第三百十九話・求める強さ
ワカバは自らの体に眠るとされる勇者の因子を覚醒させるべく、かつて勇者と旅を共にしていた妖狐・ホムラと共に北にある彼女の故郷へと旅立った。
残されたエルサ達は来るべき魔王達との戦いに備え、竜の里に残り、修行に励むことにした。
リリィはラゴラスの家で家事の手伝いを、エクレアは次の戦いに備え、より効力の高い回復薬の調合に取りかかっていた。
エルサ、マルク、コロナ、ミライ、クロス、グレン、ルーシーらはラゴン達竜族に連れられ、竜族達が普段利用している修行場に案内された。
里の奥地に入ると、周りは象のように巨大で棘々しい岩に囲まれ、まるで牢獄のような圧迫感を感じる程だった。
あちこち岩だらけで足場も不安定、少しでもバランスを崩せば転んでしまう……。
過酷な環境下で修行には持ってこいだった。
「ここは、俺達竜族が修行している場所だ、ここなら誰にも邪魔されず修行に専念できるぜ」
準備運動を始めながらラゴンは言った。
「確かに、絶好の修行場だな」
屈伸をしながらマルクは辺りを見回した。
「まずお前らにはこいつを着てもらう」
ザルドは背負っていた巨大なリュックサックを下ろすと中から銀色の錆びた鎧を複数取り出し、乱雑に地面に放り投げた。
ズシンと重く鈍い音が響く。
「こいつは、体重2万トンはある鋼の体を持つドラゴンの素材で作られた鎧だ、取り敢えず着てみろよ」
ザルドに言われるがまま、マルクは一着手をつけ、鎧を纏ってみた。
「うっ……何だこれ…… !?」
鎧を着た瞬間、重力に押し潰されそうになりなが汗だくになり、険しい表情を浮かべるマルク。
背筋を伸ばすこともできず、猫背になるのが精一杯だ。
まるで巨大な熊を二頭分背負っているような感覚に襲われた。
「どうだ重いだろ? こいつを軽々と着こなせるようになるまでずっと着たまんま修行するんだぜ」
確かに効果的ではある。
200キロはある鎧は立つことすら困難で実戦には向かないが、重力で肉体を鍛えるには最適だった。
「冗談じゃねえぞおい !潰れるぜこんなん !」
マルクはそそくさと鎧を脱ぎながら愚痴を溢した。
「おいおいマルク、お前折角 巨大魚幻獣の鎧を着るんだろ? だったらこいつで慣らしておいた方がより着こなせると思うぜ」
ラゴンはマルクの肩を叩きながら言った。
そんな中エルサも興味を持ち、鎧を身につけてみた。
「くっ……これは中々…… !」
普段から鎧を身に纏っているエルサですら苦痛に顔を歪めながら膝をつき、まともに歩くことすら出来ずにいた。
「君達はいつもこんな鎧を着ながら修行していたのか……」
エルサは気力で踏ん張りながら何とか立ち上がったが、全身が小刻みに震えていた。
「エルサ姉ちゃんでも辛そう……」
膝をつき苦しそうにしているエルサを眺めながらコロナは震え上がっていた。
「流石に子供達にこの鎧は負担が多すぎるんじゃねえか ?」
ヒュウはグレン達を見つめながら苦言を呈した。
「そうみてえだな、こいつらには少し軽い鎧から慣らさせよう」
その言葉を聞き、グレン達はホッと一息ついた。
「この鎧を着て全力疾走したりバク転出来るようになれるくらい体が軽く感じた時、超人的な力を手に入れたも同然ってことになるわね」
「その前に体が壊れやしないか…… ?」
どや顔で語るララにクロスは冷ややかな突っ込みを入れた。
「まあ、相手は魔王なんだ、これくらい厳しくなくちゃ話にならねえ、兎に角全員分あるから鎧を着て各自筋トレだ !」
竜族以外の全員の顔がサーッと青ざめる。
だが泣き言を言ってる場合じゃない。
エルサ達は着てるだけで押し潰されそうになる鎧を纏い、厳しい修行に励んだ。
