまだね……私の動きについてこれないようじゃ、魔王の相手にすらならないわ」
尻餅をつく私を見下ろしながらホムラは冷静に厳しいダメ出しをした。
「……さ、立って、修行を再開するわよ」
「はい……」
私はホムラの差し出した手を握り、立ち上がった。
「大丈夫……貴女はもっと強くなれるわ」
普段は無表情の彼女だったが、この時は微かに笑みを浮かべているように見えた。
「はい……頑張って……強くなります…… !」
ホムラの故郷は外の世界と隔離されている。
外での情勢がどうなっているのか分からない。
エルサ達は今も修行しているだろうしヴェルザードも魔王軍に囚われたままだ。
いつか魔王軍が本格的に攻めてくる前に私は一秒でも早く強くならなきゃならなかった。
私は落とした剣を拾い、唇を噛み締めながら剣を構えた。
「やぁぁぁぁぁぁぁ !!!」
無限の結束や竜族達が修行をしている中、人類は劣勢ながら魔王軍の侵攻に必死に抵抗していた。
牢獄から一時的に釈放された囚人達はガメロットへの救援に向かった。
道中、多数の魔王軍の軍勢が行く手を阻んだ。
「まだ俺達に逆らう反乱分子が残っていたとはなぁ」
「てめえら少数なんざ簡単に潰せるぜ」
群れにはぐれた草食動物を見つけたハイエナの如く魔王軍の兵士達は圧倒的な数で囚人達を包囲し、追い詰める。
「くっ……ここも駄目か…… !」
多勢を前にして先頭を歩いていた堅固な山猫のメンバーは武器を構え、戦闘体勢に入ろうとした。
「どけ」
だがヴェロスがイリス達を押し退けながら前と踊り出た。
兵士達はヴェロスの放つ異様な気配を察し、警戒し始めた。
「な、なんだこいつは…… !」
「まさか貴様は……憤怒の災厄のヴェロ…… 」
ズバッ
名前を言い切る前にヴェロスは神速の如く兵士達の横を通り抜け、一撃で何人もの首を切り落としていった。
大量の赤い血が雨のように地上に降りかかり、兵士達の首がボトボトと地面に落下する。
「ひいっ !?」
一瞬で数人の兵士が殺され、戦慄する他の兵士達。
流石冒険者達を皆殺しにしてきただけのことはあり、ヴェロスは容赦無く兵士達を手にかけた。
「ば……化け物だ…… !」
ヴェロスは返り血を全身に浴びながら仲間達の方を振り返った。
「お前らも戦え……躊躇する必要はない」
「おう……行くぞお前らぁ !」
ヴェロスに続いて他の囚人達も動き出した。
最初の衝撃により士気が下がっている今が畳み掛けるチャンスだ。
「「うおおおおおお !!」」
パワータイプであるオーバとフライは力任せに拳を振るい、兵士達を軽く蹴散らしていく。
純粋なパワーを前に並の兵士では対抗できず、人形のように宙を舞うしか無かった。
「永遠に凍りなさい……白銀の永劫」
雪女であるアイリは深く深呼吸をすると口から-5000度はある冷たい息を兵士達に吹き掛けた。
兵士達はみるみるうちに全身が白く染まって凍り付き、やがてオブジェのように動かなくなった。
「氷……砕く……俺……の……刃……で !」
ガギは巨大な大剣を空間を切り裂く勢いで縦に振り下ろし、衝撃波を巻き起こしながら凍り漬けになった兵士達を粉砕した。
「皆面白い技使ってるじゃねえか、俺らも負けてられねえぜ !」
魔術師達も負けじと気合いを入れて戦いに挑んだ。
鉄を操るコルトは戦場に散らばった剣や槍の破片を宙に浮かせて凝縮させて長い槍を造り出し、己の武器に変えた。
そして鋭利に研ぎ澄まされた槍で乱舞して竜巻を起こしながら雑魚の兵士達を蹴散らした。
「アタシの蟲達よ」「僕の植物よ」
「「力を貸してくれ !」」
