第三百二十二話・吸血鬼親子、再会
月が照り輝く深夜、トイレに行こうとしたヴェルザードは怪しげな実験が行われている部屋を偶然見つけた。
(こんな夜中に何やってんだ……)
気になったヴェルザードはこっそりと中を覗いてみた。
ヨレヨレの白衣を纏った冴えない中年の男がブツブツ呟きながら作業をしていた。
(軍の科学者か……何を作ってんだか……)
ヴェルザードは何故か白衣を着た男が他人とは思えず、気になって仕方がなかった。
その時、中年の男は部屋の外で誰かが覗いていることに気付いてしまった。
「誰だ……そこにいるのは…… !」
中年の男は警戒し、震えた声で叫び出した。
ヴェルザードは一瞬逃げ出そうと思ったが別段逃げる必要も無さそうと考え、敵意が無いことを知らせようと敢えて部屋に入った。
「ああ、驚かせてすまなかったな……俺は魔王軍に新しく入った……って……アンタは……」
ヴェルザードは中年の顔を見上げて絶句した。
かつて自分達を置いて家を出ていった父親の顔と酷似していたからだ。
10年以上経っていた為、流石にあの頃より老けていたが、間違いなくヴェルザードの父親だった。
「お前……ヴェル……なのか…… ?」
驚きを隠せなかったのはヴェルザードだけではなかった。
あんぐりと口を開いたまま、中年男=ヴェルゼルクは震えながらヴェルザードに近付いた。
「親父……」
「ヴェル……ヴェル !」
ヴェルゼルクは感極まり、生き別れた息子に抱きつこうとした。
「今まで何処行ってたんだ糞親父ぃぃぃ !」
怒りの表情でヴェルザードはヴェルゼルクをビンタした。
ヴェルゼルクは情けない格好で地面を転がった。
「いてて……じ、実の父親に手を出すなんて、どういう育てられ方をしたらそうなるんだ !」
「やかましいわ! 10数年間も家を空けやがって、リリィがどれだけ苦労したと思ってんだ !」
ヴェルザードは倒れているヴェルゼルクの胸ぐらを掴んで無理矢理起こし、説教をかました。
「そ、それは……すまなかった……だが俺には、どうしてもやらなきゃならないことがあったんだ……」
ヴェルゼルクはこれまでの経緯を赤裸々に語った。
「成る程……母さんを甦らせる為にか……」
「お前達には何も言わず……本当にすまなかった」
ヴェルゼルクは申し訳なさそうに頭を下げた。
「でも何で黙って出てったんだよ……」
「研究には色々必要なものが多くてな……それで旅に出てたんだ……お前にはリリィがついてるし、大丈夫だと思ったんだ……」
照れながら頭を掻くヴェルゼルクにヴェルザードは呆れて物が言えなかった。
「何て無責任な親父だよ……それでその技術力に目を付けられ、魔王軍に入らされたと……」
「後少しで上手くいきそうだったのにな……ってそう言うお前こそ、何で魔王軍に入ったんだ? まさか、父がいなくなったせいでグレちゃったのか…… ?」
ヴェルゼルクは真っ青になりながらヴェルザードの肩を揺さぶり、問いただした。
「ちげえよ、奴等に人質にされたんだよ、こんな所、さっさと脱出したいぜ」
ヴェルザードは舌打ちしながら悪態をついた。
「……親父はどうする、ここを出るのか ?」
ヴェルゼルクは罰が悪そうにしながらうつ向いた。
「……俺はまだ出られない……魔王様に命令されたんだ……今まで死んでいった魔王軍の兵士達を甦らせろって……」
気まずそうにしながらヴェルゼルクはうつ向いて答えた。
「はぁ! ダメに決まってんだろそんなの! 魔王軍をパワーアップさせちまったら、世界は終わるぞ !」
当然の如く猛反対するヴェルザード。
「分かってる……だがあの方々には逆らえない……それにな、我々 吸血鬼は今まで人間に怯えながら日陰の中でひっそりと暮らしてきた……そんな生活よりも魔王軍にいた方が待遇も良いんだよ」
「ふざけんなよ……」
ヴェルザードは再び父親の胸ぐらを掴んだ。
鋭い目付きでヴェルゼルクを睨みつける。
「アンタは俺とリリィがいつまでも洋館で孤独に暮らしてると思ってるようだが今は違う、俺にはかけがえのない仲間が出来たんだ……あいつらを裏切るわけにはいかねえ」
ヴェルザードの真剣な表情を見てヴェルゼルクは申し訳なさそうに顔をそらした。
「そうか……だがすまん……研究はやめない……! お前を守る為でもあるんだ…… !」
ヴェルゼルクの決意は揺るがなかった。
ヴェルザードはため息をつくとヴェルゼルクを手から離した。
ヴェルゼルクが実験をやめればその時点で魔王によって処刑されるだろう……。
今の息子一人の力ではどうしようも出来なかった。
「……それで、死人を甦らせるなんて簡単に出来るのかよ」
「私はこの10数年の歳月を研究に捧げてきたんだ、問題はない! 」
自信満々に豪語するヴェルゼルク。
「それになヴェル、我々 吸血鬼は死体を操って眷属にすることが出来るだろ ?」
「眷属ねぇ……」
ヴェルザードの脳裏に嫌な思い出が甦る。
かつて戦った魔界四天王のカミラは自分が殺した人間や魔族達の死体を操り、不死者として甦らせ、己の駒として利用したことがあった。
「不死者は自我を持たぬ操り人形でしかない……しかし私の技術力を持ってすれば切り離された魂と肉体を再び繋ぎ合わせ、甦らせることが出来るはずなんだ」
まるで少年のような純粋な瞳でヴェルゼルクは熱く語った。
研究のことになると昔から周りが見えなくなるくらい熱中するタイプだった。
「だがそれが実現すれば、魔王軍の軍事力は更に強化され、多くの人達が血を流すことになる……俺の仲間も……あいつも……」
ヴェルザードは苦虫を噛んだような表情を浮かべた。
やっと再会した父親は魔王軍に利用され、取り返しのつかない過ちを犯そうとしている。
複雑な心境だった。
「そう悲観的になるな、私もそこまで馬鹿じゃない、ちゃんと弱点はつけておくさ」
ヴェルゼルクは笑顔を浮かべながら息子の背中を叩いた。
「お前も明日早いんだろ、早く寝なさい」
「ちっ、マッドサイエンティストが一丁前に父親らしいこと言ってんじゃねえよ」
ヴェルザードは悪態をつきながらも嬉しそうに笑っていた。
危なっかしくて熱くなると周りが見えない、どうしようもない甲斐性なしだが昔と何も変わらない……
紛れもないたった一人の父親だった。
「親父の実験が成功する前に、俺は魔王軍を止める……じゃ、おやすみ」
ヴェルザードはそれだけ言うとヴェルゼルクの研究部屋を出ていった。
「すまないな……ヴェル……」
一人部屋に取り残されたヴェルゼルクは一言呟くと再び研究を再開した。
To Be Continued




