第三百九話・撤退する魔王軍
「ヘビーとミーデがやられたのか……」
エルサと対峙していたトレイギアはポツリと呟いた。
ミーデとヘビーが敗れたことを察したようだ。
トレイギアは変身を解き、元の姿に戻った。
彼に戦意は感じられなかった。
「どういうつもりだ……」
エルサはよろめき、息が上がりながら片腕を押さえていた。
「運が良かったな……俺達魔王軍は敗北した、これ以上戦いを続けるのは不毛だ」
トレイギアは立っていられるのもやっとだったのか、部下に支えられながらこの場を去ろうとした。
「俺達は一時撤退する……だが覚えておけよ、次こそは必ず貴様らを全員捕らえる……今は一人だけだが良しとするか」
「一人……? まさかヴェルザードか……行かせんぞ…… !」
エルサはトレイギアを追おうとしたが足を挫き、転んでしまった。
既に彼女には走る力は残されていなかった。
「ま……待て……」
エルサは手を伸ばしながらトレイギアを呼び止めようとした。
「フン……ん? 」
トレイギアは何か異変を感じたのか足を止めた。
私は大ダメージを負い、力無く横たわるミーデのそばに近付いた。
ミーデは血だらけになり、目があらぬ方向を向きながら痙攣を起こしていた。
ヘビーも倒され、力を使い果たし、戦う力は残されていなかった。
「もう終わりです、この里から出ていって下さい」
私は刃を向け、強い口調でミーデに告げた。
もう私はこの男に対して恐怖を感じていなかった。
「おのれ……この私が……小娘に負けるなんて……」
悔しさに身を震わせ、血が吹き出す程唇を噛み締めるミーデ。
「ワカバちゃん !」
「ワカバお姉ちゃん…… !」
そこへリリィ達も集まってきた。
中にはペルシア親衛隊の四人もいる。
「トールさん……でしたっけ、この人を運んで里から撤退して下さい」
私はトールにお願いをした。
「分かりました……貴女達にはペルシア様を救って頂いた恩があります……帰ったらこいつは牢屋にぶち込みますよ」
トール達は素直に倒れているミーデの元へ駆け寄り、運び出そうとした。
「……これで終わったんですよね……」
私は緊張が解けたのか身体から力が抜け、倒れそうになったが、リトが後ろから支えてくれた。
「ええ……魔王軍の野望は潰えました……」
リトは慈愛に満ちた表情で私に微笑んだ。
「ワカバちゃあん! 良かったです! もうどれだけ心配したことか…… !」
突然リリィは泣きながら私に抱き付いてきた。
皆には本当に心配をかけたと思ってる……。
「ごめんなさい……でも私、もう大丈夫ですから……」
私はリトに支えられながら皆に笑顔を迎えた。
そんな時、突然ミーデに異変が起こった。
倒れて動けないはずのミーデは何事も無かったかのようにゆらりと立ち上がった。
手には魔剣サタンが握られている。
そして彼の足元にはトール達四人が無惨に転がっていた。
「気をつけてください……主 !」
リトは警戒し、私達を後ろに下がらせ、いつでも殴れるよう身構えた。
どう見てもミーデの様子が何処かおかしかった。
「まだ動けるとは、統率官の名は伊達じゃないってことですか」
「そうではないさ……今の我はこの出来損ないの身体を借りてるに過ぎん」
「何だと……」
敬語ではなく、高圧的な口調で話すミーデ。
ミーデの身体は魔王サタンが憑依していた。
「魔王サタン…… !」
「ククク」
不敵な笑みを浮かべるミーデ。
魔王が乗り移ってる為、雰囲気もガラリと変わり、威厳のあるものとなっていた。
「全く……我が軍も落ちたものだな……小娘一人捕らえられぬとは……だが、目的は果たせた……このまま貴様らを纏めて塵にするのは容易いが、その前にやるべきことがあるのでな」
それだけ言い残すとミーデは影に飲まれるようにこの場から姿を眩ました。
「何だったんでしょうか……」
リトは内心ホッとしながら警戒を解いた。
疲弊しきってる中での戦いは不利だったからだ。
それにしてもミーデの中の魔王が言っていたことが気になった。
彼は神器も私達も手に入れていないのに目的を果たしたと言っていた……。
ミーデの身体に乗り移ることが目的だったのか……。
兎に角色々疑問は残るが早く竜族達の所へ戻らないと……。
「立てるかゴブラ」
トレイギアは横たわるゴブラに声をかけた。
ゴブラは呻き声を上げながら意識を取り戻した。
エルサとの戦いに敗れ、重傷を負っていたがタフネスさを持つゴブラにとっては致命傷にすらなっていなかった。
「ミーデもヘビーもやられた……これ以上の戦う必要はない、撤退するぞ」
「あ、ああ……だが……ミーデは何処に行ったんだ…… ?」
「さあな」
トレイギアは辺りを見回したがミーデの姿は見あたらなった。
「先に帰ったのだろう……部下を見捨てて逃げるなど、やはり上に立つ者の器ではないな」
トレイギアは吐き捨てるように言った。
「だが収穫はあった……」
トレイギアは意味深な笑みを浮かべた。
彼の目線の先には部下達によって拘束されていたヴェルザードの姿があった。
「貴様には共に来てもらうぞ、我らのアジトへ」
ヴェルザードは歯痒い思いでトレイギアを睨み付けた。
こうしてトレイギア達率いる魔王軍は里から引き上げていった。
ペルシア親衛隊はミーデに気絶させられたが命に別状は無く、ペルシアと共に去っていった。
魔王軍が残した爪痕は大きく、戦いの余波によって破壊された民家に怪我を負った竜族など、里に多大な被害をもたらした。
たった一人連れていかれたヴェルザードのことも気掛かりだが、まずは私達はゆっくり治療を受けてから里の復興に努めることを優先した。
しかし戦いは終わりではなかった。
本当の地獄はすぐそこまで迫っていた。
To Be Continued




