第三百二十四話・死者蘇生魔法、発動
ワカバがホムラの故郷で勇者になる為の修行を行っている間、魔王軍に大きな動きがあった。
今はもう更地となり、魔獣や魔物達が蔓延る無法地帯と化した魔界にサタンとヴェルゼルクは足を踏み入れた。
この地にはデビッドやカミラを始め、数え切れない程の魔族達が戦いによって命を散らし、眠りについていた。
「ヴェルゼルクよ、手下達を甦らせる準備は整ったか ?」
「は……はい……」
ヴェルゼルクはサタンに問われ、ビクビク震えながら答えた。
あれからヴェルゼルクは息子に止められるのも聞かずに研究を続け、遂に術を完成させてしまったのだ。
逆らえばサタンによってこの世から消される、決して嫌とは言えなかった。
自分の行いが世界にどれ程甚大な被害をもたらすことになるのか……頭では理解していた、息子の未来も奪う最悪の事態になることは火を見るよりも明らかだった。
だが研究者としての優秀な頭脳が、立ち止まることを許さなかった。
「この地に……皆眠っているのですね…… ?」
「うむ……数千年前、勇者ジャスミンとイフリート達によって殺された部下達……そしてつい最近、無限の結束達との戦いで更に数を減らしてしまった……四天王も全滅した……」
サタンは悲痛な表情を浮かべ、かつて城が建てられていた場所を見つめた。
「だがその悲しみも今日で終わる……ヴェルゼルクよ、術式を描くのだ」
サタンは力強い口調でヴェルゼルクに命じた。
ヴェルゼルクは一歩ずつ前に進んだ。
「ヴェル……不甲斐ない父を許してくれ……」
ヴェルゼルクは心の中で息子に謝罪の言葉を呟くと自らの指を切り、赤く燃え上がるような血が出るとそれを絵の具替わりにして腕を振るい、迷路のように複雑な模様をした巨大な円を描いた。
やがて赤く禍々しい魔方陣が大地に刻まれた。
「さ迷える魂よ……悠久の時を眠りし戦士の肉体よ……今再び眼を開き、目覚めよ !」
ヴェルゼルクは瞼を閉じながら詠唱を唱えると、魔方陣は失明しかねないくらいに妖しく発光した。
暫くすると魔方陣から次々と白く半透明な球体が無限に湧き出てきた。
白く小さな球体=魂は形を変え、やがて人の姿になり、地上を埋め尽くしながらサタンを中心に集まった。
「おお……久しいな……我が部下達よ」
サタンは少年のように瞳をキラキラ輝かせながら地獄の底から甦った数万の部下を見渡した。
部下達は皆同じような反応をしていた。
自分の身に何が起こったのか理解出来ず、困惑した様子で辺りを見回していた。
「素晴らしい……カミラの傀儡術の上位互換だな、自我を保っていられるとは」
サタンは歓喜の声を上げながら拍手をした。
「私は……とんでもないことをしてしまったのかも知れない……」
あまりの数の亡霊達を下界に引きずり降ろしてしまったことを改めて実感したヴェルゼルクはサーっと血の気が引き、顔面蒼白になりながら後退りした。
「どうしたのだヴェルゼルクよ、貴様の研究は大成功だ、もっと喜ぶが良いぞ」
慈愛に満ちた優しい声色でヴェルゼルクに語りかけるサタン。
ヴェルゼルクはそれどころではなく、乾いた笑い声を上げるしか無かった。
「貴様にはたんまりと報酬を与えねばな、それに、甦ったのは名も無き一般兵だけでは無さそうだ」
サタンは口元をニヤケさせながら視線を送った。
視線の先には高い魔力を周囲に放っている四人の魔族の姿があった。
「魔王様……そのお姿は……遂に復活なされたのですね !」
「サタン様の勇姿を再びお目にかかれるなんて……これほど幸せな時はないのじゃ !」
ヴェルゼルクは一般兵に留まらず、かつて魔王サタンに忠義を尽くした魔界四天王を甦らせてしまった。
