第三百十六話・囚われの吸血鬼
新生魔王軍は竜の里を襲撃したが大敗を喫し、多数の怪我人を出しながらアジトへと帰還した。
軍を指揮したリーダー、ミーデは行方を眩まし、残された幹部はトレイギアとゴブラ、そしてペルシアのみとなった。
だが収穫もあった。
トレイギアは吸血鬼のヴェルザードを下し、捕虜にしていた。
「何だよここは……」
捕らえられたヴェルザードは両手を縛られた状態で魔王軍の現アジトに連れてこられた。
ヴェルザードは自分がこの後どうなるのか
薄々理解していた。
魔王軍の狙いは高い魔力を持つ者……。
ヴェルザードの肉体を魔王復活の生け贄に捧げる気だ。
「本当なら無限の結束全員分の魔力が欲しかったが仕方無い、この吸血鬼一人の魔力で由とするか」
「まあ他の連中は後で捕まえれば良い……だが今は軍の回復が先決だ」
ゴブラは腕を組みながら神妙な面持ちで語った。
竜の里での敗北は彼等にとってかなりの痛手だった。
「ペルシアは療養中……ミーデは依然行方不明……これでは軍の立て直しで手一杯になるな……」
「その必要は無いぞ」
突然、幹部達の部屋に七人の魔王がゾロゾロ入ってきた。
部屋中は重苦しい緊張感に包まれた。
「何者だ !」
トレイギアとゴブラは魔王の存在を知らない為、咄嗟に立ち上がり、身構えた。
だが魔王の放つオーラに圧倒され、すぐに戦意がかき消された。
(何だこいつら……一人一人がとんでもねえ力を秘めてやがる……)
ヴェルザードは戦士としての勘が働き、彼等の底知れない恐ろしさを察知し、震え上がった。
「我らは七大罪魔王……貴様らの上司の命をかけた忠誠心によって、我らは長き眠りから遂に目覚めることが出来たのだ」
魔王サタンは感無量になりながら復活出来た喜びを噛み締めていた。
トレイギア達は突然現れた七人の魔王の放つ巨大な威圧感に圧倒され、その場でひざまづいた。
「あの……お言葉ですが……ミーデはどうなったのですか…… ?」
「ああ、あの悪魔か……奴の肉体を鍵として封印を破壊し、我らの肉体を復活させたのだ……力を使い果たしたあの男は持って後数日の命だ」
サタンは悪びれもせず冷酷に言い放った。
他の魔王達も黙って真顔で聞いていた。
トレイギアは忠義を尽くした部下に対するそのあまりの無慈悲さに戦慄した。
「おい、こいつ……いやこの方は本当に魔王様なのか ?」
「嘘には思えないな……俺達が痺れて動けなくなる程の圧倒的なオーラを纏っている……まるで次元が違う……間違いなく本物だ」
トレイギアとゴブラはひそひそ話をし、身を震わせながら魔王達を恐る恐る見つめた。
「貴様は見所があるな、あの悪魔と違い、まだまだ利用価値がありそうだ……そしてそこの吸血鬼」
サタンはヴェルザードに向けて指を指した。
「貴様も充分に高い魔力を秘めている……上位魔族である吸血鬼の中でも特に優れた個体のようだ……どうだ、カミラに代わって我の新たな四天王に加わらんか ?」
サタンは猫なで声でヴェルザードを勧誘した。
ヴェルザードは下手に逆らえず、黙ってそっぽを向くことしか出来なかった。
「まあいい、気長に考えてくれ、我は寛大だ……それよりもお前達よ、今までご苦労であったな、これからは我ら七大魔王がお前達の指揮を取る……再び魔王軍の脅威を世に知らしめるのだ !」
サタンの言葉にトレイギア達はただ頷くしか無かった。
今この時を持って新生魔王軍は瓦解し、七人もの魔王が統制する真の魔王軍へと生まれ変わった。
「だがサタン、これからどうする……今の軍は四天王すらいない闇ギルドレベルの弱体化をしている……軍の再建が最優先では無いのか ?」
サタンに次いで高い魔力と実力を持つルシファーが進言する。
「その通りだ……今の軍には戦力となる兵士の数が足りん……だが安心しろ、我ら七人が集まれば、即座に軍を膨れ上がらせ、かつての栄華を取り戻して見せるぞ」
両手を広げながら得意気にご高説を垂れるサタン。
「まずは人間界にて手当たり次第兵士となりゆる人材をかき集めるよう、戦闘能力の低い下っぱに命じよ、魔族でも人間でも何でも良い……社会に馴染めぬはぐれ者共を新たに魔王軍に率いれるのだ」
「はっ…… !」
トレイギアとゴブラは頭を下げながら返事をするとさっさと部屋を出ていってしまった。
部屋には七人の魔王とヴェルザードが取り残された。
「…………」
ヴェルザードは重苦しい空気に息が詰まりそうになった。
今の自分では魔王達の相手にもならないことを思い知り、悔しさと恐怖に身を震わせていた。
「で、こいつどうするの ?」
「私達を復活させる生け贄の意味も無くなったんだし……」
レヴィアタンとベルゼブブはじっくりとヴェルザードを吟味していた。
「アタシこういう色男好みなのよね、食べちゃいたいくらい」
ぺろりと舌舐めずりをしながらベルゼブブは頬を紅潮させて言った。
「ふん、君の場合は食糧としての意味だろ、まあ美しさなら僕の方が上だけどね」
アスモデウスは何故かヴェルザードと張り合っていた。
一方でルシファーは顔を強張らせながらヴェルザードを遠目で見つめていた。
まるでヴェルザードに怒りを感じているようだった。
「所でそこの吸血鬼……」
サタンはヴェルザードに声をかけた。
「何だよ……」
「貴様は謂わば人質だ……我らに逆らうことは出来ない……だが貴様は優秀な存在だ、決して殺しはしない……ここにいる間は魔王軍の人間として戦ってもらうぞ」
サタンはぐいっと顔を近付け、囁くように言った。
その瞬間、ヴェルザードはゾクッと背筋が凍るような感覚に襲われた。
決して下手な真似はしない方が身のためだ。
「吸血鬼……貴様の体にはとてつもない闇の力が眠っている……その力を解放すれば、貴様は今までとは比較にならない真の力を得るだろう……いずれ我々が手伝ってやる」
サタンはヴェルザードの肩を叩き、天井を見上げながら語った。
トレイギアも似たようなことを言っていた。
「真祖」と何か関係があるのかも知れない。
「さて軍の完全な再生には時間がかかる……我らも目覚めたばかりで肉体が慣れていない……我々は暫く休息し、気長に待つとしよう」
そう言うと魔王達は続々と部屋を出ていった。
ルシファーだけは帰り際に後ろを振り向き、鋭くヴェルザードを睨み付けた。
「……こりゃ、下手に動けねえな……」
ヴェルザードは気疲れし、幹部用の椅子に座り込んだ。
腕には妖しい宝玉が嵌められた拘束具のようなブレスレットが装着されていた。
恐らく逃走や反乱しないよう監視する為のものだ。
「はぁ……」
ヴェルザードは深く溜め息をついた。
これから先自分がどうなるのか、分からなくなっていた。
このまま魔王軍に寝返るのか、皆の元に帰れるのか……。
「俺はまだ諦めてねえよ……」
ヴェルザードは一つの賭けに出ることにした。
己の体に眠る吸血鬼の真の力がどういうものかはまだ分からないが、もし今以上に強くなれれば、この状況を乗り越えられるかも知れない。
ヴェルザードはそれを信じ、静かに待つことにした。
To Be Continued
 




