第三百十二話・苦戦するリトとフレア
里の近隣の森で木材を集めていた私達の前に突如七人の魔王が襲来した。
傲慢のルシファー、嫉妬のレヴィアタン、強欲のマモン、暴食のベルゼブブ、怠惰のベルフェゴール、色欲のアスモデウス……そしてリトと因縁の深い憤怒のサタン……。
一人一人が天変地異をもたらす一騎当千の実力を秘めており、それが一ヶ所に集結したということは絶体絶命でもう誰も助からないことを意味していた。
災いが人の形をしたこの七人に対し、リトとフレアはたった二人で挑むことになった。
「うおおおおおおお !!!」
「はぁぁぁぁぁぁぁ !!!」
リトとフレアは勝算も策も無く、ただがむしゃらに突撃していった。
私はリトに言われ、木の影に隠れながら二人の戦いを見守っていた。
今回は次元が違いすぎる……私が下手に動いても足手まといになるだけだ。
「ふん、愚かな……では行くぞ」
サタンの掛け声をきっかけに六人の魔王は一斉に散らばり、それぞれリトとフレアを包囲した。
フレアの周りを囲うのはマモン、アスモデウス、ベルゼブブ。
リトを包囲したのはレヴィアタン、ベルフェゴール、ルシファーだ。
もう逃げることは出来ない。
「私は不死……決して倒れはせんぞ !」
自身を鼓舞しながらフレアは全身を燃え上がらせ、三人の魔王に果敢に立ち向かった。
片手を突き出し、灼熱の炎を放って三人を牽制する。
「そんな攻撃……効かないわ」
ベルゼブブはニヤリと笑うと大胆に露出したへそに禍々しい蠅の絵が浮かんだ。
その瞬間、彼女のお腹に描かれた蠅の絵がトリックアートのように飛び出し、迫り来る炎を残らず吸収してしまった。
「なっ…… !」
驚きを隠せないフレア。
ベルゼブブの恐るべき能力……それは相手の攻撃や魔力を吸収して栄養にしてしまう暴食に相応しい力だった。
「くっ…… !」
「残念だったわね」
得意気になって煽るベルゼブブ。
今の不完全な状態のフレアとベルゼブブとでは実力に大きな開きがあった。
狼狽えるフレアに対し、次はマモンが攻撃を仕掛けてきた。
マモンはスピードに特化しており、加速しながら無数のパンチを連打しフレアに浴びせた。
「何だこいつ……! 動きが読めない…… !」
出鱈目な速さで繰り出される攻撃にフレアは翻弄され、なす術が無かった。
「不死身と言えど、我らの敵ではないようだな」
マモンは高くジャンプすると空中で回転しながら勢いをつけ、フレアを蹴り飛ばした。
「うわぁぁぁぁ !」
強烈な蹴りをまともに喰らい、泥を撒き散らしながらフレアは吹っ飛ばされ、樹木に叩きつけられた。
「くっ……まだまだ…… !」
背中を打ち付けられた痛みに耐えながらもフレアは何とか立ち上がり、戦闘の構えを取る。
絶望的な戦況の中でもフレアの瞳は燃え盛っていた。
そんな彼女に向かって今度はアスモデウスがゆっくりと近付いてきた。
「素晴らしいね……何とも誇り高く、凛々しい女だ……強い女性は嫌いではないよ」
アスモデウスは拍手をしながらうっとりとフレアを見つめていた。
「お嬢さん、良かったら僕の愛人になってくれないか? 悪い話ではないと思うよ」
「気持ちの悪い奴だ……死んでも断る……最も私は死ねないがな」
フレアは嫌悪感を露にしながらアスモデウスを鋭く睨み付けた。
「そうかい……それは残念だよ」
落胆した様子のアスモデウス。
フレアは歯を食い縛り、拳に炎を纏い、アスモデウスに殴りかかろうと飛び出した。
だがその瞬間、彼女の体に異変が起こった。
「うっ……何だ……体が、思うように動かない……」
フレアの動きが止まった。
全身から力が抜け、身に纏っていた炎もかき消え、フレアはその場で膝をついた。
「はぁ……はぁ……おかしい……この感覚……うっ……」
苦しそうに息を荒げ、頬を赤く染めるフレア。
最早戦い所では無かった。
彼女の身に起こった異変はアスモデウスの仕業だった。
「僕の体から放たれるフェロモンが人間の肉体に軽い興奮状態を与え、やがて快楽へと誘うのだよ、つまり今の君は僕にメロメロさ」
どや顔を決めながら優雅にポーズを決め、ねっとりと語るアスモデウス。
この能力を使ってあらゆる女性達を虜にし、ハーレムを作り上げてきた。