その頃私は北を目指して険しい山脈を越えていた。
辺り一面を白い霧が覆い、視界は遮られていた。
徒歩以外に移動手段は無い。
酸素も薄く、少しでも気を抜いたら気を失ってしまいそうだった。
どれくらい歩いただろう……。
私は一旦立ち止まると息を切らしながら腰を曲げ、膝に手を置いた。
「はぁ……はぁ……あの……まだ着かないんですか ?」
「何甘えたこと言ってるの、まだまだ先よ、修行はこの時から始まってるの」
「は……はぁ……」
何だか気が遠くなるような話だった。
何処まで進んでも同じような景色が際限なく続いていた。
そんな中、背後から何者かが突然襲いかかってきた。
「きゃっ」
「危ない !」
咄嗟にフレアがランプから飛び出し、私を襲おうとした何者かを蹴り飛ばした。
正体はこの近くに住む巨大な魔物だった。
10メートルくらいはある。獰猛な蛇のような姿をしており、蹴飛ばされてから体勢を立て直すと舌をチロチロとしならせながらこちらを見下している。
「主……私はここまでだ、このまま戦い続ければ序盤で魔力が尽きるからな、後は自力で何とかしろ」
「うん……ありがとうございました」
フレアはそう言うと白い煙と一体化してランプの中に吸い込まれるように戻っていった。
そうだ、これも試練のうちだ。
フレアに頼ってばかりじゃ駄目だ。
私は息を飲み込むと鞘から剣を抜き、魔物を睨み付けながら構えた。
ピリピリと電磁波のように緊迫した空気が張り詰められる。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁ !!」
私は威勢良く声を張り上げ、空気を突き破るように突っ走り、剣を振り上げながら魔物に飛び掛かった。
「はぁ……はぁ……」
数分間の激しい攻防戦の末、私は巨大な魔物を討ち取った。
魔物はだらしなく舌を垂らしながら目が上を向いた状態で横たわっていた。
私は疲弊し、その場で座り込んだ。
「ふん……この程度の魔物相手に苦戦するなんてまだまだね……ジャスミンなら30秒で仕留められたわよ」
ホムラの評価は厳しかった。
「でも、センスは悪く無かったわ……やはり見込んだ通り……素質は十分にありそうね」
「ほ、ほんとですか…… ?」
私は少し嬉しくなりながら彼女の顔を見上げた。
「調子には乗らないことね……これからもこんな化け物がわんさか現れるわ」
「はい、頑張ります……」
リトもいない中、自分一人の力で進み続けるしか無かった。
私は少しだけ休憩することにした。
「所で……ジャスミンさんて……どんな人だったんですか…… ?」
唐突に私はホムラに尋ねてみた。
ずっと気になっていた。
リトから聞いただけで何も彼女のことを知らないからだ。
「……そうね……あの娘は強くて、凛々しくて、勇敢だったわ……誰よりも慈悲深く、彼女の周りには沢山の人が集まったわ、人間も魔族も関係なくね……」
ホムラは空を仰ぎながら染々と語った。
彼女の表情が心なしか笑みを浮かべているように見えた。
「ま、今の貴女とはまるで真逆ね」
「て、手厳しいですね……」
辛辣な言葉を投げられ、私は苦笑した。
「さ、休憩は終わり、さっさと先を急ぐわよ」
ホムラは立ち上がると私の腕を引っ張りながら歩き出した。
「……ホムラさん……私、勇者になります……! ジャスミンさんの遺志を継いで、皆を、この世界を守りたい…… !」
「……その意気よ」
私の決意を聞いたホムラは少しだけ微笑んだ。
旅はまだ始まったばかりだ。
勇者になるのがどういうことなのかは私にはまだ分からない。
だけど、それでも進むしか無い。
皆を守る為に、リトともう一度会う為に……。
To Be Continued