シャロンとエイワスはそれぞれ魔法具を抱き締めながら念を込め、魔法を発動させた。
大量に発生した巨大な蟲達が空を飛び回り、兵士達を翻弄する。
また、足元から触手のように根っこが地面を貫きながら生え、兵士達の隙を突いて次々と拘束していった。
「何なんだこいつら……何で人数少ないのにこんなに強いんだ……もうやってられねえ !」
兵士の一人があまりの不条理な展開に発狂し、戦場から逃げ出そうと背を向けた。
だが何者かが逃げようとする彼を足止めする。
何もいないはずなのに首が絞められるような息苦しさを感じた。
「おいおい、逃げてられると思ってんのか ?」
誰も居ないのに声が聞こえる。
恐る恐る振り向くとそこにはフードを被った怪しい男がいつの間にか立っており、背後から彼の首を絞めようとしていた。
「悪いな、俺は無の魔術師ゾーラ、透明になれる魔法が得意なんだ」
ゴキッ
首の折れる音が戦場に響き渡り、兵士は白目を向きながら崩れ落ちた。
その他にも軽さが自慢の双剣を武器に素早く立ち回り、無双するゴード、幻影を操り、巨大な怪物を召喚し相手を精神攻撃で徹底的に追い込むサシャなど、少数精鋭による情け容赦無い猛攻により兵士達は圧倒され、あっさりと戦局はひっくり返り、戦意を喪失していった。
「脳筋共め……私はどうやって戦えば良いのだ……」
全員が戦っている中、唯一戦闘能力を持たないグラッケンだけは物陰に隠れていた。
「あのオッサンだけは弱そうだ !」
「あいつを狙えぇ !」
運悪く兵士達に目をつけられ、グラッケンは一斉に襲われた。
万事休す……そう思われたが……。
「私を誰だと思っている…… ?」
ニヤリと不敵な笑みを浮かべるグラッケン。
その瞬間、グラッケンを殺そうと飛び上がった兵士達は突如謎の青い液体に飲み込まれ、消滅した。
「私は天才科学者、グラッケンだぞ! 」
勝ち誇って堂々と名乗りを上げるグラッケン。
最高傑作と評価していたスライを失ったがスライのコピーである分身達を更に改良し、己の盾に仕立て上げたのだ。
兵士達はスライムの分身体達に全身を包み込まれ、跡形もなく消えていった。
「フハハハ! 我が崇高な科学の力、思い知ったかぁ !」
グラッケンはゲスな笑みを浮かべながら高笑いをした。
イリス達は囚人達の暴れっプリを目の当たりにし、呆気に取られていた。
とんでもない化け物達を解き放ってしまったのではないかと……。
「くそお…… !人間共め……! とんだ切り札を残してやがったな!」
僅かな時間の間にあれほど多くいた魔王軍の兵士達は数を著しく減らしていった。
兵士の一人は恐怖に顔を引きつらせながら喚いた。
ヴェロスは身体中に殺した兵士達の血を浴びながらゆっくりと近づいて行く。
残された兵士達は怖じ気つき、ジリジリと後退りした。
「ヴェロス……我ら魔王軍を裏切るのか…… !」
「関係ねえ……今の俺は魔王軍でも憤怒の災厄でもない……たった一匹の獣……ケルベロスのヴェロスだ」
ヴェロスは片腕を毛皮に覆われた狼の腕へと変質させた。
心の底から震え上がる兵士達。
「三日月の狼爪」
ズババッ
三日月状の閃光が走ったかと思えば、大量の血液が噴水のように勢いよく噴出し、辺り一面は兵士達の死体が山のように転がり、真っ赤に染められた。
道を切り開いたヴェロスは何の躊躇も無く踏みつけながら先へ進んだ。
「急ぐぞ、早くしろ」
ヴェロスの言葉に従い、イリスや囚人達は死体の山を踏み越えながらガメロットを目指して歩みを続けた。
To Be Continued