フレアは悔しそうに唇を噛み締めながらアスモデウスを睨み付けた。
幻獣クラス故に完全には支配されず、フレアは内から湧き上がる快楽に必死に抵抗していた。
「くっ……この体ではもう戦えん……」
アスモデウスの能力で無力化されてしまったフレア。
万事休すかと思われたその時、リトとルシファー達の戦いの余波に巻き込まれ、アスモデウスは吹っ飛ばされていった。
「はぁ……はぁ……助かったぞ……」
体にはアスモデウスのフェロモンの効果がまだ残っていたがフレアは気力で何とか立ち上がった。
「はぁぁぁぁぁぁぁ !」
一方リトはたった一人でルシファー、レヴィアタン、ベルフェゴールの相手をしていた。
「うーん……むにゃむにゃ……」
最もベルフェゴールはやる気が無く、立ち尽くしたまま枕を抱えて眠っているので実質2対1だった。
とは言え魔王二人を相手取るのは流石のリトでも厳しかった。
リトは最初から蒼炎形態に変身し、全力を上げてルシファーとレヴィアタンに挑んだ。
ルシファーは魔剣ルシファーを巧みに使いこなし、洗練された太刀筋でリトを圧倒する。
レヴィアタンは高出力の水流をリトに浴びせようとした。
相性も悪く、まともに喰らえば命は無い為、リトは必死にかわし続けた。
「面白くないわね、もっと本気出してよ」
「どうした、かつて我々を単騎で圧倒したあの強さを微塵も感じないぞ、姿が変わってもこんなものか」
蒼炎形態は現時点でリトの最強の姿。
にも関わらずルシファーとレヴィアタンには通用しなかった。
絶え間なく攻撃を繰り返しながら挑発をする二人。
二人は息つく暇も無く無駄の無い攻撃を繰り出し続け、徹底的にリトを追い詰め、退路をじわじわと狭めていった。
「くっ……やられっぱなしじゃありませんよ! 指撃高熱線 !」
リトは片腕を突き出し、人差し指の先から極太の熱線を放った。
熱線は風を切り、レヴィアタンとルシファー目掛けて一直線に突き抜けてゆく。
「馬鹿ね、水に炎は最悪よ !海竜の水撃 !」
レヴィアタンはニヤリと笑うと片手を前に突き出し、攻出力の水流を勢い良く放ち、熱線を相殺させた。
幾多の敵を打ち破ってきた強力な熱線もレヴィアタンの前では火の粉に過ぎず、敢えなく消化されてしまった。
「くっ…… !」
この隙を狙い、ルシファーは魔剣を掲げながら猛然と襲い掛かってきた。
リトはオーラを纏って力を高め、加速ながら目にも止まらぬ速さで拳を振るい、ルシファーを迎え撃つ。
「だぁぁぁぁぁぁ !!!」
青く燃える炎を帯びた拳から無数のパンチを打ち込み激しく攻め立てるリト。
だがルシファーはそれを上回る速度で剣を振るい、リトの攻撃を全て弾いた。
「魔王の力、見るが良い! 雷撃斬 !」
ズバァァァァン
ルシファーは雷を帯びた剣を大きく振り上げ、風を切り裂きながらリトを薙ぎ払った。
リトは全身に電撃を浴び、苦しそうにしながら宙を舞い、フレアのいる地点まで叩きつけられた。
「リト…… !」
「く、苦戦してるようですね……」
運良く合流したリトとフレアは互いに背中を合わせた。
彼等の周りには猛獣の群れのように魔王達が包囲している。
「こうなったらフルパワーで技を出しますよ」
「私達二人の炎を合わせれば、この状況を乗り切れるかもな」
リトとフレアは互いに目を合わせ、頷くと技を出す構えを取った。
「蒼燃焼巨砲 !」
「不死の聖炎 !」
ボオオオオオオオオ
二人は同時に炎の技を解き放った。
青く燃え盛る烈火の如く突き抜ける熱線と太陽のように膨れ上がり、周囲を熱気の渦に包み込む赤き炎の塊……その2つの力が融合し、紫色の禍々しい巨大な炎となって魔王達に向かっていった。
「流石に無事では済まなさそうだな」
ルシファー達は微かに焦りを覚え、身構えた。
巨大な炎は六人を飲み込もうと激しく燃え上がりながら迫ってくる。
「その必要はない」
キイッ
だが何者かが風が突き抜ける勢いで六人の間を割って入ると剣を一振りし、周囲を焼け野原にしかねない威力を持つ灼熱の炎をいとも簡単にかき消した。
リトとフレアによるかつてない強力な合体技が、嘘のように消え去った。
その正体は先程まで静観を決め込んでいた魔王、サタンだった。
To Be Continued