死体を傀儡として使役する不老の美女・カミラ。
魔王の右腕として数千間支え続けた悪魔の魔導師デビッド。
高い魔力に恵まれた名家の当主にして四天王最年少、ヒルデビルドゥ。
そして石の番人ガーゴイルの元となった最凶最悪なドラゴン、ガルグイユのガイ。
四人のうち三人の魂はスケルトンキメラ誕生の触媒にされたはずだったが、ヴェルゼルクの魔術によって、無事修復され、受肉を果たした。
「よくぞ甦ってくれたぞ、魔界四天王よ……何と心強いことか……それにガイ……数千年ぶりだな」
「お久し振りにございます、サタン様」
硬い鱗に覆われ、巨大な翼を生やした竜人の男=ガイは深々と頭を下げた。
彼は数千年前、デビッドやカミラと共にサタンに初期から仕えてきた古参だった。
勇者ジャスミンとの死闘の末に敗れ、後に彼の複製としてガーゴイル=ゴルゴが創られた。
「お前の後釜となったガーゴイル……ゴルゴはあろうことか敵側に寝返ってしまった……だがお前が甦った今、その心配は些末なものでしか無くなったというわけだ」
「このガイ、再び貴方に忠誠を誓います」
ガイは膝をつき、地面に額を擦りつけた。
「ククク……思ったより早く軍の復興が完了するとはな……これ程までに愉快な日は無いぞ……フハハ……フハハハハハ !!!」
トントン拍子に事が運び、全てが思い通りのサタンは感極まり、気が狂ったかのように腹の底から高笑いをした。
サタンのおどろおどろしい笑い声が魔界中に響き渡った。
「皆の者、よく集まってくれた……」
数日後、サタンは魔界の主導権を再び握り、城を再建させ、アジトに待機していた他六人の魔王と現役の兵士達を呼び寄せた。
現役の兵士達と甦った死兵兵達は全員、魔王城の前に集められた。
トレイギアやゴブラ等の現役幹部、ペルシアやその親衛隊、悪魔三銃士もいる。
有象無象の兵士達の中にはヴェルザードも紛れていた。
「何だよこの数……さては親父……やりやがったな……」
辺りを見回し、最悪の状況になったことを知り、頭を抱えるヴェルザード。
そこへ、兵士達の前に七人の魔王達がゾロゾロとやって来た。
兵士達は身を引き締め、綺麗に整列した。
魔王サタンは中心に立ち、演説を始めた。
「皆の者よ……今まで我が軍の為に良く戦ってくれた……数千年もの気の遠くなるような長い間、何度も敗北を重ね、辛酸を舐めさせられた……だが、もうそれも終わりだ……我ら魔王軍は新たな時代を迎える…… !」
両手を広げ、饒舌に語り続けるサタン。
その場にいる全員は目を凝らし、静かに聞いていた。
「我らは人間世界に進軍を開始する!魔王軍こそがこの世界の覇権を握るに相応しい ! 」
「「「おおおおおおおおお !!!」」」
天に轟かせる程力強く叫ぶサタンの声に呼応し、兵士達は一斉に歓声を上げた。
「流石はサタン様 !」
「七人も魔王様がいらっしゃるし、魔界四天王も復活した……もう怖いもの無しだ !」
サタンの熱い演説によって興奮の渦が巻き起こり、兵士達の間で士気が極限まで高まっていた。
(まずいことになったな……)
ヴェルザードは危機感を覚え、冷や汗を流した。
今この数の軍が人間界を侵略すればいくら無限の結束でも止められない……。
たちまちのうちに支配されてしまうだろう。
今までとは比較にならないくらい大規模で最悪な展開が起ころうとしていることは想像に難くない。
遂に全盛期の力を取り戻した真魔王軍は恐れていた人間界への進軍を宣言した。
未だかつてない規模の厄災が異世界全域に降り掛かろうとしていた。
To Be Continued




